24.悪魔の手
「そうよ。やっぱりあなたはピーチの娘ね。」
夫人はそう言って頭を抱えて笑った。もう笑うしかないといった感じだった。
「伯母、さん……ですかね?」
「そうね。私は伯母でこの子は従姉妹ね。全くもう……どうしたらいいのかしらね?」
娘はそんな母と私を交互に見ている。どうしたらいいかわからないんだろう。わかる。私もどうしたらいいかわからない。
ふと下を見るとドレスは既に脱がされていて下着姿になっていた。下着といってもシミーズだけど、あまり人目に晒したいものではない。私は慌てて元々着ていたワンピースを頭から被って言った。
「取り敢えず……座りませんか。」
「そうね。聞きたいことが山程あるわ。……アリー、お茶を淹れてきてくれる?」
娘は頷くとピンクのドレスを手に部屋を出て行った。夫人はソファーに座ったので私も横に座った。近い距離で目が合った。この人が、母の姉……
「それでピーチは、私の妹は、元気にしてるのかしら?」
私は目を伏せるしかなかった。
「そう……元々体が弱い子だったのよ。なのに気ばっかり強くてね。変な男に惚れ込んで出て行っちゃって……あぁ、お父様なのにごめんなさいね。」
「いえ。なんかやらかして逃げてきたんだろうなとは薄々思ってましたから。」
「やらかしたって訳じゃないのよ? ただ……あの子が長生きする為には高価な栄養剤や十分な休息が必要だったの。あの男にそんなの用意できるわけないからみんな反対しただけ。……結局それが火に油を注ぐことになったんだけど。」
夫人は溜息をつくと宙を見つめた。ロウソクの炎が揺らいでその横顔を照らす。いつかの面影が重なって泣きそうになった。
「……探そうとは思わなかったんですか?」
「探したわよ! でもこの辺りは人の出入りが多いから……東の方に向かったらしいって、噂しかわからなかったわ。」
東かぁ。まぁあの村の人間は社交界なんて言葉すら知らないだろうから、こことは隔世の感があるよなぁ。
「それで、あの男……じゃなくてお父様は元気なの?」
「え、あぁ元気ですよ。」
「良かったわ。殺されても死ななさそうな所が良いっていうあの子の見立ては正しかったのね。」
夫人はふんと鼻を鳴らした。この人、当時無茶苦茶反対したんだろうなぁ。
「ところで……聞いていいのかわからないけれど……なぜ、あなたは魔王様と一緒にいるの?」
急に夫人は探るような目で私を見た。話がコロコロ変わる人だ。混乱してるんだろう。私だってそうだ。
「……言っても怒りません?」
「怒らない……と思うけど。流石に。さっき会ったばかりの姪にねぇ。」
「そうですか。ええとですね、より良い結婚相手を探して旅に出まして……その結果といいますか。」
「馬鹿じゃないの」
夫人はハッキリと見下げた目で私を見た。怒らないって言ったのに。
「他にもうちょっといい人いたでしょう!? なんでよりによって魔王なの? やっと離れられたのに。」
「いやあの、二人がすっごいド田舎まで逃げたもので周りにはロクな男がいなくてですね……」
「父親はなにしてたのよ。娘の結婚相手を見繕うのも父親の仕事でしょ?」
「それが本当にいなかったんですよ。ほら! この服見たらわかるでしょ? この服。この服があの村では一張羅なんですよ!?」
夫人はしばらく私のワンピースを見つめた後、目尻をそっと拭った。泣くほどみすぼらしいですか……それはちょっとこっちも泣けてきます。
「あの……うちの母は魔王から逃げたんですか?」
これはたぶん聞き流しちゃいけない話だ。魔王はフラれた風に言ってたけど、実はつきまとって迷惑がられてた? ストーカー?
「魔王から逃げたつもりはなかったんじゃないかしら。ただ、私達がピーチを魔王から引き離したかっただけ。ちょっと年頃の男女にしては近づきすぎていたからね。」
ほほー。そんな思春期の甘酸っぱい感じが、魔王とうちの母の間に? ……なんか嫌だな。今気づいたけどすごく嫌だな。魔王は私に母の面影を見てたのか。え、本当にヤだ。
魔王から聞いた話が次々と蘇る。鏡を指で叩いたのも、部屋に女の子と二人きりになっちゃいけないと教えたのも、全部私の母親か。知らない女ならムカつくけど無視できるのに、親だなんてどうすればいいんだ。
眉根を寄せて考えていると、夫人が私の肩に手を置いた。
「もしあなたが魔王から逃げたいと思っているなら、私達は全力であなたを匿うわ。まだ若いんだし今からでも遅くないはずよ。……ね? 正直に教えて頂戴。本当は悪魔なんかと一緒にいたくないんじゃない?」
夫人の目は慈悲深く、心底私を心配していた。だから私が言おうとした言葉は、ことごとく喉に引っ掛かって出てこなかった。
魔王様別に悪いヒトじゃないですよーとか、私も悪魔並みに性格悪いから大丈夫ですよーとか。
言葉は全部石のように喉に詰まって、胸の奥に落ちていった。
「……今日は泊まっていきなさい。風邪気味だとか、ドレスのデザインが決まらなかったとか、言い様は色々あるわ。」
母のように微笑むこの人の胸に飛び込んで思い切り泣いてみたかった。でももう遅い。母は死んだし、ゲームはもう始まっている。
「……ごめんなさい。帰ります。」
絞り出した声は囁くような小声だったが、伯母は頷いてくれた。それも思いやりを感じて辛かった。
「また来なさい。ドレスはまだ出来てないんだから。」
私は逃げるように頷くと立ち上がって鏡を叩いた。少し待つと鏡の中から男の手が出てきた。手だけってさ……手抜きじゃない?
それでも私はその手を取った。これは悪魔の手だって、私ちゃんとわかってる。




