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私兵

 イチデン軍、つまりジャイル率いる軍勢の中には、既にナツルの人々も加わり始めていた。

 彼らだけでなく、イチデン人の内にも、夜な夜なメローラのもとへ集う者が現れた。

「お前、何を企んでおる」 

 ジャイル・ブックスは単刀直入に訊いてきた。

「我らが兵を己が私兵に変えるつもりではあるまいな?」

「だとして、何が問題なの?」

 メローラは済まして言う。

「お前を守るのは、我らイチデン軍だ。オポティウス陛下から賜ったこの軍勢だ。お前に率いてよい兵などいない」

 ジャイルははっきり吐き捨てた。

 現在、ナツルの豪族、トエル・ラキ率いる軍勢と対峙している。

 今のところ、ナツル豪族ながらジャイル軍に加わっているイーン・オディが、交渉を行っている。戦わずして、こちらに引き込めれば幸いなのだった。

「あなた、この軍勢がイチデンだけの軍勢と思っているの?それは異な事ね。ナツルから合流してきた兵は、イチデンの兵だとでも?」

「我が兵を引き込むな。よいか」

 ジャイルはそう言うと、メローラのもとを去った。

 メローラはその夜、兵を集めた。

 兵達は、異様な佇まいであり、目が血走っている。口からは「メローラ姫万歳」「姫様に命を捧げよ」と奇声じみた発音が零れ落ちていた。

「期待しているわ」

 メローラは微笑み、その狂気の渦の群れが、手を一斉に差し出すのを眺める。

 横から、兵士が麻の袋をメローラに渡す。メローラは中に手を入れ、取り出したのはロウニルトの実であった。これを食すと、快感と幸福が身体を駆け巡り、高い中毒性を引き起こす。麻薬の一種であった。

 ナツルだけでなく、イチデンなどの諸国で広まっており、かつては嗜好品として用いられていた。

 メローラは仲間の山賊を皆殺しにした際、ある程度は手に入れていたし、山賊から奪った金でかなりの量を購入していた。イチデンのある場所に隠してあり、イチデン兵を金で雇い探させたのだった。

 人数的には10数人程の兵達は、麻薬への中毒と元々持っていたメローラへの忠誠の相乗効果によって、完全なる私兵と化していたのであった。

 ジャイルはとうに見抜いているだろうが、あえて口にしなかったのだ。

(少しは、好きにさせてよね)

 メローラはジャイルの怜悧な美貌を思い浮かべた。

 ああ見えて、甘ちゃんなところがあるものだ。だからこそ、王の信頼も厚く、全てを任されきっているのかもしれない。



 イーンとトエルの会談は静かなものであった。

 激高する事もなく、古い友人と語り合うかに見えた。実際そういう面もあった。

「分かってくれ。正統なる女王メローラ陛下こそ、この国を治むるにふさわしい」

「だが、イーン。事実、プリズル陛下によって、この国は良き方向に向かっている。先王の時代に弱体しきったナツルを、再び富め栄える国にしてくださるのが現国王陛下だ」

 トエルは長い髭をいじくりながら言う。

「確かに、陛下の即位に関しては、きな臭いところも多い。だが、ジャイルの言う事を真に受けるのか?奴の言う様に、全土に毒をばら撒き、疫病に見せかけるなど、出来得ると思うか?」

「それは……。疑問だ」

 イーンは苦々しく言った。

「だが、こうして今、諸国から戦を仕掛けられておる。それは、プリズル陛下の正当性に疑わしき点があるからではないか?」

「だとして、メローラ姫を代わりに女王とするのか?言いたくはないが……。あの姫は敵国と組んで我らがナツル国を侵しておる。そんな者に……」

「言葉が過ぎるぞ」

 イーンは語気強く言った。

「今はっきりしておるのはトエル、お主はこのまま姫と敵対すれば、滅ぼさ

れるということじゃ。ここは我らに与せよ。わしはお主とその一族を助けたい。ジャイルもこうして猶予を与えてくれておるのだ」

 身を乗り出し、トエルの手を握る。



 2日後、トエルはジャイル側に走った。

 これにて、ナツルはさらに勢力を削がれる事となった。

 ジャイル軍は進軍を続け、ついに、レトキ国の軍勢と合流の目処が立った。

 合流地点は、ラウラ平野と呼ばれる場所であり、見晴らしがよい盆地で、今のところナツル軍が近くにいるという知らせはなかった。

 レトキ国のヒュール王。ナツル包囲網を抜け駆けした男。ジャイルにとってもぜひ話をせねばならない人物であった。ただ、ヒュールは王であるが、ジャイルは王ではなく、実験を握った諸侯に過ぎない。

 ジャイルは上機嫌だった。しかしその目は闘気に満ち満ちている。

「あなた、ヒュールに会った事はあるの?」

「謁見を許された事はある」

 メローラは笑う。

「じゃあ、今度の会談も跪いて行う事になると?」

 ジャイルはにやりとする。

「今回は、オポティウス陛下の名代として来た。そうはいくまいよ」

 ジャイルは兵を進めた。

 ラウラ平野に着いたのは、朗々とした天気の日であった。翌日の会談も雲ひとつ無く、壮大な青空が広がっていた。


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