第五章 85話 船と期待
1554年5月11日
さらに十日が経った。
未だに何も情報が掴めない。
もうさすがに諦めるしかないか。
義輝様と戸田隼人。
悔やんでも悔やみきれない。
あの毛利の話を聞いた時に、怪しいと思った時に、すぐに動いていれば。
屋敷の梅の間で沈んでいた俺のところに、慌てた様子の父上の使者が来た。
緊急に出陣準備した上で、俺自身は父上の屋敷に来るようにということだった。
又兵衛にお願いし、六神隊の将たちにすぐに出陣できるように招集をかけ、六神隊の兵たちにも至急、出陣準備をして須坂練兵場で待機する様に指示を出した。
父上の部屋へ。
信輝「失礼します!父上、何がありましたか?」
そこには祖父と伊勢叔父もいた。
信秀「海だ。」
信輝「はい?」
広心「船だ。」
信輝「海から船ですか?」
大久保伊勢「そうだ。たくさんだ。」
三人とも混乱している。珍しい。
義輝様の件でおかしくなってしまったのか?
信輝「父上は京に行かれた時に、八善屋の船に乗られたではないですか。その八善屋の船ですか?」
信秀「違う。軍船だ。」
信輝「軍船ですか?」
信秀「海から多くの軍船が来ている。玄蕃から知らせが来た。」
信輝「軍船?たくさんですか?どこから?」
信秀「海からだ。」
信輝「父上、落ち着いてください。海のどの方角からですか?どこにですか?」
信秀「お、おう。海の北の方だ。」
広心「武衛、我らは信濃の山育ちだ。海については一切わからん。海の戦についても検討もつかん。お主なら何か考え付くかと思ったのじゃ。」
大久保伊勢「そうだ。船での戦など全くわからん。」
信輝「わかりました。が、まずはその玄蕃叔父からの使者に会ってもいいですか?」
信秀「そうだな。とりあえず会ってもらおう。」
その使者の話を聞くと、まだかすかに見える程度だが、海の北の方から、多くの軍船と見える船が直江津目指してやって来ているそうだ。
八善屋の商船はあまり陸から離れずに進むが、今回の船は陸沿いにではなく、完全に海からやって来ているらしい。それも父上たちが混乱している要因のようだ。
戦になる可能性があるため、準備はしてみようと話し始めたが、三人とも何をどう準備していいやら全くわからず、その焦りが使者に伝わり、慌てた使者が内容もよくわからず、要領を得ないまま、とりあえず俺を呼び出したということだった。
信輝「わかりました。では、私は先に六神隊を率いて直江津に参ります。父上たちは五千の兵を纏めて、全ての兵に大峰銃を持たせ、騎乗して直江津に後から来てください。」
信秀「わかった。」
広心「すまないな。わしも行った方がよいということだな?わかった。」
大久保伊勢「頼んだぞ。」
信輝「では、後ほど。」
六神隊の将たちに状況を説明し、須坂練兵場で兵たちと合流。すぐに北に向かって走り出した。全員騎馬の二千二百。それも皆馬術が優れている上に訓練を続けているため、近頃では直江津くらいだったら止まらずに行ける。
走りながら。
肥後「軍船ってどこのよ。」
陸奥「戦になるかな?」
信輝「いや、俺はもう勝手に期待してしまってる。」
肥後「期待?海戦に?」
陸奥「うちってまだ水軍ないじゃん。どうするの?」
肥後「海岸線に大峰銃並べて撃って、上陸して来たら普通の戦だろ。」
備前「やっと六神隊で戦えますね。」
信輝「いや、一応武装はしたけど、戦にはならないと思う。」
陸奥「何で?」
肥後「あーそういうことか。大丈夫か?期待して外れたときはかなり痛いぞ?」
陸奥「期待?あっそうなの?連絡来たの?よかったじゃん。」
信輝「いや、全く。だから言葉にはしない。」
備前「そうだといいですね。」
信輝「うん、だから父上にも祖父にも直江津に来てもらうようにしてる。」
肥後「そうか。」
陸奥「広心様、落ち込んでたもんな。そうだといいな。」
そこからはもう何も言わなかった。
直江津に着いた。湯塚玄蕃叔父の兵が直江津の町の外にある海岸に陣を構えている。
そこに向かった。
六神隊は近くに待機させ、俺と備前、肥後、陸奥だけが、陣幕が張られた中に入る。今回は全力で走って来たので、小姓衆は連れて来ていない。
信輝「玄蕃叔父上、お疲れ様です。」
湯塚玄蕃「おう!武衛!来たか!」
信輝「はい。どのような状況ですか?」
湯塚玄蕃「まずは、先日は大変だったな。色々と。兄上も備後も無事だったのは武衛のおかげじゃ。晴景殿も心配されてたが、よかった。ただ又右衛門の件と公方様、隼人叔父上は残念だった。まあ過ぎたことは仕方ない。そう気を落とすな。」
信輝「はい。でもまだ公方様と隼人はわかりませんよ。」
湯塚玄蕃「そうか?まあ希望を持つことはいいことだ。」
もう諦めてるな。前向きというか、なんというか。
湯塚玄蕃「それで、使者から聞いたと思うが、かなりの数の軍船と思われる船が近付いている。まだよく見えん。八善屋の建物に上がって見てみるとよい。」
信輝「わかりました。ちょっと行って来ます。」
俺たちは直江津の町にある、八善屋の三階に上がって来た。
ここで、ついに出来た望遠鏡を使ってみる。
確かにまだ遠いが軍船だ。結構大きい船。安宅船というんだったか。が、三十艘くらい向かって来ている。
旗は何も描かれていない白旗だ。
肥後「どう?」
黙って望遠鏡を渡す。
肥後「おー確かに軍船だ。」
肥後が陸奥に望遠鏡を渡す。
陸奥「すごいな!船団だな!これもしそうだとしたらすごいじゃん!」
陸奥が備前に望遠鏡を渡す。
備前「これどのように使うんですか?ここから?おー!!どうなってるんですか!これ!すごいですね!本当だ!船が見えます!堺から乗った船よりみんな大きいですね!」
信輝「旗もないし、ここから見てもわかんないね。陣に戻るか。」
湯塚玄蕃叔父の陣に戻り、少し経つと父上たちが到着した。
船団は肉眼で見えるところまで来ている。
攻撃はして来ないため、兵たちの配置を決め、待機させてはいるが武器は構えずに待った。
ついに船団が近くに着いた。俺たちが見えたのか、直江津の港ではなく、この砂浜海岸の方に来た。
ただここまでは大型の船では入って来れず、小舟に乗り換えているのが、遠くに見える。
もう少し暗くなって来ているので、人の顔まではわからない。
心臓が早くなっているのがわかる。
あまり緊張とかしない方なんだけどな。
さすがにめっちゃ緊張する。でもここまで攻撃して来ないってことはもう確実だろう。
よかった。
でもまだわからん。
期待と不安がすごい。
そんな俺の目に入ったのは、久しぶりに見るあの見慣れた笑顔だった。まだ一年も経ってないのに、ずいぶん昔のように感じる。
よかった。




