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やる気のない魔王とヤル気の一般人女性、とキツネ。  作者: 紫藤しと
一、逃げ出した世界

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16.魔王の部屋

 私は魔王の部屋の前で微笑んだ。

「ごきげんよう、魔王様。ちよっと中に入れてもらえる?」

「ダメ。」

 まあいいからと無理やり中に入ろうとしたがブロックされた。

「未婚の女性と密室で二人きりになってはいけないと聞いている。」

「悪魔でしょ?」

「常識だそうだ」

 私は魔王を下から睨んだが、目を逸らされただけだった。あーそうですね。どうせ私は常識がないですよ!

「じゃあお手洗いを貸してもらえる?」

「お手洗い?」

 魔王は不思議そうに首を傾げた。

「私の部屋にないから。っていうかこの城っでお手洗いみたことないんだけど、」

「手を、洗うのか?」

 不思議そうな魔王のガードが緩んだので私は脇をすり抜けて部屋への侵入に成功した。やってることが遊び人の男と変わらんな。

「……水道なら部屋の奥にある。勝手に使うといい。」

 魔王は開けた戸にもたれて腕組みしだした。どうしても私と密室で二人きりになる気はないらしい。

 魔王の部屋は私の部屋と一見よく似ていた。大きなベッドと大きな窓。カーテンがあけられているので明かりがなくてもよく見える。……でもこっちの方が家具が多いな。机に本棚にソファー……

「左手の、奥だ。」

 急かされたので言われた通り左手の奥に向う。小さな木の扉があったが、あけると中は真っ暗だった。

「……見えないよ。」

 文句を言うと魔王の溜息と共に明かりがついた。思ったより広い四畳ほどのスペースだ。奥の壁にレバーがあったので押してみる。すると横にあった突起から勢いよく水が出てきた。

「わっ! 濡れた!」

 足とスカートがびしょ濡れだ。なんで蛇口が腰の高さにあるんだ。広いからシャワー室なのかとおもったけど、ホントにただ手を洗うだけの場所なのか? ってか本当にこの城トイレないの!?

 見渡しても小部屋の中は照明と蛇口とレバー以外なにもなかった。床にも何も無い……あ、排水口らしきものがある。ということはギリ小はいける? いやいやいや……

 考えていると遠くから魔王の声が聴こえた。

「どうした?」

 私はスカートを絞って謎の小部屋をでた。そして訊いた。

「悪魔って排泄しないんてすか?」

「排泄!?」

 魔王はまるで卑猥な言葉でも聞いたかのように口を手で押さえた。

「生き物はみんな食事をして栄養を体に取り入れた後、排出します。そういうものでしょう?」

「……それは未婚の淑女が口に出していいものだろうか。」

「生きるのに必要な行動から目を背けるのは如何なものかと。」

 魔王が黙り込んでしまったので、私は勝手に魔王のベッドに腰掛けた。スリッパを脱いでスカートを膝までめくった。白い足が濡れて我ながら艶めかしい。私は見せつけるようにゆっくりと足の水滴をはらった。さすがにこれが挑発的な行動だってわかってる。でも私は、死を覚悟してあの村を出たんだ。……しかし結構濡れたな。着替えなんかないんだけど。

 気配に顔を上げると魔王が布を差し出してくれていた。

「ありがとう……ございます。」

 礼を言って魔王の背後を見ると、戸口には閉まらないように物が置かれていた。真の紳士かもしれない。

 布を受け取ると魔王はまた戸の前に戻って行った。前言撤回。私のこと嫌いなのかもしれない。

「それで……手は洗えたのか?」

 私は無視して質問し返した。

「トイレなくて困らないんですか?」

「……トイレ?」

 魔王は初めて聞く単語だという風に目をパチパチした。なんなんだ一体。昔のアイドルみたいに悪魔はトイレなんか行きませーん☆とか言うつもりか?

 私が白けた顔をしていると、魔王はますます困った顔をした。まあいいや、この件は後でキツネに聞こう。

「――そういえばここに魔法の鏡があるときいたんですが。」

 とたんに魔王は嫌そうな顔をした。このヒト、嫌そうな顔と困った顔しかしないな。私のせい?

「……キツネに聞いたのか?」

「それを使ってドレスを運ぶと、聞きました。」

「……人間の街に帰りたいならその時一緒に連れて行ってやる。もうちょっと待ってほしい。」

「いやそんなこと頼んでないし。」

 なんでどいつもこいつも私がここから出たがっている前提で話すのか。私が必死の覚悟で村から出てきたのを知らないのか。……知る訳ないな! 言ってないもんな!

 小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。

「――そうじゃなくて、ちよっと久しぶりに身だしなみを整えたいなって思って。この城、鏡もないでしょう? 仕立て屋?裁縫屋?のとこにもないってどういうことなんです? みんなドラキュラなの?」

「……よくわからないが、鏡を見たいならそこの布をめくるといい。」

 魔王の指の先には大きな布が掛かった壁があった。立ち上がって布をめくると中から2メートルほどの大きな鏡が現れた。

 鏡のなかには目の大きい痩せた少女がいる。良かった。久しぶりに見たけどちゃんと可愛い。髪もおかしくないし、顔が汚れて黒ずんでたりもしていない。

「……納得したなら出て行ってくれないか。」

 魔王の言葉は無視して今度は鏡自体を凝視する。大きくて縁に凝った装飾がある豪華な鏡だ。でも映っているのは私と部屋の中だけで、特に変わっている所はなかった。試しに表面を爪先で軽く叩いてみる。音も普通だ。

「……魔力がないと動かないぞ。」

「鏡の中に入って移動する感じですか?」

「そうだな」

「出口は? 魔法の鏡は二枚あるってこと?」

「……ああ。仕立て屋の屋敷にある。」

「うわっ。悪魔が出てくる鏡とか嫌ですね! よく壊されませんね。」

「人間には壊せない」

 魔王は投げやりだけど律儀に返事をしてくれる。いいヤツなんだろうな、多分。すっごい早く出ていってくれって顔してるくせに。

「ありがとうございました。助かりました。」

「……それは良かった。」

 魔王の前を通り過ぎ廊下に出て、借りた布を持ったままだと気づいた。急いで振り返ったが、鼻先で戸を閉められた。うわ! 私の好感度低すぎ!


 



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