第三章 29話 井伊谷と次郎法師
1550年5月5日
井伊直親とその奥方、幼子を伴い、松源寺を出発した我々は特に問題もなく、山間の道を南下し、三日かけて井伊谷に到着した。
昼頃に井伊谷城に着くと、門番に名乗り、案内してもらうのを待っていた。
「直親か!待っておったぞ!」
一同「!!?」
井伊直親「次郎法師か?」
次郎法師「そうじゃ!久しぶりじゃの!」
松若丸(これが直虎か?)
竹千代(おそらく。)
辰千代(お転婆って感じだね。)
井伊直親「久しぶりだな。」
直親と次郎法師が話し始めた。
長福丸「あれはなかなかですね。」
鷹千代「すごいな。」
源太郎「ええ。」
秀胤「でも綺麗な方ですな。」
満親「我々の奥方にも負けませんね。」
源四郎「いい奥方になるかもしれないですな。」
落ち着いたところで、門番に案内されて通された。
一行を大広間に通してくれ、俺と直親が前に出て、他の皆は後ろにいる。
襖が開き、人が入ってくる気配がした。井伊直平殿と井伊直盛殿が来たようだ。俺たちは頭を下げている。
井伊直平「面を上げて下され。このように下の者に挨拶させる形になってしまい申し訳ござらぬ。」
少し頭を上げて挨拶をする。
松若丸「ハッ、信濃水内郡大峰から参りました大峰民部大輔が嫡男、大峰松若丸と申します。」
見ると次郎法師も来ている。
井伊直平「井伊修理亮直平と申します。」
井伊直盛「井伊内匠助直盛と申します。」
井伊直平「早速ですが、直親の話聞きました。申し訳ないが、まだここでは今後どうなるかわかりませぬので、家臣にとの件お願いしてもよろしいでしょうか?」
井伊直親「祖父様、よろしいのですか?」
井伊直平「お主の身を守るには大峰様にお願いした方がよいだろう。松若丸殿、どうか不肖の孫をよろしく頼みます。」
松若丸「こちらこそよろしくお願いします。ありがとうございます。」
井伊直親「祖父様ありがとうございます。松若丸様、よろしくお願い致します。」
次郎法師「わしもお願いします!」
井伊直盛「次郎法師、どういうことじゃ?」
次郎法師「直親の嫁になるはずだったが、直親は嫁を連れてきた。じゃから、わしは大峰様の嫁になる!」
井伊直盛「それは無理じゃ。我が儘を申すな。」
次郎法師「なぜ無理なのじゃ?まだ大峰様は何も申しておらぬではないか。」
井伊直平「松若丸様、いかがでしょうか?正室にとは申しませんので。」
いや俺にふるなよ。直盛殿も何か言って。
後ろ、笑いこらえてるのわかるから。
松若丸「いやー。」
次郎法師「わしじゃ嫌か?では剣術で勝負して下され!それでわしが勝ったらもらって下され!」
井伊直平「それは面白い!松若丸様、是非に!お願いします!」
井伊直盛「次郎法師!祖父様も、いいのですか?松若丸殿、よろしいのですか?」
なぜそうなる?断れる雰囲気じゃないし。
松若丸「えっと、じゃあやりますか。」
次郎法師「やったっ!」
なぜこのようなことに。まあやるからには真面目にやるか。
武道場に移動した。小姓衆は笑いをこらえながら。
武道場に着くと、俺と次郎法師は真ん中へ、直平殿、直親や皆は周りに、直盛殿も真ん中に。
木刀を持ち、向かい合って礼をした。
直盛殿、娘の婚姻これで決めていいのですか?そもそも娘が勝つと思っているのか?嫁に出したいのか?俺は敵わないと思っているのか?よくわからん。まあやるからには勝つか。負けると面倒だし。
井伊直盛「では、始め!」
次郎法師「やあ!とう!それ!」
始まった途端、次郎法師の連続攻撃を躱す。
次郎法師「やあ!はっ!やっ!」
連続攻撃が続く。
一度距離を取った。
なかなかすごいな。めっちゃ鍛えてるなこれ。
次郎法師「やあー!」
渾身の一撃を躱す。
そろそろいいか。
次郎法師「やあ!」
松若丸「はっ!」
次郎法師が打ってきたところを木刀を弾き飛ばした。
井伊直盛「勝負あり!」
次郎法師「なんと…」
次郎法師はその場に座り込んだ。
井伊直盛「次郎法師、諦めろ。」
次郎法師「残念です。」
松若丸「ありがとうございました。」
井伊直平「松若丸殿、素晴らしかったです。流派は何を?」
松若丸「新陰流を習っています。」
井伊直平「あの新陰流を!それは敵わぬわけじゃ。」
次郎法師「もう嫁にとは申しませぬ。が、わしも家臣にして下され。よろしくお願いします。」
次郎法師はその場で頭を下げた。
俺は黙って直平殿を見た。直平殿は頭を下げてきた。
松若丸「わかりました。家臣にということであれば。」
次郎法師「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
井伊直平「すまんな。松若丸殿。直親と次郎法師をお願い致します。」
直盛殿、直親も頭を下げた。
松若丸「おやめ下さい。こちらこそよろしくお願い致します。」
井伊直平「では、今夜はこちらに泊まって下され。宴の席を設けましょう。」
俺らは部屋に案内してもらった。
井伊直親15歳、井伊次郎法師13歳が家臣となった。思っていたことと違うが、まあよかった。しかし、次郎法師は注意が必要だな。嫁にって本気だったのだろうか。
その後、宴会に呼ばれて全員参加したが、嫁にという話は全くなかった。
直親も次郎法師も家臣として連れて行っても井伊家はいいのか直平殿に聞いたら、一族は多いから養子をもらえばいいと言っていた。じゃあ次郎法師は直虎にならなくてもよかったのではないだろうか。まあわからないな。とりあえずいいか。
まだ我々が酒を飲めないので、程々でお開きになった。
その夜
次郎法師「失礼します。よろしいでしょうか。」
廊下から襖を開けずに声を掛けられた。
松若丸「次郎法師殿か。」
次郎法師「はい、このまま聞いてください。本日は我が儘を申し上げ、試合までして頂き、家臣にして下さいましてありがとうございました。松若丸様にお会いできて、家臣としてこれから側にいることができて嬉しゅうございます。今後とも宜しくお願いします。では。」
次郎法師は一方的に話して去っていった。どういう意味合いだったのだろう。
まあ家臣として、と受け取っておこう。




