第五章 87話 足利家と将軍
1554年5月11日続き
義輝「足利将軍家の話だ。知っておるところもあるだろうが聞いてくれ。今回の話に繋がるからな。
足利家は、3代義満様、その子4代義持様、その子5代義量様と続いた後、義量様が嗣子なく早世されたため、3代義満様の子、義教様が6代となられた。その6代義教様の子たちが重要なのだ。
義教様の子には、義勝様、政知様、義政様、義視様がおられた。
7代将軍となられたのは義勝様。このお方は早世された。
次に8代将軍には義政様が就任された。
義政様の兄である政知様は、母の身分が弟の義政様より低かったため、京の天龍寺香厳院主となり出家して清久と名乗られていた。そして、義政様が将軍となられた後に、還俗し鎌倉公方様として関東に下向することになったのだ。東へ下向した政和様であったが、関東では戦が起きていたために鎌倉に入れず、その手前の伊豆の堀越に留まり堀越公方様と呼ばれるようになった。
そして、義政様にはしばらく子がなかったため、弟の義視様が養子となり将軍位を継ぐ予定となった。が、義政様に子が生まれた。これが義尚様だ。
この義政様の弟義視様と、子義尚様の後継争いが応仁の乱のきっかけとなったことは有名な話だ。
結局、乱の末に、子の義尚様が9代将軍になられた。そこから衰退が始まったわけだが。
ここまでは良いか?」
信輝「はい。」
足利将軍家のことは昔からよく学ばされて知っている。
義輝「では続きを話そう。
この9代義尚様も嗣子なく、近江の陣中で若くして病死された。
その次の将軍には、義尚様と後継を争った義視様、ではなく、その義視様の子義稙様が10代将軍となった。名乗りは当時は違ったが義稙様で統一して話そう。
しかし、この義稙様を傀儡にしようとして失敗した細川京兆家の細川政元殿が義稙様を京から追放してしまう。
義稙様は西に逃れた。
ここで細川政元殿に担がれて将軍となったのが、先程説明した、義政様、義視様の兄である堀越公方政知様、の次男で、父政和様と同じく京の天龍寺香厳院を継承し出家していた清晃様だ。清晃様が還俗して11代義澄様となった。このお方が余の祖父だ。
そして、堀越公方の方は、義澄様が将軍となられたことと、義澄様の異母兄である長男茶々丸殿が素行不良で牢に幽閉されたため、義澄様の同母弟の潤童子殿が後嗣となった。しかしこの茶々丸殿が脱獄し、潤童子殿と継母である円満院様を殺して、事実上の堀越公方となってしまったのだ。
その後、現在の北条家の祖である北条早雲殿がこの茶々丸殿を追放し、伊豆を手に入れたことも有名な話だな。
将軍家の話に戻る。
義澄様が将軍となられていたのだが、西に逃れていた10代義稙様を、大内義興殿が擁して上洛し、再度義稙様を将軍にした。そうして義澄様は近江へ逃れることとなった。義澄様はその逃れた近江で死去されてしまう。
しかし、また義稙様は、大内義興殿が西へ帰ると、細川京兆家の政元殿の養子である高国殿と折り合いが悪くなり堺へ出奔してしまう。そして、堺で亡くなられた。義稙様には子がいなかった。
次の将軍には、義澄様の子義晴様が近江から呼ばれ12代将軍になった。余の父上だ。
そして今13代将軍に余がなった。
と、ここまでは皆が知っていることだ。
ここで正統の将軍の話となるが、今の話のように10代義稙様は義視様の子、11代義澄様は政知様の子であるため、8代義政様の直系ではいない。
9代義尚様が直系のため、本来なら9代義尚様の子が継ぐべきだということだろう。それが正統だと言っているのだ。」
信輝「でも、その義尚様の子がいませんので仕方がないのではないですか?」
義輝「それがいたのだ。それが知れた時には、もう既に義稙様が将軍となり、義澄様が将軍となり、と続いていたことや、9代義尚様が近江で農民の娘に生ませた子なので、母の身分が低かったため黙殺されてきた。その義尚様の子の孫、つまり義尚様のひ孫にあたる者を、六角、細川が見つけ利用したのだろう。
今、正統な将軍だと担がれているのは、わずか10歳の三春丸殿だ。三春丸という名は、正統だと強調するために、義政様の幼名を改めて付けたのだろう。」
信輝「その名前は聞きました。そういうことだったのですか。」
義輝「これに、三好、松永、朝倉、浅井、本願寺、斉藤、毛利が加担したということだ。朝廷でも、細川、三好に近い九条、二条がこれを機にまた力を付けてきているらしい。義兄の近衛前久様も苦戦しているようだ。」
広心「近衛様前久様、稙家様にも、いつにてもこちらへ参られるようお伝え頂いては?」
義輝「そうですな。そうしておきましょう。」
信秀「戸隠衆を向かわせます。」
義輝「頼む。余は、足利幕府はもうなくなった方がいいと思っておる。鎌倉幕府もそうだったが、将軍が何代も管領の傀儡となっておる。先ほども話したが、将軍だから強く民を治める力があるのではなく、強くて民を治める力がある者が将軍になるべきだと思っているのだ。足利家にはもうその力はない。次に三春丸が将軍となっても、結局は、周りの傀儡となり、次は周りで権力争いが始まるだろう。それならいっそ足利幕府は滅び、また誰か力のある者が武家をまとめ棟梁となり、将軍となった方がいいのだ。」
信輝「そんな。そのような考えもあるのですね。」
義輝「そうだ、その方が民のためだろう。」
信輝「はい。民のための政治ですね。」
義輝「ああ。では、ここからは先ほど言っていた大峰の話をしよう。」
広心「公方様、それはわしから話してもよろしいでしょうか?」
義輝「そうですな。では広心殿からお願い致す。」




