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ラウラ平野にて

 ジャイルとメローラは、大軍に挟まれたラウラ平野の中央の簡素な木のテーブルに座った。

 目の前には、レトキの王ヒュールが座っている。髭を蓄え、如何にも豪傑といった感じの男であった。

「メローラ姫、そなたに会えるのを楽しみにしておったぞ」

 ヒュールは粗野気な口調で言った。

「わたくしも、ヒュール陛下にお会いしとうございました」

 メローラは頭を下げる。

「ジャイル殿、オポティウス陛下の名代として参ったのだな」

「左様にございます」

 ジャイルも一礼する。

「陛下より、全権を委託され、ここにおります。ヒュール陛下に置かれましては、此度のナツル攻めにおいて、多大のご活躍とか」

 ヒュールは笑った。

「皮肉はよせ。わしはただ、レトキの為に動いているに過ぎぬ。それをよく、ここまで挽回出来たものと思うぞ」

「姫の力によるものでございます。姫の信望により、戦わずして道を進む事が出来申した」

 ヒュールは声を立てて笑った。

「抜け駆けして良かったわ!さもなくば、主導権はずっとお主にあった!」

「いえ、あくまで、我らは同列。貴国との友好を重んじれば、ナツルは平和裏に分けるにしくは無し」

「とはいうものの……」

 ヒュールは身を乗り出した。

「どちらが都を落とすか、といった話じゃの。先に陥落させた者が手に入れられるとも限るまい」

「左様」

「姫はどう思う」

 ヒュールは注意深い目つきでメローラを見やった。

「わたくしは、皆様の思し召しのままにございます。一度は捨てた国。どうなろうと知ったことではありません」

 ジャイルはぎろりとメローラを睨みつける。

「わたくしはこの国に愛着はありませぬ。どうぞ、お好きにお切り取りくだされ」

 ヒュールはまた、笑った。

「本当かの」

「真にございます」

 メローラは頭を下げた。

 ヒュールはジャイルを見た。

「真にございます。姫の偽りなき本心にございます」

 ヒュールはにやりとした。

「復讐の姫君、という訳か」

「さて、本題に入らせて頂いてもよろしうございますか」

 ジャイルはテーブルの上で指を組んだ。

「申せ」

 ヒュールは用心深そうに答えた。

「先程、誰が都を落とすか、という話になりましたが、ワスク国と、あと新たに参戦してきたアサイ国の事も考えねば」

 アサイ国は、ナツル侵攻後に旗印を明らかにし、イチデンに申し入れてきた。

 位置関係をここで大雑把に述べると、ヒュール王のレトキはナツルの北の国境と接している。寒さも厳しく、温暖なナツルの土地が欲しいのだ。一方イチデンは東に位置し、ワスは西、アサイは南で国境を接している。

 ヒュールは唸った。

「協調しなければ、包囲網にはなりませぬ。誰かが先んじ過ぎてもいけないのです」

「戦には機というものがある」

「分かりまする。ですが、どうかご理解頂きたい」

 ジャイルは頭を下げた。

「姫はどう思うのだ」

 メローラにヒュールは話を振った。

「戦の話は殿方に任せまする」

 メローラの返答は恭しいものだった。

 ジャイルは表面では平静を装ったが、内では吐き捨てたい思いだった。

「お主の話、もっとも!もしレトキが先んじて都を落としても、姫を要するお主との戦いになろう。それは避けたい。あくまで、友好的に分割しようではないか」

 ヒュールはジャイルの手を握り、激しく振った。



「なかなか、食えぬ男だろ」

「そうね」

 ジャイルは息をついた。

 眼前にはレトキの軍勢が馬を並べこちらを向いている。

 これから、両軍は一応分かれ、それぞれ進軍を開始する予定である。

 これからは密に連絡を取り合い、歩調を合わせて侵攻するのだ。そして必要とあらば、援軍となる。

「文句はなかろう」

 ジャイルは言った。

「そうね。素晴らしい結果だわ」

 メローラは淡々と答えた。

「さて、ナツルもそろそろ反撃してきてもよい頃だが……」

 ジャイルは呟いた。

「じゃあ、何かあったら知らせてよ」

 メローラは兵に連れられ、馬車に戻る。

 上手く行き過ぎている。

 ジャイルは思った。

 軍勢を以てそろそろ打撃を与えようとしてきてもおかしくはないのだ。確かに、プリズルは戦働きで玉座を手にした男ではない。宮廷工作の末、手に入れたのだ。だとしても、諸侯をこれまでは従い得ていた。

 何か起こそうというのか。それとも、もはや狂乱の中、何も出来ずにいるのか。


 数日、行軍は続いた。

 その日、ジャイルは己の不安が的中してしまう事を知る。

 兵士が狂ったように駆け寄り、馬上のジャイルに書状を差し出す。

 目を通したジャイルはぎょっとした様に目を見張り、歯軋りした。

 書状には、反ジャイル派が挙兵し、国王オポティウスを手中に収めたとあった……。

 背後から斬りかかられてしまったのだ。


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