膠着
「どういう事よ!」
メローラは激高した。
「ナツル攻めを続けられん。一時撤退する」
ジャイルは苦虫を噛み潰した様に言った。
「ふざけないで!」
メローラは椅子から立ち上がり、ぎりぎりと歯軋りをした。
イーンとトエルは姫の変貌に驚きつつも、思慮深い様子だった。
「我らはどうすればよいのじゃ?」
イーンは言った。
「ジャイル殿無しで、プリズル王と戦わねばならんと?」
トエルは弱気な口調だった。
「無理強いは致さん」
ジャイルはぽつりと言った。
1人語気強き者はメローラのみであった。
「あんたが去ったら、あたしはどうするの!?ナツル攻めの軍勢を率いろなんて言うまいし!」
「姫様」
イーンが恭しく言った。
「我ら、姫様を戴き、兵を進めてもよろしうございます」
「姫様を全霊かけ、お守り申す次第」
トエルが続いた。
メローラは鼻を鳴らした。
「姫は、イーンとトエルらで支えて欲しい。賊徒を討ち取り次第、再び舞い戻る」
ジャイルがいてこそ、ナツル包囲網で影響力を保っていられるのだ。傀儡の姫と降伏し味方になった者など、軽んじられるであろう。
「我が部下、ナップ将軍を頼るがよい」
ナップ・キュウシ、彼は歴戦の猛者であり、文官のホイルと武官のナップの両輪がジャイルを支えていた。そのホイルがいながら、都で乱が起こったのだ。
ホイルの安否も気遣われるが、とかく急がねばならない
「余計な戦はせぬように。ナップにも言い聞かせる」
ジャイルはその日のうちに、数千の軍勢にてイチデン王都ドルレスへと発った。
総大将ジャイルを欠いたジャイル軍が残された。
一応はジャイルの家臣ナップが率いる事になったが。
「……姫様、とりあえずはジャイル殿の言う通りに致しましょう」
イーンは確かめるような口調だった。
「しょうがないわね。ジャイル無しでは、大きな戦は出来ないでしょう」
彼らの前にナップ将軍が跪いて現れた。
「今、我らが致すべきは、敵に隙を見せぬ事……」
「そうじゃな。これは罠かも知れぬ。プリズル陛下が裏で糸を引き、ドルレスで蜂起させたのやも。あまりに都合が良過ぎる」
「イーン、あなたにとって未だプリズルは『陛下』であるのね」
メローラがにやつきながら言った。
「め、滅相もございませぬ……。つい癖にて……」
イーンは恐縮しきって跪いた。
メローラは声を立てて笑った。
「さて、将軍。敵がどう出てくるか。防備は整えて起きましょう」
「既に、始めております。柵や堀を作らせ、周囲に見張りを置くよう命じております」
言われずとも、と言いたげな雰囲気でナップ将軍は答えた。
しかし、その日のうちに敵の大軍による強襲を受けてしまった。
ナツル軍のライトル・ウェンザーという豪族の率いる軍勢であった。数にして1万5000はくだらない。
兵力ならばイチデン軍はイーンやトエルの軍勢を合わせて3万に届かぬ程度はあり、数においてはこちらが有利なはずであったが、凶報による一瞬の間隙を突かれた形となった。
ナップ将軍の粘り強い用兵で、退却しつつも大勢を立て直す。
ライトル軍も一時兵を退き、様子を伺っている。
メローラは歯軋りをした。
「なかなか、上手くいかないものね!」
アシャは不安そうな顔でメローラを見る。
「ジャイル様は必ずお戻りになられます。どうか落ち着かれて」
「そうは言ってはいられないんじゃないの?これがプリズルの策なら、ライトル勢以外にも敵軍がやってくるわよ。この機を待っていたはずなのだから」
「そんなまさか……」
「まあ、ジャイルが出来なくても、他の誰かが出来ればいいのよ」
と言って、にやりとする。
アシャはその言葉に空恐ろしいものを感じた。
この人は、機会さえあればジャイル様を裏切り、別の……例えばレトキ国のヒュール王のもとに走るだろう。
それをさせぬのも自分の役割ではなかろうか。だが、メローラは最近変な連中を取り巻きに加えているようだ。ナツル出身の兵達と思しき者共が、彼女に跪いているのを見た。アシャが眠っている隙にメローラが抜け出すのを、こっそり追いかけたのだ。
アシャが思いに耽っていると、メローラの笑い声がした。くぐもったようなそれは、アシャを現実に引き戻した。
メローラがじっとこちらを見ていた。
「安心しなさいな。あなたには危害は加えないから。余計な事をしなければね」
そして、再びくつくつと笑った。
既に、ジャイル様を見限る算段をつけているのだ。アシャは恐ろしくもほっとする自分を感じるのだった。時と場合によってはメローラはここを抜け出すだろう。下手すれば自分も罰は受けそうだが、メローラというこの姫の側にいると、彼女から迸る毒気にやられてしまいそうで恐ろしかった。早く彼女から離れたかった。
問題となったのは兵糧や物資だった。イチデンが反ジャイル派によって政治的混乱に陥った為、本国から補給が滞りがちになった。
「わしらも兵糧を出そう」
イーンが言った。
「我が領からも出すぞ。しかし厳しいな……」
トエルが苦々しい表情を浮かべる。
「領民に負担をかける事になる。それに、それでも賄いきれるとは思えん」
2人の言葉にナップ将軍は頭を下げた。
「かたじけない。我らも本国と連絡を密にせねば」
「話してもいいかしら」
メローラが口を開く。
3人が驚いた様子で彼女を見る。
「乱捕りでもなさいな。徴収などと悠長な事言わず、そちらのほうが兵士の士気も上がるでしょう」
メローラの言葉に場は凍り付いた。
もとは彼女が僭主プリズルを倒し、真の女王となる為の戦いであった。事実はどうであれ大義としてはそれが掲げられたのだ。だからこそ、皆遠慮してその案を胸にしまっていた。これまでジャイルの勢力化に入ったのはイーンとトエルの領地である。つまり2人の領地でそれを行えというのだ。
「やむを得まいな」
ナップが頷いた。
「おふた方、よろしうございますか?」
イーンとトエルは唸った。




