第三章 28話 京へ出発!と八善屋
1550年4月25日
京に上り、朝廷と将軍家に献金すると言ったら父上や一族家臣皆驚いた。
この時代旅行なんてないからな。うちはやめたけど、関所もあるし、その関所ごとに関銭を取られたら、全然進まない間に無一文になって帰れなくなる。現代で世界一周するよりも大変なことなんだろう。
そこで、八善屋甚右衛門に話してお願いし、八善屋に手伝ってもらうこと、戸隠衆を多く連れて行き、身の安全を確保することでなんとか許してもらった。
そこから計画を立てることになった。
俺の部屋で上洛の計画について、千凛丸、竹千代、辰千代、長福丸、鷹千代、源太郎、秀胤、満親、忠頼、源四郎が話している。
ここにはいないが、馬場信房、工藤源左衛門、村上義清も行く予定だ。
あとは又兵衛と采女が配下を連れて参加する。一門重臣は忙しくて参加しないことになった。領地の開拓、鉱山開発、上田城の築城、これを重点的に行うことになっている。
松若丸「年内には帰って来ようと思っている。そのつもりで準備をしてくれ。」
竹千代「目的は本当に朝廷と将軍?」
松若丸「まあ一応は。本当はそれよりも各地の有望な人材を家臣にすることかな。これはと思う人がいたら無理矢理でも引き抜いて来よう。」
千凛丸「無理矢理ですか?」
長福丸「攫ったりは、しないですよね?」
松若丸「まあさすがにな。その場所ごとに何日か留まって、噂を集めて、家臣募集してって感じで京に向かって行こう。戸隠衆に三河、尾張、美濃に入ってもらってるから情報は結構入っているし。帰りは八善屋にお願いして船で帰って来てもいいかな。」
辰千代「なるほどね。今回は『勧誘』か。」
竹千代「『神託』もだろ。『交渉』も使うんじゃない?」
松若丸「そうなるね。」
鷹千代「たまに話しているその、『勧誘』とか『神託』とかって何ですか?」
源太郎「今さら聞くのもと思って誰も聞いてませんでしたけど、ずっと気になってました。」
千凛丸「若たちのことですから何か特別な力でもお持ちなのでしょう。」
松若丸「そうなんだ。皆には黙ってたけど、俺らには不思議な力があるんだ。黙っててごめん。ただ詳しくは聞かないで。そしてここにいる者だけの話にして。そのうち時が来たら説明できることもあると思う」
長福丸「今さら驚きません。」
鷹千代「まあ皆そんなことがあるんじゃないかと思ってましたよ。」
秀胤「絶対に言わないことを誓います。」
源太郎「ありがとうございます。そう仰って頂いてすっきりしました。」
満親「やはりすごい方ですね。」
源四郎「そんな方にお仕えできて光栄です。」
竹千代「で、誰を家臣にしたいんだ?」
辰千代「皆で知ってる人挙げて行こう。」
その後、色々な人の名前を、まあ主に俺ら三人が、挙げて、どこから京まで行くかを話し合った。
関東には特にいなかったので、ここから南西に進んで行き筑摩郡を目指す、深志城下を通り塩尻を抜けて飯田へ、飯田の松源寺で逗留。その後、遠江の井伊谷へ。そこから西へ向かい三河へ。三河岡崎の大樹寺に逗留。西へ行き尾張の熱田神宮に逗留。北上し尾張岩倉の神明生田神社に逗留。さらに北上し美濃へ入り、一向宗の寺を探してそこで逗留。そこからは西へ行き、近江に入り西明寺で逗留。少し南へ向かい、日野で逗留。そこから更に南西へ向かい大和へ。大和から西へ行き堺へ。堺から北上し京へ。京では八善屋に逗留。公家に金を配って朝廷に繋いでもらい献金。という大まかな計画を立てた。
遠い道のりだ。もし行けるようなら西にも行こう。
今回の往路に八善屋の支店は少ないが、三河まで行けば伊勢大湊の支店から物資を調達できるので、荷物はそんなに多くはならなかった。椎茸、清酒、ワイン、焼酎、朝鮮人参、葛根湯、砂糖、ジャガイモ、サツマイモ、生糸、綿など、いつも売っている物は少しずつ持って行くことにした。資金も準備しておいた。大湊の支店や京の支店には先に船で物資や資金を置いておいてもらうように依頼した。
1550年5月1日
いよいよ出発の日になった。
早朝まだ薄暗い中、父上と祖父に見送られ俺たちは馬に跨った。他の叔父や家臣たちは領地の色んな場所に散って働いているのでいなかった。
信秀「気をつけて行くのだぞ。」
松若丸「はい、ありがとうございます。」
広心「上手くいくとよいの。」
松若丸「はい!では、行って来ます!」
行くのは、松若丸、千凛丸、竹千代、辰千代、長福丸、鷹千代、源太郎、秀胤、満親、忠頼、源四郎、馬場信房、工藤源左衛門。我々は刀の他に一人一丁大峰銃を持っている。源四郎、馬場信房、工藤源左衛門も鉄砲を打てるように訓練した。
それから、竹千代の家臣である出浦清種と出浦衆、辰千代の家臣となった村上義清とその側近数名。又兵衛と大岩衆、采女と戸隠衆。これらにも数丁ずつ大峰銃を持たせた。
八善屋からは甚右衛門の子、甚兵衛が付いて来てくれている。
15歳と若いが才気煥発で、体格も大きい。たまにうちで新陰流も学んでいるため武術もできる。期待の次期当主。それに手代が何人か付いている。
忍だけで百五十人くらいいるため安心して進めるだろう。
松若丸「甚兵衛、悪いな。よろしく頼むね。」
甚兵衛「いえ、いつもお世話になっていますから。今後ともご贔屓に。それに松若丸様と旅ができるのが楽しみです!」
松若丸「ありがとう。何かあったら言ってくれ。では行こうか。」
俺たちは進み出した。本日はほとんど領内だ。屋代を過ぎた所で、南西の山間部に入って行く。
この辺は道を整備した方がいいな。深志城も手に入れるとしたら大峰と繋げておかないといけなくなる。
この日はいくつか小笠原家の関所を通過しただけで何事もなく深志城下に入った。
もう日が暮れる。通常の宿を取り、その日は終わった。
ゆくゆくのために戸隠衆にこの辺の地形を調べて地図を作っておくようにお願いした。
深志城や近くの小笠原氏の本城である林城に何人か潜入させておいた。
1550年5月2日
この日からは姿を商人に変え、八善屋の名前で、善光寺から朝廷への献上品を依頼された商人の隊列ということにした。
俺らは11歳だが皆体格が大きいので違和感はない。帯刀はしているが、自衛のためだと言えば大丈夫だろう。
本日は南伊那の飯田辺りまで行き、松源寺に入る。
戸隠衆に先触れをしてもらい泊まる了承は得ている。問題は一部武田の領地に近付くことだ。諏訪郡は通らないようにするが、伊那郡では高遠城に近付いてしまう。忍衆に警護を厳重にしてもらい、明け方から出発し進み始めた。
塩尻峠を超えた辺りで日が昇った。ここからが特に気を付けなければならない。
松若丸「又兵衛、采女頼んだよ。何かあったらすぐ教えてくれ。」
又兵衛「畏まりました。」
采女「ハッ。」
竹千代「こんな敵の城下を通る道行かなきゃいいのに。」
辰千代「まあ松源寺に行くのはここしかないからな。上手く行くといいけど。」
竹千代「まあそうか。井伊か。いるのかね?」
松若丸「井伊直親がいるのは采女に確認してもらってるよ。上手くいったら井伊谷に行って井伊直平殿、井伊直盛殿に挨拶しに行こう。」
辰千代「直虎さんは?」
松若丸「いるのかな?」
竹千代「どうだろ?」
辰千代「行ってみてだな。」
松若丸「出てくるかな?」
竹千代「どうだろな。」
松若丸「まあどうなるかわかんないよね。」
又兵衛「そろそろ高遠城が近くなってきます。」
松若丸「わかった。」
それからは静かに進んだ。
何事もなく進み、駒ヶ根まで行き、そこからは武田領を抜けたので気が楽だった。
日が沈む前に着いた。
松若丸「結構立派だね。」
竹千代「思ったよりずっと。」
辰千代「井伊直親殿見つかるかな?」
寺男に案内され和尚様に挨拶した。寄進として、持ってきた資金と、椎茸、朝鮮人参、ジャガイモ、サツマイモを寄進したら、ものすごく喜ばれて、何日でもどうぞと言ってくれた。
大部屋を用意してくれたので、皆で荷を下ろした。
松若丸「さて、『探索』お願い。」
竹千代「いるね。どうやって接触するの?」
辰千代「確かに。和尚様に挨拶したいって頼むか。」
松若丸「まあそれがいいか。千凛丸、和尚様にこちらに滞在されている方にご挨拶したいって頼んできてもらっていい?」
千凛丸「わかりました。」
すぐに千凛丸が戻って来た。
千凛丸「和尚様が本堂でお待ちしてますと仰っていました。」
松若丸「意外とすんなり。じゃあ行くか。せっかくだから皆で行こう。」
ぞろぞろと本堂へ。『鑑定』を使う。井伊直親殿だ。15歳か。あんま武将って感じじゃないな。長く寺にいるからかな?
松若丸「ご無理を申し上げて申し訳ございません。信濃水内郡大峰から参りました、大峰民部大輔が嫡男、大峰松若丸と申します。よろしくお願い致します。」
井伊直親「これはこれは。信濃の神童と噂はかねがね聞いております。井伊直親と申します。あの大峰殿の若殿がどうしてこちらへ?」
松若丸「はい、善光寺から朝廷への使節団と共に京へ参る途中、本日はこちらでお世話になることになりました。そこで井伊殿のお話を聞きましたので、ご挨拶をと思いまして。」
井伊直親「それはそれはご丁寧に。こちらからもよろしくお願い致します。」
松若丸「先程仰った、あの、とは何でしょうか?」
井伊直親「同じ信濃におりますので噂は聞こえて来ます。何でも珍しい野菜や薬草を育てて民に分け与えているとか、税率を四公六民にしたり関所を撤廃したりとか。鉱山開発に鉄砲の製造と、川中島の戦いの話も聞きましたよ。さすが神童と言われる方だと思っておりました。」
松若丸「そうでしたか。」
井伊直親「信濃に住んでいる者なら大峰領に行きたいと思うでしょうね。」
松若丸「井伊殿もそう思われますか?」
井伊直親「思いますが、私はここから動けない。」
松若丸「そうなのですか?私も井伊殿の噂は聞いております。要は井伊谷にいるのが今川から狙われて危険ということですよね?我が領内にお越しになりますか?」
井伊直親「それでは大峰家にご迷惑をお掛けすることになるでしょう。行けません。それに祖父や一族が何と言うか。」
松若丸(『勧誘』使って。俺の家臣で。)
竹千代(わかった。)
松若丸「こちらは大丈夫です。むしろ井伊殿がよければお越し下さい。ただ客分だと難しくなるかもしれませんので、我が大峰家にお仕え頂けませんか?それなら今川家も手を出せませんし、一族の方々も許してくださるのではないでしょうか?」
井伊直親「それは!考えもしませんでした。でも確かにそれなら。いや、井伊家を継ぐということが。でも……どうせ今のままでは難しいか。わかりました。井伊直親、松若丸様にお仕えしましょう。ただ、祖父や一族に断ってからにさせて下さい。」
松若丸「では、明日我々と共にここを立ち井伊谷に参りましょう。」
井伊直親「いいのですか?そのようなお手間を掛けさせてしまって。」
松若丸「井伊殿がよろしければ。」
井伊直親「ありがとうございます。よろしくお願いします。もう一つ申し上げにくいのですが、この地で迎えた妻と子も連れて行くことはできますでしょうか?」
松若丸「構いません。明日の朝までに輿を用意させましょう。」
井伊直親「何から何までありがとうございます。よろしくお願いします。」
松若丸「では、明日は朝早く出立致しましょう。失礼します。」
松若丸(まずは一人。)
竹千代(まだ駄目って言われるかもよ?)
辰千代(確かに。でも連れて行って駄目って言われることはないんじゃない?)
松若丸(井伊の名前が残るって説得すれば大丈夫でしょ。)
こうして井伊谷へ行くことになった。
まあ最初から行く予定だったが。




