11.相互理解
しばらく魔王を引っ張って歩いた後、道に迷った。一階は広くてまだ全く構造がわからない。
「どこに行くんでしたっけ?」
「外。……こっちだ。」
今度は魔王に手を引かれて歩く。なんだか子供の頃を思い出した。物心ついたときには母親はずっと具合が悪かったので、父親との記憶かもしれない。あんまりいい思い出はないけれど。
魔王は当然のことながら迷わず歩き、見たことのある戸を開けた。二人掛けのベンチがある裏庭だ。城に来てからここしか外に出てない気がする。
魔王はベンチの前で一瞬考えたあと、ちゃんと右端に座った。私も勝手に隣に座る。なんだか魔王の顔が前より近くなった気がした。
「魔王様、縮みました?」
「まさか。きみが大きくなったんじゃないのか? 成長期なんだろ?」
確かに前そんな事を叫んだけど、人間はそんな数日で急激に大きくならない。
私が黙ると魔王も黙って空を見上げた。真似して空を眺めてみる。相変わらず空は灰色だけど、どこかで鳥の声が聞こえる。風が吹くと枯れ葉がかさかさと音を立てて転がっていく。ここの季節は秋なんだろうか。私の記憶ではまだ春なんだけど。
「……質問、しないのか?」
魔王に聞かれて我に返った。いかん、なんだか頭がぼーっとする。
「えっと、なんでしたっけ?」
「……用事がないなら帰っていいか?」
「いやいやちょっと待って。待ってね……あの、先ほどの方々はどなたでしょうか?」
「見ての通り王族だ。」
いや、見てもわからんて。
「えーとつまり親兄弟親戚ということですね?」
「歴代魔王とその配偶者だ。」
「魔王のご両親もいるの?」
「いる」
「え、久しぶりの親子の会話とかしないの?」
「悪魔にそういう習性はない。」
ここで色々聞き出すべきとは思うが、なんだか上手く頭が回らなかった。それに魔王の悲しい過去とか出てきそうで、なんだか今は聞きたくない。
「……魔王様って、普段何してるんですか?」
「寝てる。眠くないときは、歴代の王族が書いた自伝を読んでる。」
「自伝?」
「我々は長生きだから、年をとるとみんな暇潰しに書き始めるらしい。」
「へー、面白いですか?」
「まあまあかな……昔、勇者が魔王を倒しに城にやってきたことがあるらしい。その話は面白かった。」
「面白そう! でも勇者の負けですよね?」
「もちろん。悪魔側は繁殖期だったから勇者を誰もほとんど相手にしなかった。でも一人だけ、勇者が魔王に挑もうとするのを必死に止めた悪魔がいた。魔王の娘だった。」
「それでそれで?」
「勇者は戦わずに、魔王の娘と共に人間の街へ帰っていった。」
「それから?」
「…それで終わりだ。」
「魔王の娘なのに誰も引き留めなかったの?」
「どっちみち活動期に入ればその時期に生まれた王族は殺し合う。魔王になるには力が弱い娘だったから、たぶんいい事だったんだろうと、当時の魔王は書き残している。」
「あーなんかキツネから聞いた気が……そっか、数が増えたら殺し合うんだっけ。」
「特に王族は最後の一人になるまで殺し合う。残った者が次の魔王だ。」
なるほど。ヘビーだ。
「魔王様も……兄弟いたの?」
「いた」
魔王はそれだけ言ってまた空を見上げた。軽い話題を選んだはずなのに、どうにも重苦しい。
「えーっと……さっき手配するとか言ってたのは何の話でしょうか?」
「服の話だ。彼らの今の楽しみは少ない。数年毎に新しい服を着るのが一番の楽しみらしい。」
「……皆さんとても綺麗で豪華なドレスを着てたと思いますけど。わざわざ新しい服を作るんですか!?」
「理由が必要なら彼らに聞くといい。何時間でも説明してくれる。」
「いや結構ですけれども……」
あぁでも前世世界の貴族は服を取っ替え引っ替えしてたんたっけ。この世界の庶民は毎日同じ服を着てるから忘れてた。今私が着てるワンピースももう何日着てるんだか……一応魔王に会うために新しい服を着てきたけれど特別上等な服という訳ではないし。というか上等な服が買えるならそもそもこんな所まで来ていない。
「……あ、つまり私の服も作ってくれるってことですか? なんで?」
「なんでって……服について色々言われてただろう? それに言われてみれば客だなと思って。あといつの間にか二人死んだみたいだから、一枚ぐらい追加してもいいかなと。」
魔王はちょっと照れたように早口で喋ったが、内容が現実的すぎてちっともときめかなかった。死人がでたから予算浮いたわラッキー☆一枚ぐらいこいつの服も作ってやろう的なこと? 喜び辛いわ。
「それは、どうも……。でもちゃんとしたドレスって全身の寸法測ったりして何ヶ月もかかるんでしょう? 職人がここまで来るの? それとも悪魔にも仕立て屋がいるんですか?」
「この城に簡単な裁縫をやる者がいる。採寸は彼がやるからキツネに頼むといい。」
「別にキツネに頼まなくても直接伺いますが……」
「フクロウは今頃彼らの要望を聞くのに忙しいと思う。きみが思ってるより色々面倒なんだよ……お金もかかるし。」
魔王はため息混じりに言った。
「魔王様もお金のこと気にするんですね。」
「彼らがうるさいからな。誰かが財政状況を逐一報告してるんだ。自分たちは使うばっかりのくせに……」
魔王は足元の小石を蹴った後、慌てて立ち上がった。愚痴は魔王っぽくないことに気づいたようだ。
「ともかく、後のことはキツネに聞いてくれ。それじゃ。」
魔王はそれだけ言うと足早に城の中に戻って行った。その後ろ姿は心なしか以前より小さく見えた。魔王も色々大変なのね。




