15.親父
その頃、親父が経営していた居酒屋は最悪の状況だった。一番の原因は親父が計算できないことだった。どんぶり勘定を繰り返しツケもよく踏み倒されていた。なによりも酷かったのが親父がそれらを理解しておらず、いつもヘラヘラ笑ってその場限りの嘘をついていたことだ。なんてことない、大丈夫だと。
親父はみんなに舐められている。それを理解した八歳の私は怒りに燃えた。前世の知識のお陰で私は計算はできたので経営に割って入った。けれど算数はできても世間知らずでもあったため、まあなんというか、苦労した。
理不尽な要求も飲み込まざるをえない状況があること、我々親子は可哀想な存在としてこの村にいなくてはいけないこと。儲かってはいけない、しかし酒や料理の質を落としてもいけない。可愛がられる弱者でなくてはいけない。
私はここでようやく親父がヘラヘラ笑っている意味がわかった。いや元々の性格もあったと思うが、やってられなかったのだろう。
私は幼い頃から可愛かったので、当然モテモテで引く手数多だった。私が大きくなったら誰が嫁にもらうかと酔っぱらいたちが毎晩騒いでいた。親父はいつも「魔王ぐらい強くて金持ちなやつにくれてやるよ」と言っていた。
だがこの村にいる金持ちはもう死にそうなジジイだけだ。若い男は乱暴だし金がない。たまにくる金持ちそうな商人は十歳の子供でも構わないと舌なめずりする変態ばっかりだ。だから私は言った。
「私は魔王の嫁になる」
その場にいた奴らは全員大笑いした。どうやってとか、魔王は人間なんか相手にせず頭から食うとか、とにかく馬鹿にして笑った。父親も笑って言った。
「それはいいな。じゃあお俺は魔王の義父だ。」
それ以来私たち親子は全ての求婚・求愛を「魔王の嫁になる」という一言で断ってきた。その後も私は美しく育ったのでかなり本気の求婚もあったが、私は全てを断った。こんな奴らと結婚して一生この村にいるなんてゴメンだ。麦農園も隣の村も全部一緒だ。私は、こんなところにいたくない。
モテ過ぎるのは災難にも似ていて、視線を合わせただけで惚れられてしまう。そして断ると恨まれる。私は本当にうんざりしていたが、周りの男どもも手に入らない果実にうんざりしていたらしい。
あの村では十五歳で婚約し数年以内に結婚する奴らが多かった。だから私が婚約もせず十六歳になったとき”嫁き遅れ”だと嘲笑った。もう旬は過ぎた、あとは売女にでもなるしかないと。
私は十七歳であの村を出ることに決めた。親父は止めもしなかった。いつものようにヘラヘラと「気をつけろよ」なんて言った。私が魔王にこだわった訳は……この世界でそれ以外の強くて金持ちを知らなかっただけだ。それだけだ。つまんねーな、私の人生。
ひどく憂鬱な気分のまま目が覚めた。体感では三十分ぐらいしか寝ていないがどうなんだろう。水が飲みたいと思いながら起き上がる。冷えた新鮮な水を……
ここで完全に頭が覚醒した。ここに来てから何日経ったのか知らないが、私の食事量少なすぎじゃない? おまけに一度もトイレに行ってない。私の体どうなってんの!?
布団を剥いで自分の手足を観察する。特に変わった様子はない。爪は少し伸びた気がする。そういえば一度も着替えてないけど服が汚れたりしている気配もない。これは……なんだ?
私はベッドに腰掛けてしばらく固まった。頭上に選択肢が出ている気がする。
どちらに会いに行くべき?
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・魔王
・キツネ
今までの私なら迷いなくお助けマンであるキツネに聞きに行ったけど……なんか変なこと言われたしなー。『僕を好きになってくれますか?』とか、どういう意味なんだろ。どう考えてもキツネは私のこと好きじゃないないんだよな。しかもなんか怒ってたし。意味が分からなすぎて怖い。
となると消去法で魔王だけれど、魔王に聞いて回答が得られるとは思えない。絶対知らんって言う筈だ。うーん……
少しの迷いの後、私はスリッパを履いて魔王の部屋の戸を叩いた。そういえば髪も長い間梳かしてないな。私の見た目大丈夫なんだろうか。
返事がないのでもう一度戸をノックした。すると中から嫌そうな顔をした魔王が出てきた。
「ごきげんよう、魔王様。ちよっと中に入れてもらえる?」
「……お断りしても?」
「ダメ。」




