第五章 86話 義輝様と海賊
1554年5月11日続き
義輝「武衛、来たぞ。」
小舟から降りた義輝様が本当に嬉しそうに笑った。
信輝「ご無事でしたか。」
なんだか待ち焦がれた恋人に会ったような。は、違うな。俺全くそっち興味ないし。妻六人いるし。色々まだだけど。
久しぶりに兄に会ったような。そうだ。これだな。兄のように慕ってということだ。他人のような気がしないし。
信秀「ご無事で何よりです。よくお越し下さいました。」
広心「公方様、よかった…。」
義輝「そうか、皆には心配掛けたようだな。すまなかった。」
信輝「いえ、そんな。どうやってここまで?」
義輝「色々とあったのだが、最後はこの者に救われた。」
義輝様の後ろに控えていた者を見た。
義輝「奈佐日本助だ。」
日本助「奈佐日本助高重でござる。」
奈佐日本助って本当にいたんだ。秀吉の鳥取城攻めのときに邪魔して切腹になったとか。海賊じゃなくて海に面した土地の領主だったって話もあるよな。それにしてもでかいし、黒いし、海の男って感じだな。やっぱり海賊なんだ。日本海側の海賊か。これから作るうちの水軍で頭やってくれないかな?義輝様の家臣になったのかな?
信輝「因幡ですか。」
義輝「さすが、よくわかったな。」
信輝「はい。」
日本助「すごいお方ですね。公方様、では約束のものを。」
義輝「そうであったな。右京、すまんが、奈佐には褒美をやると言って助けてもらったのだ。本当に申し訳ないが、金子を貸してくれ。」
信秀「畏まりました。公方様を助けてくれたのです。いくらでも渡しましょう。」
陸奥(これ久々に『勧誘』使いなよ。)
信輝(確かに。家臣になったわけじゃなさそうだな。)
肥後(わかった。誰の?)
信輝(とりあえず俺で。)
肥後(わかった。『勧誘』。)
日本助「公方様、大峰様、褒美は頂きたいのですが、もしよろしければ、このまま我ら大峰家の家臣とはして頂けませんでしょうか?」
信秀「武衛、いかがする?」
信輝「私としては、水軍が欲しいと思っておりましたので助かります。」
信秀「よし、では奈佐日本助、我が家に仕えてくれ。武衛に従ってくれ。」
日本助「ハッ。ありがとうございます。殿、宜しくお願い致しまする。」
信輝「では、船はひとまずここに停泊してくれ。」
日本助「畏まった。」
義輝「右京、隼人、采女を送ってくれたことも助かったぞ。」
信秀「それはそれは。お役に立ててよかったです。隼人、采女ご苦労であった。」
戸田隼人「ハッ。」
采女「はい。」
広心「公方様、そろそろここではなんですから、八善屋に行きましょう。」
義輝「そうだな。案内してくれ。」
信秀「はい。」
俺たちは八善屋の持っている屋敷に入った。
甚右衛門の好意で宴が開かれた。
大峰の一族家臣たちと、足利家は三淵藤英、和田惟政、一色藤長の三人が座った。
信秀「まずは、義輝様のご無事を祝って、乾杯だ!」
一同「乾杯!」
俺も今日は少しだけ飲もう。義輝様と杯を交わす。
信輝「義輝様、何があったかお聞かせ下さい。」
義輝「ああ、そうだな。そちが大峰に向かって出立してから何が起きたか話そう。」
信輝「はい。」
義輝「京から武衛や、そちの家臣たちが出立した後も少しの間は何もなかったのだが、まず、甲賀で六角、細川が兵を挙げた。甲賀は領地ではなかったが、南近江と隣接しているので余は自ら鎮圧に向かったのだ。しかし、そこに着くと誰もおらぬ。今度は河内で兵を挙げたと聞き、今度はそちらへ。しかしそこも行ってみると誰もおらぬ。次は摂津、その次は山城というようにあちこちで兵を挙げたという噂があり、行くのだが、一度も戦うことなく、足利兵は疲労していった。そうするとだんだん、民に不平がたまって行く。そして気付いた時には、あちこちで本当に兵を挙げる者が多くなり、それを鎮圧して回ることになった。」
信秀「そうでしたか。」
義輝「そこで聞こえて来たのが、偽公方だの、正統に戻すだの、傍流たちを倒せだのという言葉よ。」
信輝「それは何の話なのですか?」
義輝「それは聞いておらぬか?」
信輝「はい。義輝様が正統ではないのですか?」
義輝「もちろん、今は余が正統な将軍ではあった。しかし、足利家には跡継ぎの問題が色々とあってな。足利家の話と言えばそちにも関係のある話だ。」
広心「公方様。」
義輝「広心殿、まだ武衛には話しておらぬのですか?都では既に一部の者の間には、大峰の話も知られておりますぞ。」
広心「そうでしたか。その話を知っているのは家中でもごく一部です。わしの兄弟たちと、我が子では右京だけです。我が父の意向でもあったので。ですが、もう隠すことはできませんな。ここには我が子や、我が孫たちも大勢おります。いい機会です。皆に知ってもらいましょう。今回の話にも関係することです。が、その前にまずは戦とその後のお話をされては?」
義輝「そうじゃな。先ほどの話だ。その後は鎮圧戦を続けていたのだが、次第に敵が多くなり、気付けばあっという間に、三好長慶の子の義興が家臣たちに担がれて阿波から出てき、松永が参加し、浅井、朝倉、そして本願寺門徒の一揆と囲まれていったというわけよ。そしてその頃に隼人が来てくれてな。そこで戦に勝つことよりも、念願だった大峰に行くことを決意したわけだ。」
信輝「そんな。京はよかったので?」
義輝「余はそこまで将軍に執着はない。将軍だから強く民を治める力があるのではなく、強くて民を治める力がある者が将軍になるべきだと思っているからな。」
信輝「そうなのですか。」
義輝「そうだ。だから、すぐに逃げ出してもよかったのだが、奴らの狙いは余を討ち取って、次の将軍を立てることだ。だから、いかに上手く討ち取られたように見せ逃げ出すかだったわけだ。しかし、それが結果上手くいかず、本当に家臣を討ち取られることになってしまったことは悔やまれるが。」
信秀「では、やはり今回お越しになられた方が少ないのは。」
義輝「そうだ。討たれてしまった者もおる。」
信秀「そうでしたか。」
義輝「隼人と打ち合わせをして、奴らが二条城に攻め寄せて来たときに、武衛が用意してくれた地下道から抜け出す予定だったのだが、なぜか敵に知られていたらしく、埋められていてな。結局、二条城に火がついてからなんとか隼人に助けられて抜け出せたわけじゃ。そのときに自ら犠牲になってくれた者たちには本当に済まないことをした。その者たちのお陰で、余は討ち取られたと敵には思われたようだ。」
広心「その者たちも公方様をお救いで来たのです。本望でしょう。」
義輝「これからその者たちの家族には恩返しをせねばな。」
広心「そう致しましょう。続きを。」
義輝「ああ。二条城を抜け出したのだが、十重二十重に囲まれており、逃げるのに苦労したのだ。堺から船にと考えていたが既にそこまでの道は制圧されており、途中で引き返すことになった。その時に采女たちが合流してくれてな。今度は三国湊からと思ったのだが、これも朝倉が敵にまわっているため使えず、やむを得ず若狭に入り、若狭の武田家を頼った。しかしこれも頼りにならず、仕方なく西へ。日本海沿いを西へ進んでいた時に、この奈佐に会ったのだ。状況を話すと、褒美をくれるなら船を出すと言ってくれて、奈佐に頼んでここまで連れてきてもらったのだ。」
信秀「そうでしたか。苦労なされたのですね。」
義輝「まあな。逃亡生活には幼い頃から慣れておるがな。」
広心「何はともあれご無事でよかった。」
義輝「ああ、余も結果、大峰に来ることができてよかったですぞ。」
信輝「よかったです。」
義輝「では、先ほどの話に戻るか。」
信輝「はい。」
義輝「正統の話をする前に、足利家の将軍について話さねばなるまい。」




