意外な収入源
「ハックル様、グロン様よりお手紙が届いております」
ハックルがセアンサに来てから数か月、ようやく周囲も落ち着いてきていた。そんな頃合いを見計らかったかのようなタイミングで届いた手紙に、ハックルは相変わらずだなと思っていた。
グロンは軍事や内政に長けているだけでなく、こういった機を見ることに関しては本当に優れていた。
「まるで、こちらの様子がわかっているかのようなタイミングだな」
ハックルは手紙の封を解くと、それに目を通し始めた。
親愛なる兄さんへ
僕が兄さんの代わりに領主になってから数か月経ったけど、こちらは何とかやっているよ
危惧していたシアソトの件も、今の所は落ち着いているようで安心している
「さすがに国家間の約束を破るほど、あちらさんも馬鹿じゃないってことか」
そこまで読み進めて、ハックルは呟いた。
さすがに国家間の約束を破るとは思っていなかったが、それはあくまで表立っての話だ。言い訳が効くような手口でこちらを撹乱する手など、それこそいくらでもある、
もっとも、サイカオに攻めてきた指揮官の能力を見る限りでは、その心配はなさそうでもあったが。
例の陛下からの報酬で、こちらの生活もいくらかは楽になった
それでも、まだ足りないものも多くて苦労はするだろうけど、何とかやっていけると思っている
兄さんの方も、そろそろ足元が固まった頃だと思ってこちらの近況を知らせることにした
サイカオが気になって、そちらの仕事に身が入らないとか言われたら困るからね
では、このあたりで失礼するよ
ついこの間、シルバーウルフの毛皮が取れたから、兄さんに送っておくね
そちらだと、あまり需要はないかもしれないけど
追記
もしかしたら、近々結婚することになるかもしれない
でも、現状だと式を上げるどころか養うのも大変になりそうだから、当分先になりそうだけどね
追記の文面を見て、ハックルは椅子から滑り落ちそうになっていた。
「どうされましたか、ハックル様」
それを見たノキュが、何事かとハックルの方に目をやった。
「い、いや……グロンが、結婚するかもしれないと」
「確かに、グロン様をお慕いする女性はそれなりにいましたが」
「あれは知的で見た目も良いからな。そういった女は少なからずいてもおかしくはないか。まあ、サイカオの方の家は断絶せずに済んで何よりだな」
ハックルは何気なくそう口にして、思わず苦笑していた。
家の存続といった思考は貴族でないと思い当たらないもので、そういった考え方を自分がしてしまうとは思いもよらなかった。
「失礼します」
ネリネが執務室に入ってくる。
「あら、手紙ですか……封を開く前に、ちゃんと確認しましたか」
ネリネはハックルの手元に手紙があるのを見て、そう聞いてきた。
「確認? 何をだ」
その意味がわからずに、ハックルは聞き返していた。
「あなたの失脚を望む貴族は、それこと星の数……とは言いませんけど、それなりにいます。そういった方々は、手紙に細工をするくらい平気でやりますから」
「いや、俺の弟からの手紙だから、その心配は……」
「それを騙って偽の手紙を送りつける輩がいないと、どうして言えますか」
ネリネはハックルにぐっと近寄ると、机を手で叩いていた。
「そういうこともあるかもしれないが、これは間違いなくグロンの字だし、何よりもサイカオ独自の封で締められている。これが偽物だったら、サイカオ内部に俺を消したい奴がいるってことに……」
「それでも、です」
「わ、わかった。以後は気を付ける」
ネリネの気迫に、ハックルはそう言わざるをえなかった。
「それで、弟さんは何と」
「ああ。あちらの近況と、もしかしたら結婚するかもしれないといった報告かな」
「そういえば、ハックル様も独身でしたね」
「この年になって独身だと、陰で色々と言われそうだがな」
ネリネの何気ない一言に、ハックルは自虐的な言葉を口にしていた。サイカオにいた頃はそういったことを考える余裕がなかった、ということもあるが領主が三十過ぎて独身だと後ろ指を刺されれてもおかしくない。
「ハックル様も、身を固めてはどうでしょうか」
「いやいや、俺に嫁ぎたい女なんかいると思うか? それに、他の貴族の方々は、俺が一代で潰えてくれた方が都合が良いだろう」
ノキュの言葉をハックルは笑いながら否定する。さすがにこの年まで独身でいると、結婚相手を探そうという気にはなれずにいた。
「いえ、ハックル様。あなたもここセアンサの領主なのですから、そういったことにも真剣に向き合う必要があると思います」
「ネリネさんまで、何を言い出すんだ」
ネリネにまで結婚を勧められるとは思わず、ハックルは勘弁してくれというように手を上げていた。
「仮に子を成さずとも、伴侶の有無は貴族社会において重要です。子ができないのなら養子を取る、という選択もありますが、それも伴侶があってこそですから」
「……考えておく」
そこまで言われてしまうと、ハックルも反論はできなかった。
「ちゃんと考えてくださいね」
「ああ、わかった。そう言えば、シルバーウルフの毛皮を送ってきてくれていたな」
ハックルはどうにかこの話題から逃れるために、グロンが送ってきたシルバーウルフの毛皮が入っている包みを手に取った。
シルバーウルフは狂暴、とまではいかないにしろ人間を襲うこともあり、人間が住んでいる地域に出没した際は狩りの対象にもなっていた。
その毛皮は防寒具として重宝されており、気候の厳しいサイカオでは欠かせないものだった。
「シルバー、ウルフ、ですか?」
だが、その名前を聞いた途端ネリネの表情が一変していた。
「どうしたんだ」
「それを、見せてもらってもよろしいでしょうか」
「あ、ああ」
ハックルはシルバーウルフの毛皮を取り出すと、軽く撫でた後でネリネに差し出した。
久々に触れたが、相変わらず良い感触をしていた。
「こ、これは……この毛並み、輝き。どれをとっても一級品。加えて、毛皮の処理も申し分ない。こ、こんなお宝がサイカオに眠っていたなんて」
ネリネは毛皮を手に取ると、普段の落ち着きぶりが嘘のように興奮していた。
「ネリネ様、どうされたのですか」
「これが落ち着いていられますか。この毛皮は高級品なのですよ」
ネリネにそう言われて、ハックルとノキュは顔を見合わせていた。
二人からしたらシルバーウルフは一種の害獣であり、毛皮は防寒具以外の役割を持たない。それが高級品と言われても、いまいち理解できなかった。
「あ、その顔。わたくしの言うことを信じていませんね」
「いや、だってなぁ」
「え、ええ。シルバーウルフはサイカオでは珍しい生き物ではありませんので。確かに、所変われば物の価値も変わるかもしれませんが」
ネリネがむっとした顔になるが、それでも二人はシルバーウルフの毛皮に価値があると受け入れられずにいた。
「いいでしょう。そこまで言うのでしたら、わたくしがこの毛皮の価値を証明して差し上げます」
そんな二人に、ネリネはすっと指を指して言い切った。
「あなたがそこまで言うのなら、間違いなくそれに価値はあるのだろう」
そこまで言われてしまうと、さすがにハックルも肯定するしかなかった。ネリネは辺境で過ごしてきた自分とは違って公爵令嬢だ。ハックルやノキュが知らないことを知っていても何らおかしくなない。
「あ、あら。随分とあっさりと認めてくださるのですね」
ハックルがあっさりと白旗を上げたのを見て、ネリネは逆にどまどってしまう。
「あなたの知見は、俺よりもずっと優れている。そんなあなたが、あの熱量で言うのだから、それは間違いないのだろう」
「わたくしとしたことが……滅多に見れないものですので、つい我を忘れてしまいました」
ネリネは気恥ずかしそうに、小声で言った。
「そんなあなたを見込んで、頼みたいことがあるんだが」
「わたくしでお力になれるのでしたら、何なりと」
「これは俺の弟が送ってきた物だが……サイカオは、セアンサとは比べ物にならないほど厳しい生活を強いられている。だが、これが高級品なら、サイカオの生活を変えられるかもしれない。だから、どうしたらサイカオの……いや、セアンサとサイカオの利益になるのか、考えてもらえないか」
ハックルはネリネに頭を下げた。
セアンサに来てからも、ずっとサイカオのことは気がかりだった。サイカオの民は苦しい生活をしているのに、自分だけ裕福な生活をしているという負い目はいつも付きまとっていた。
「頭をあげて下さい、ハックル様。元よりそのつもりです。それに」
「それに?」
「あなたがサイカオだけではなく、セアンサのこともしっかりと考えていたことに、わたくしはとても感服しました。ですから、わたくしの全てを持ってこの件に取り組むと約束いたしますわ」
ネリネは穏やかな笑みを浮かべながらも、強い口調で言い切った。
何よりもハックルが前の領地のことだけではなく、今の領地のこともしっかりと考えていたことには報いたいと思っていた。
「ありがとう」
「まず、シルバーウルフ以外にも希少な生物がいるかどうかを教えて……と、サイカオに生息している主だった生き物を教えてもらえますか?」
「それは構わないが、シルバーウルフだけでは足りないのか」
ネリネの質問が予想外だったので、ハックルはそう聞き返していた。シルバーウルフの希少価値が高いのなら、それだけでも十分だと思っていたこともある。
「いえ、後々希少なものが出てきた場合二度手間ですので。それに、シルバーウルフの希少価値が高いのは出回っている数が少ないからに他なりません」
「つまり、取り過ぎると価値が下がるわけか。だから、他に価値があるものがあればそれに越したことはないと」
「理解が早くて助かります」
ネリネはそう言うと、手近にあった紙とペンを手に取った。
「では、思いつく限りの名前を上げて下さい。わたくしが記録していきますので。一通り終わったところで、改めて確認いたしましょう」
ネリネはハックルとノキュが上げていく名前を、次々と記載していった。




