14.途中
「迷子なんですよね?」
とキツネは言った。
「うん。色々迷子。人生迷走中。」
「でしょうね」
そう言うとキツネは歩き出した。案内してくれるらしい。
「ねえ、ドレスっていつできるの?」
「さぁ……フクロウがサイズと要望を取りまとめてそれを僕が仕立て屋に送って、出来たって連絡がきたら魔王様が取りに行って、それをフクロウが一つ一つ各人に合わせて調整して……あなたの体のサイズが変わらないうちにできるといいですね。」
「え、待って。魔王様が人間の町に取りに行くの?」
「この世界の運送業は魔王の城まで来てくれませんから。」
「魔王様歩いて行くの!?」
「いやあの、魔力を使いますよ流石に。魔王様が大量の荷物抱えて歩いてたら可哀想でしょう?」
それは想像するとなんか可哀想だ。
「魔力ってなに? 魔王様空飛ぶの?」
「魔王様は空を飛びません。……たぶんね。ひょっとしたら飛べるかもしれませんが僕は見たことないです。」
「えーじゃあどうやって移動するの?」
「知りたいですか?」
「うん」
「知っても逃げませんか?」
「ん?」
「あなたは元いた村じゃない、華やかな世界に憧れてここにきたんですよね? ここから更に違う金持ちの世界に行けるとしたら、すぐに行こうとするんじゃないですか?」
キツネの言葉に私は混乱して立ち止まった。
「それって、私にここにいて欲しいみたいに聞こえるけど、なんで?」
「……ドレスが無駄になるからですよ。」
そう言ってキツネはまた歩き出した。いやドレスなんてまだ発注してないんだからどうでもいいじゃん。キツネは私にここにいて欲しい? なんで?
「キツネって私のこと好きなの?」
キツネはハハッと乾いた声で笑った。そうだよね好きじゃないよね、知ってた。
「……もし僕があなたを好きだと言ったら、僕を好きになってくれますか?」
松明の逆光の中そう言って笑うキツネは妙に妖艶だった。これ絶対スチルだろ。キラキラしてるし。
「…………」
気の利いた言葉を返したかったが、残念ながらなに一つ思い浮かばなかった。
「――魔王様は魔法の鏡で移動します。魔法の鏡は魔王様の部屋にあります。あとはご自由に。」
キツネはそう言うと私の横を通ってどこかへ行ってしまった。いつの間にか私は二階に上がる階段の前にいた。
階段を一歩ずつ上がりながら考える。魔法の鏡、ここから更に別の世界に行けるらしい。ここは悪魔ばかりだから生態の違いで色々ややこしいけど、人間の世界なら私はただの美少女に戻れる。しかも金持ちが多いなら、私が憧れている働かないでも何不自由ない暮らしができるかもしれない。どうして私は魔王にこだわってこんな所まで来たのか……
「親父のせいだ」
急に腹が立って私は階段を駆け上がった。私があんなに惨めな気持ちで子供時代を過ごしたのは親のせいだ。逃げ出したくなってなにが悪い。全部全部、親のせいだ!
自分の部屋に駆け込んで靴を床に投げつけた。大事な靴。でもドレスと共に身につけるにはみすぼらしい靴。
私はベッドに潜り眠ることにした。色んなことがあり過ぎて疲れてしまった。今魔王と話したらきっと八つ当たりしてしまう。少し休もう。
きつく目を瞑ると情けない父親を思い出した。いらん。せめて母親を思い出したいが、もうあまり顔を思い出せない。母親は私が六歳の時死んでしまった。
私の両親は何かの理由で故郷を離れ、あの村に辿り着いた。あの村は三つの大きな麦農園の中心にあり、農園で働く人へのサービスで成り立っていた。
農具の手入れをする店、酒と女と食事、麦の売買をする商人が泊まる宿。どこの農園も儲かっていたらしく、流れ者にも寛容な村だった。
両親はそこで居酒屋を始めた。最初のうちは母も一緒に働き上手くいってたらしい。けれど母は私を産んでからよく体調を崩すようになった。私が覚えているのはここら辺からだ。
母は日に日に横になっている時間が長くなっていった。私は母の横の椅子に座り、ずっとそれを見ていた。最初のうちはまだ良かった。話しかけたらお話してくれた。そのうち話しかけても謝られるだけとなり、私は話しかけるのをやめた。ただひたすらに日が傾いて沈むのを見た。
暗くなると居酒屋の喧騒がよく聞こえる。私は真っ暗な部屋でよく泣いた。母親が死ぬのが怖くて、怖すぎて、早く死ねばいいのにと思っていた。痩せ細っていく体が怖かった。知っている母と人相が変わっていくのが怖かった。夜の闇も酔っぱらいの笑い声も、なにもかもが怖かった。
母親が死んで、しばらくは隣に住んでいたばあちゃんに預けられることが多かった。このばあちゃんも流れ者で過去になにかをやらかした人らしかった。
独身で身寄りがないとか、息子がお金を持ってきてくれるとか、聞く度に話が変わるのでみんな適当に流していた。父親はこの人に夕ご飯を提供することで私の世話をさせていた。このばあちゃんは貧乏だったし、よく私を放っといて昼寝してたけど、優しい人だった。今思えば私をちゃんと子供扱いしてくれた唯一の人だった。
八歳の時にばあちゃんが死に、私の面倒をみる人は親父だけになった。




