23.桃色のドレス
「始めましょうか」
と母娘は言った。御婦人……アネージョだっけ?はどピンクのドレスを手に持っている。え、私アレ着るの?
娘が私に近づいてきて戸惑ったように首を傾げた。
「あの、服のお召し替えをして頂きたいんですが……触ってもよろしゅうございますか?」
「え? あぁ、これ?」
私は自分のワンピースを見下ろし、急いで頭から脱ぎ捨てた。こんなボタンも金具もろくにないような粗末なワンピースの脱がせ方なんてわからなかったんだろう。これは頭から被って頭から脱ぐだけだ。一応ウエスト部分にはポイントとして刺繍をいれてあるけど、彼女たちの手の込んだ服と比べると、ぬののふくレベル1だ。
促されるままピンクのドレスを身につける。鏡を見なくても似合ってないのがわかった。娘の顔がみるみる曇った。夫人の顔は無表情だ。
鏡の前に立つと予想は的中していた。サテンだかシルクだかしらないが滑らかで飾りのない生地は私の凹凸のない胸を強調し、やたらと膨らんだパフスリーブは小顔を強調し過ぎている。まるで子どもの道化だ。鼻を赤く塗って風船でも配りたい。
「――こちら今流行りの背中コンシャスですのよ。ご覧下さい。」
夫人にうながされ合わせ鏡で背中を見ると、確かに背中にはリボンやらレースやらが沢山ついていて可愛らしかった。なぜこれを正面にしない?
「……この流行りは私には合わないようです。」
静かにそう言うと娘は黙って顔を伏せた。着せる前からわかっていたんだろう。申し訳ないがこの服にお金は払えない。
「そんなことありませんよ、よくお似合いです。近頃は皆さんこの形のドレスを着られておいでですよ?」
夫人が商売人の顔で笑った。私の中の反骨心に火がついた。
「皆が着ていても、私は似合っていない服は着ません。」
「では先程のお洋服でパーティーに出なさるの? こちらは良い生地を使ってうちの職人が仕上げた高級ドレスです。どこに行っても恥ずかしいことはございませんわ。」
お、笑ってるけどちょっと怒ってるっぽい。気取ってるだけよりはずっといい。私の好感度アップ。
「似合ってない服を似合ってると煽てあげられてその気になるほど落ちぶれていません。」
自分で言ってから落ちぶれるってなんだろうと思った。居酒屋の娘より落ちぶれることってあるんだろうか。あの村で一生過ごしてたら、こんな上等な生地を見ることすらなかっただろうに。
「似合ってなくても流行りの服を着るのがこちらの社交界のしきたりですわ。……たとえ魔王様の配偶者様であろうと。」
魔王の配偶者? 私が? あーそうか……そう見えるのか……ちょっと嬉しくて顔がニヤけた。夫人がそれにつけこむように笑顔で畳み掛ける。
「そうですよ。魔王様の奥方様となれば魔王様に恥をかかすわけにはいかないでしょう? このドレスは最新の流行りで美しいものです。きっと魔王様もお喜びになりますわ。」
……うん、頑なに似合ってるとは言わないな。どう見たって似合ってないもんな。私は鏡を見つめ、横で項垂れている娘を見つめた。たぶんこっちの娘がこの服をデザインしたんたろう。追々つけこむならこっちだ。
「――社交界と仰いますが、魔王様がこれまで出られたことはあるんですか?」
夫人はにこやかに答えた。
「それは……これまで魔王様はお独りでしたから。きっと今後は沢山参加されますわ。こんなに素敵な奥様がいらしたんですもの。きっと見せびらかしたくてうずうずしてらっしゃいますよ。殿方とはそういうものです。」
「こちらのお家は歴代魔王とお付き合いがあると伺っておりますが、これまての魔王で人間のパーティーに参加して人付き合いに精をだした者がいたんてすか?」
「え? ええ。いましたとも。」
娘が一瞬顔を上げて、非難がましい目で夫人を見た。その視線でなんとなく察してしまった。
「……何人死にました?」
夫人はその言葉を聞くと諦めたようにふっと笑って両手を広げた。
「ダメね……あなたと話してると妹と話してるみたいよ。」
「光栄です。ピーチ姫でしたっけ?」
「姫ではないけど……ほんとそっくりよ。ケンカばっかりしてたこと思い出すわ……。いいわ、この服は作り直しましょう。似合ってないものね。いいわね? アリー。」
アリーと呼ばれた娘は無言で頷くと、服のリボンを解き始めた。これから私は服のサイズを予め送っているのにどういうつもりでこんなデザインにしたのかをネチネチと責め立てる予定だったのに。張り合いがないことだ。
娘がせっせと私の背後でなにかを解いている間に、私は鏡越しに夫人の顔を盗み見た。母が歳を取ったらこんな感じになっていたんだろうか。ど田舎の場末の居酒屋じゃもっと老け込んでるかな。服だってもっと地味でパッとしない感じで……
考えていると急に幼い頃の記憶が蘇った。母はまだ寝たきりじゃなくて、気分がいい時は私と遊んでくれていた。そこに親父が通りすがった。親父が部屋をのぞきこんで母の名前を呼ぶと、母は嬉しそうに笑った。それだけの記憶……
「あの、そのピーチって人『モモ』とも呼ばれてませんでした?」
夫人は一瞬目を見開くと、すぐにもうどうしようもないなという顔で笑った。
「そうよ。やっぱりあなたはピーチの娘ね。」




