第五章 84話 新政権と明智
1554年5月1日
あれからもう十日が経った。
義輝様の行方は未だに掴めていない。
あの後、入ってきた情報は、新しく将軍になるというのはまだ10歳の三春丸という少年らしい。将軍宣下はまだ出ていないが、足利家の正統な血筋だと主張している。
細川晴元が管領となり、山城、摂津を支配。松永が河内を加増。三好が和泉を加増。六角が南近江を。朝倉、浅井、それに今回軍には参加していなかった斉藤、毛利は新将軍の元、御相伴衆となって地位を与えられるらしい。
やはりそういう繋がりか。
朝廷では、細川、三好と近かった九条、二条がまた力を取り戻し、近衛様の力が弱くなっているらしい。
本願寺顕如が九条稙通の猶子となり、六角家の猶子となった三条公頼の娘と結婚した。これによって細川晴元と相婿となった。ちなみに武田信玄の正室も三条家の出である。
そして本願寺顕如は門跡となった。
あっという間にしっかりと、京、京周辺、朝廷を固められた。
新しく将軍になるという少年の話はまだよくわからない。とにかく正統な将軍だと言われている。
偽の血筋だった義輝様は討ち取ったとも言われている。
この十日間、大峰はとにかく義輝様の無事を祈り、戸隠衆のほとんどを上方に投入して、甲賀と戦いながら義輝様の捜索をしている。
一方で、領内の地固めは着々と進んでいる。
そのまま攻め続けていた沼田城を落とし、ここに真田弾正が城主として入った。それまでの渋川城は破却した。
それでもやはり気になるのは義輝様だ。
今回のことを聞いて一番ショックを受けていたのは祖父だった。
義輝様とは面識がないはずだが。
祖父は俺たちが知らないことをかなり知っているようだ。
何度か聞いてみたが、結局何も教えてもらえない。
言わない方がいいと思っているようだ。
だんだん聞きづらくなっていた。
父上も多少は知っているようだが、おそらく祖父程ではない。
又兵衛「殿、今度は越後に動きがありました。明智光秀殿の一族が長尾景虎殿の元を離れたようです。」
信輝「何かあったのか?」
又兵衛「なんでも今回の京での騒動に関して、長尾景虎殿が、聞いていない、とお怒りになったとか。」
信輝「そうか。長尾景虎殿は職からも漏れているしな。利用されたか。」
又兵衛「明智光秀殿はどうやら京へ行かれるようです。」
信輝「京?何のために?今度は何するんだ?目的は新将軍だろうな。」
又兵衛「わかりません。わかり次第ご報告します。」
信輝「ああ、頼んだ。」
又兵衛「それともう一つ。大峰にいた時に明智の家に雇われていた小者が、ここを退去の時に越後に連れて行かれたのですが、城下に戻って来ているそうです。いかが致しますか?」
信輝「話が聞きたい。今から行こう。備前、肥後、陸奥を呼んで来てくれ。」
又兵衛「ハッ。」
今は何でもいいから情報が欲しい。少しでも何か知らないか。
三ノ丸の北東門から出て城下町を馬で行く。
肥後「小物じゃさすがに何も知らないんじゃない?」
陸奥「今回の騒動は明智が計画したと思ってる?」
信輝「いや、わからない。明智なのか。細川晴元なのか。それとも斉藤道三なのか。それもいつからこの計画が始まってたのか。」
陸奥「初めて美濃で会ったときそんな感じはしなかったよね?」
肥後「でも、斉藤道三が大峰に行けって言ったから来たんだろ?」
信輝「それもどこまで本当かわからないよね。毛利の話もあるし。」
肥後「毛利の話って言ったって、旗だけだろ?」
信輝「詳しくはわからない。もしかしたらそこにいたかもしれないし。」
陸奥「鉄砲は?甲賀者が持ってた鉄砲、大峰銃に似てたんでしょ?」
信輝「ああ、あれは真似して作ったとしか考えられない。」
肥後「でも堺から毛利に送られた鉄砲がそれかはわかんないだろ?」
陸奥「そうか。でも、性能がいい鉄砲じゃないと、こんな短期間で大内、尼子って倒せなくない?」
肥後「それはわかんないし、わかったとしてそこまで俺ら関係なくない?」
信輝「いや、関係ないとも言ってられないでしょ。足利家と一緒に標的にされてるし。」
肥後「まあ足利家も大事だけど、大峰もどうなるかね。」
陸奥「ただただこれから大変だよね。」
信輝「武田、北条は友好関係じゃん。」
肥後「武田は大丈夫だろうけど、北条は次代がわかんないだろ。」
陸奥「そうだね。確かに。」
信輝「いつから誰と繋がってたのかとか、大峰銃持って行ったのかとか、何か少しでも情報が聞ければいいな。」
陸奥「でもさすがに小者じゃわかんないんじゃん。」
備前「何か少しでも聞けたらいいですね。」
又兵衛「こちらです。」
信輝「失礼致す。」
「どちらさんで?」
信輝「大峰信輝と申します。ちょっと聞きたいことがあって来たのですがよろしいでしょうか?」
「どちらの大峰さんで?…大峰!」
びっくりして男が飛び出して来て土下座した。
「も、も、も、申し訳、ご、ご、ご、ございません!」
信輝「頭を上げてください。ちょっと聞いていいですか?」
「はい!」
年は二十代前半。母親と暮らしているようだ。
「明智家に仕えていた時の話を聞いてもいいですか?」
「はい!」
そうして、小男に当時の話を教えてもらった。
最初、大峰に来たばかりの明智は、大峰のために尽くすのだ、今は二ノ丸だが、将来は本丸に屋敷を構えるのだと張り切っていたらしい。
それが、半年くらい経った時にやって来た、一人の僧によって変わったと。
その僧と明智が言い争っているのが聞こえたそうだ。内容はよく聞こえなかったが、そのようなことができるはずがない、大峰家のために尽くす、何度来ても同じだ、と言うようなことを明智が叫んでいたのを何度も聞いたと。
ところが、何度目かにその僧が来た時から明智が変わったらしい。その時から度々呟くようになったのが、あの、正統に戻す、という言葉だったそうだ。
それから、明智は暗くなり何かに取り憑かれたようになったと。
明智が首謀者じゃないかと思ってたけど違うようだ。
最初から裏切るつもりではなかったらしい。でも誰かのせいで変わってしまった。
馬は合わなかったが、確かに明智光秀が自分が間違っていると思うことに手を貸すわけがない。きっと何か自らの正義と合致するものがあり、それに命をかけて戦っているのだろう。
大峰銃はおそらく持って行ってないらしい。越後に行く時に鉄砲は荷物に入っていなかったそうだ。
技術を盗んだのはその僧と会ってからの二年間で誰かに命じられたのだろう。
それだけがわかっただけでも収穫だったか。
ただ、明智が何か鍵なのは間違いないと思う。その僧もどこの誰なのか。
今度は京で何をするのか。
義輝様のことはやはり何もわからなかった。




