10.ご挨拶
大きな扉を開けるとそこは思ったよりも明るく広い部屋だった。十数人ほどの男女が綺麗に正装して思い思いに喋っていたようだ。そして今、視線は私に集中している。
「ご、ごきげんよう。みなさま。」
流石の私もたじろいだ。すると扇で口元を隠した淑女が笑った。つられるようにして何人かがクスクス笑った。普段の私なら腹を立てるところだ。だけど、この状況はちょっと気圧される。
「一族の皆々様、ご機嫌麗しゅう存じます。ご無沙汰しております。」
見かねたのか魔王が私の後ろから前に出て挨拶してくれた。私の好感度アップ。
「本当にお久しぶりね、魔王。あなたが来ない間にすっかりドレスが色褪せてしまったわ。」
「ホントよ。私たちの美しさが台無し。」
淑女たちがクスクスと笑う。
「いえ、皆さまの美しさは色褪せることなく……」
魔王の言葉はすぐに背の高い紳士に遮られた。
「そういうことじゃないんだよ! わかってるんだろう? 行っておいで坊や。」
「あらアナタ、魔王様に坊やなんて言うもんじゃないわ。」
「まだ彼は坊やにしか見えないよ。ほら、赤ん坊の頃の面影があるじゃないか。」
十人以上の男女が私たちを取り囲んで口々に囀る。これはちょっと、イジメの構図に近い。
「わかりました皆さん。少し早い気もしますが手配しますね。」
魔王はこの場を切り上げるように言うと、私に目配せして部屋を出ようとした。
「あら、もう帰っちゃうの?」
「まだ早いわよ魔王。そちらのお嬢さんを紹介されてないわ。」
「そうよ、それでなくともあなたはちっとも我々に会いにこないんだから、こういう時にはお互いの近況を話し合うべきよ。」
「そうね。でも私たちの近況なんて何もないけどね!」
ここでみんながどっと笑った。笑っていないのは私と魔王だけだ。嫌だな、こういうの。
その内三人の淑女がグッと私に近づいてきて言った。
「ねぇお嬢さん、お名前は?」
「オ、オミナと申します。」
「可愛らしい名前ね。魔王様とはどんな関係?」
「メイドって感じでもないわね。」
「メイドよりみすぼらしい格好よ。どこで拾ってきてのかしら。」
「確かにそうね。小間使いってとこかしら。」
「誰かのエサ? 今、人間を食べる悪魔っていたかしら?」
話の雲行きが怪しい。会話に入れずどんどん笑顔が引きつってくる。縋る思いで魔王を見上げると、魔王は寄り添うように私の肩に手を置いた。
「彼女はちょっと道に迷っただけです。すぐに出ますから。」
「あら、冷たい。」
淑女が口元を扇で覆った。少し白けた空気が漂ったが、後ろでずっと黙っていた紳士が思いついたように叫んだ。
「道に迷った!? じゃあ彼女は客じゃないか!」
それを皮切りにまた全員が口々に喋りだした。
「客! 何年ぶりかしら!」
「向こうから勝手にくるのは数百年ぶりじゃない?」
「私生まれてなかったかもしれないわ!」
「友好的という意味では千年来てないかもな。」
「誰かそんな昔のことを覚えてる?」
「ちょっと起こして聞いてみようか。」
「起きるかしら?」
「もう死んでるんじゃない?」
てんで勝手に喋り、笑っている。完全に私と魔王は蚊帳の外だ。私たちは顔を見合わせて頷いた。もういいだろ。
「とにかく手配しますのでお待ちくださいね。」
魔王はそう言って私を促し部屋を出た。今度は引き止めるヒトは誰も居なかった。背後で扉が勝手に閉まる。中からの笑い声はまだ響いていた。
魔王は私の肩に手を置いたまましばらく無言で歩いた。手が置かれた右肩が熱い。あと魔王歩くの早い。
廊下の角を曲がるとキツネが立っていた。どうやら魔王を待っていたらしい。
「例の工房に手配を頼む。女性七名、男性六名だ。あと……彼女の分も。」
魔王は思い出したように私を見てゆっくり肩から手を離し、人一人分の距離を空けて遠ざかった。なんだそれ。別に噛みつきやしませんけど?
「彼女の分もですか?」
キツネが驚いた顔で魔王を見る。
「うん。……成り行きで。」
魔王がちょっと嫌そうな顔をして言うので、カチンときた。
「ねぇ魔王様。色々説明してもらってもいいかしら?」
「説明?」
魔王が助けを乞うようにキツネを見る。それを見てもっとイライラする。
「私たちは相互理解に努める必要があると思います。」
「ある……かな?」
「あります」
私は魔王が逃げないようにガッチリと右手首を掴んだ。
「ね? 魔王様が説明してくれないのなら、またあの部屋に戻ってもいいんですよ? 皆さんお喋りが好きみたいてすし。」
「それは……彼ら以外得をしないと思うけど。」
「つまり我々は利害関係が一致したということですね。まぁ嬉しい。」
私は小首を傾げて微笑んだ。魔王は助けを求めるように視線を彷徨わせたが、すでにキツネは居なくなっていた。出来る部下だ。
「さぁ行きましょう。どこがいいかしら。私の部屋には二人で話せるような椅子はないから、魔王様の部屋がいいかしら?」
「それはちょっと……外がいいんじゃないかな。」
「外?」
「うん外。それがいい。外に行こう。」
魔王は再び大股で歩き出したので私は小走りでそれについていった。魔王は掴んだ手首を離して欲しそうだが、絶対に離すもんか。
「あの、手首に爪を立てるのやめてくれないか?」
「だって魔王様が逃げるから。」
「逃げてない」
「逃げてるも同然です。女の子と歩くスピードもわかんないの?」
魔王の足がピタリと止まった。あ、ヤバ。地雷踏んだか?
魔王は私を一瞬だけ見て直ぐに視線を前に戻した。そしてぎこちなくゆっくりゆっくり歩き出した。
「あの、そこまでゆっくりじゃなくていいです。」
「難しいな」
私はちょっと楽しくなって、魔王の手を引いて歩き出した。こんなスピードで歩いてたら日が暮れちゃう。ここに来てから日が暮れるの見たことないけど。
魔王は黙ってぐいぐい引っ張られている。そういえばこれが初めての手繋ぎだ。やってることは大型犬の散歩みたいだけど、まぁ、いいんじゃないだろうか。
次から週二更新始めます。火金18時。ストックがつきるまで。
応援してね。




