21.バッドエンドはあります
「それは困りますね。」
キツネはにこやかに言った。
「……なんでキツネが困るの?」
「理由は中でお話しましょう。」
そう言うとキツネは勝手に私の部屋の戸を開けた。ジェスチャーで促され渋々私も部屋に入る。キツネはキッチリと戸を閉めて私に向き直った。落ち着かない。
「オミナさんは以前僕に何を企んでいるのかと聞きましたね?」
キツネは喋りながらゆっくりとこちらに近づいてきた。妙な迫力に私はジリジリと後ずさった。
「聞いた……けど」
「教えてあげましょう」
ここで私は窓際まで追い詰められてしまった。キツネはなおも距離を縮め私の顔を覗き込んだ。
「僕はね、あなたに悪魔との子を産んでほしいんです。」
予想外の言葉に私の思考は停止した。
「え……なんで、そ」
バンッ!!
大きな音に言葉が遮られた。後ろの窓ガラスをキツネが叩いた音だった。え? ガラス大丈夫……?
「一番いいのはあなたが魔王様とくっつくことです。でもそれが駄目なら」
キツネは目の前でニヤリと笑った。ゾッとするような笑いだった。私の頭はこれって壁ドンだなと現実逃避を始めていた。
「……僕が相手になってもいいんですよ?」
相手? なんの? 色恋の? ムリムリムリムリムリムリムリムリ……
「子供を作るのに感情なんていりませんから。それこそ縛り付けてでも、ね?」
キツネが意味深に笑う。その顔はどうみても本気だった。なんとか言葉を絞り出そうとするが何も出て来ず、ただ生唾を飲み込んだ。
「――なーんてね。ま、そうならないように頑張って魔王様を口説いて下さいね。」
キツネはそう言うと笑顔で私から離れた。私はその場にしゃがみ込まないように、必死で後ろ手で窓の桟を掴んだ。
「あ、そうそう。仕立て屋の屋敷にはあなたも行ってもらいますよ。あなた方にはイベントが必要ですから。では、また。」
キツネが部屋から出ていくと同時に私はその場にへたりこんだ。怖かった……。桟を強く握りすぎて痛くなった両手を擦る。至近距離で見たキツネの目に浮かんでいたのは、明確な殺意だった。なんであんな……
大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。状況を整理しよう。これはあの村を出てから初めての命の危機だ。
キツネは私と悪魔の子が欲しいと言った。なぜ私なのか、なぜ悪魔なのか。……私が特別だから? 前世の記憶があるから? 主人公だから?
――わからない。たぶんこの世界には私には知らされていない何かがあるとしかわからない。悪魔側は誰でもいいみたいだから、たぶん私が特別なんだろう。それか『特別なキツネ』のターゲットにされただけか。……たぶんそっちだ。じゃなきゃあの殺意の説明がつかない。
あぁ、もう!
気合を入れて立ち上がったが、すぐにふらついてベッドに倒れ込んだ。あんな強い殺意を向けられたのは久しぶりだ。しかもこんな一撃で殺されてもおかしくない状況で……よく耐えた方かもしれない。昔は衆人の目があっても強い殺意や悪意をぶつけられると震えていた。強くなったと自分を褒めるべきか?
隣の部屋からは魔王とキツネの話し声が薄っすらと聞こえる。さっき大声で魔王を呼んだら、魔王は来てくれたんだろうか。
「さすがに都合良過ぎるか……」
だって私、結構酷いことしたもんな。魔王はなにも悪くないのに。ほんと馬鹿だな私って。死ねばいいのに…………
ドアをノックする音で目が覚めた。いつの間にか寝ていたらしい。ぼんやりと目を開けると戸口のところでキツネが白いなにかを振っていた。
「仕立て屋から連絡がきました。すぐ行きましょう! 隣にいますから。」
キツネは一方的に喋って直ぐに戸を閉めた。そしてすぐに隣の部屋をノックする音が聴こえた。いやいやいや……寝起きの人間になに言ってるんだ。よくわからんのよ……
とりあえず起き上がって大あくびをした。えーっと、あれは、悪いキツネだ。そして私は悪い人間だ。それから……新しい服が手にはいるらしい。拒否権はない。オッケー。目が覚めた。
立ち上がり靴を履こうとしてためらった。この靴を仕立て屋に見せるのは嫌だ。この靴は私という人間の生まれと育ちが滲み出ている。知られたくない。
私はスリッパを履いて魔王の部屋へ行った。魔王はどことなく不機嫌で、キツネはいつも通りにこやかだった。
「ほんとに今から行くのか?」
魔王は欠伸を噛み殺しながら言った。このヒトも私と同じように叩き起こされたのかもしれない。
「もちろんです。善は急げと申します。」
「向こうは真っ昼間だろう?」
「なにか問題が?」
「眩しいじゃないか……」
魔王はキツネに急かされるまま鏡の前に立った。それをぼんやり見ていた私の肩をキツネが軽く押した。それだけで体が強張ってしまった。それなりにね、この前は怖かったからね。
「あ、すみません……」
私はキツネを見ずに謝罪し、魔王の前に立った。
「手ぶらで行くのか?」
魔王のよくわからない問いに首を傾げる。
「……なにか、持って行く物ありましたっけ?」
「もうこちらに戻ることはないかもしれないんだぞ……?」
魔王の世間知らずさが滲み出る言葉で私は笑った。いきなり女が一人で見知らぬ街に行って暮らしていける訳ないだろうに。なに言ってんだこのヒトは。
「大丈夫ですよ。私は荷物なんて何一つ持たずにここへ来たんです。それに……帰ってきますから。」
最後はキツネに向けた言葉だった。まだ今のところこの城で衣食住を確保しておきたい。鏡の向こうで私に一目惚れする大金持ちの男が待っていれば別だけど。
「行きましょう、魔王様。」
私は微笑んで魔王様の腕に自分の腕を絡ませた。




