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顔合わせ

「今日はこの領地の有力者との顔合わせになるが、問題はないかな」


 ハックルは隣を歩くネリネに声をかける。


「ええ、最初は驚きましたけど、そういった方々と直接話をすることは有意義なことだと思いますので。ですが、良かったのですか? いつもはノキュ様が同伴していたと聞いていますが」


 ネリネはノキュの代わりに自分を連れていくと聞いた時、かなり驚かされていた。傍から見ていても、ハックルとノキュは深い信頼関係にあるのはわかっていた。


「ノキュには別の仕事を任せている。それに、あなたもこれからはこの領地に関わっていくのだから、彼らと顔を合わせておくべきだ」

「そういうものですか」

「あなたがここに遊びに来た、というのなら話は別だが」

「そう言われたら、やるしかなくなるじゃないですか。本当にあなたは人を使うのが上手なようですね」


 ネリネはふっと笑みを見せていた。

 ハックルはその笑みに思わず見とれそうになってしまう。


「待たせたか」


 ハックルは軽くノックをして、いつもの面々を待たせている部屋に入る。以前は秘密裡に行動する必要もあってこちらから出向いていたのだが、今はさすがにあちらから出向いてもらっている。

 というよりは、さすがに領主がわざわざ足を運ぶのは周囲に示しがつかないと三人に怒られた、というのが真相だったりはするが。


「いえいえ、ハックル様の執事にたいそうなおもてなしをしていただいておりますから」


 ライナは立ち上がると、軽く一礼する。

 見た所テーブルに茶器や茶菓子等があり、これをノキュが用意していたのだろうとネリネは察していた。


「で、そちらの綺麗なお嬢様はどなたですかな」


 ザントがネリネに気付いて、そう聞いてきた。


「まさかとは思うが、領主様は既婚だったのか」


 オルドスが続け様にそう言う。


「シワラ公爵家のご令嬢、ネリネさんだ。諸事情あって、俺の手伝いをしてもらうことになっている。それもあって、皆に紹介するために連れてきた」


 ハックルがそう言うのを聞いて、三人は目を丸くして驚いていた。

 いくら王都の隣の領地とはいえ、公爵家の令嬢が子爵の手伝いをするなど聞いたことはなかった。


「シワラ公爵家のネリネと申します。皆様方のことは、ハックル様より伝え聞いております。若輩者ですが、お力になれたらと思っております」


 ネリネは一礼すると、落ち着いた口調で挨拶する。


「い、いや……そこまで丁寧にされると、逆に恐縮というか」


 ライナはネリネという人間をどう見てよいものか、判断に迷っていた。

 高位貴族にありがちな傲慢さといったものがなく、かといってへりくだっているわけでもない。あくまで対等に接しようとしていることだけは理解できた。


「しかし、どういった理由でハックル様の手伝いをすることになったのです。失礼ですが、わざわざ公爵令嬢が出向くような案件でもないでしょう」


 ザントは少し値踏みするようにネリネを見ていた。厄介払いで押し付けられたにしては、ネリネの態度からはそれを全く感じられない。むしろ、自分から望んで来たようにも見受けられた。


「わたくしはお飾りの妻になるつもりはない、とお父様に常々申し上げていたのですが……そんなことを口にする令嬢と結婚したい、なんていう方はそうそういらっしゃらないものでして」


 ネリネはゆっくりと言葉を紡ぐと、そこでいったん話を止める。


「そのような折り、ハックル様が全く異なる領地を治めるのは困難だと陛下に申し上げたことが契機になりまして、わたくしがこうしてお手伝いをすることになりました」

「陛下のご意向でしたら我々が口を挟めるはずもありません」


 ザントは立ち上がると、すっと一礼してまた座った。

 そういった事情があるなら、自分達がどうこう言ったとこでどうしようもない。


「失礼を承知で言われていただくが、シワラ公爵家による乗っ取り、ということはないでしょうな」


 オルドスはネリネを真正面から見据えると、少し低い声で言った。


「オルドス、口が過ぎるぞ」


 さすがにハックルもこれは看過できず、オルドスを強い口調で窘める。


「ハックル様。オレはあなたのことを気に入っている。いや、あなたはこの領地をもっと良くしてくれると確信している、と言った方が良いか。それを公爵家とはいえ、他の家の傀儡になるのは我慢ならんのですよ」


 オルドスの言葉を聞いて、ネリネは改めてハックルのことを評価していた。初めて会った時から他の貴族とは考え方が違うと思っていたが、不敬を覚悟で上申できる人間がいるというだけでも評価に値する。


「その点は、心配に及びません。確かにここは魅力的な領地であることは間違いありません。ですが、シワラ公爵家がここを傀儡にしたとなると、他の方々が黙ってはいないでしょう。わたくしとしても……いえ、シワラ公爵家としてはそういったことは望んでおりませんので」


 だから、誠意を持って懇切丁寧に説明する。

 実際のところ、ハックルを傀儡にしてセアンサの実権を握ったところで持て余してしまうのが目に見えていた。他の貴族に目の敵にされてまでやるようなことではなかった。


「これは失礼を。いかような処罰も覚悟しております」


 ネリネの言動が真摯なもので、噓偽りがないと判断したオルドスは立ち上がると、深々と頭を下げる。元より処罰は覚悟の上だったが、ここまでの相手に処罰されるのであれば全く後悔はなかった。


「ネリネさん、オルドスも俺を心配しての言葉だ。どうか、穏便に済ませて欲しい」

「何をおっしゃいます、ハックル様」


 たまらずハックルが助け舟を出そうとすると、ネリネは穏やかな笑顔で首を振った。


「ここの領主はハックル様なのですよ。どうしてわたくしに彼を処罰する権限がありますか」


 一瞬動揺したハックルに対して、ネリネは笑顔のままでそう続ける。


「あなたも人が悪い」


 してやられたことに気付いて、ハックルは苦々しい顔でそう言うことしかできなかった。


「意外ですね」


 二人のやり取りを見ていて、ライナがそう口にしていた。


「何がだ」

「いえ、ハックル様がネリネ様のことを普通に扱っているというか、そこまでお客様扱いしていないというか」


 ライナはハックルがネリネに対して、必要以上に敬語を使ったりしていないことに違和感があった。いくらハックルが領主とはいえネリネは公爵令嬢だ。


「それは、何というかな。仕事でやり取りをしているとどうも敬語で話すのが面倒というか、そもそも俺は自分より上の立場の人間と仕事をしたことがなかったからな。それで、ついつい普段通りの口調で話してしまうことがあって……」

「それで、仕事に支障が出るのなら普段通りで構いませんよ、とわたくしが申し上げた次第です」


 困ったように言うハックルを補完するように、ネリネが続けた。


「それにしては、私達に接する時よりは丁寧な言葉でしゃべっているようですけど」


 ライナはハックルがネリネに対してはできるだけ柔らかい言葉を使っている、と感じていた。もちろん、自分達とネリネで扱いが違うのは当然なのだが普段通りで良い、と言われているのならもっと雑な言葉使いでも問題はないはずだった。


「年頃の女性に、ぞんざいな扱いはできないだろう。俺がもっと女性の扱いに慣れていれば、また話は違っていたかもしれんが」

「あら、私も女性ですけど」

「お前は既婚者だろう。下手に丁寧に扱ったらいらん憶測をされる」


 若干からかいが含まれていたライナの言葉に、ハックルは淡々とそう返した。ライナだけでなく、他の二人も既婚者と知って最初は驚かされたが、三人ともハックルと同年代だ。

 むしろ領主でありながら独身でいるハックルの方が異端とも言える。


「あら残念」


 ライナは笑いながら言うと、カップに口をつけた。


「それで、今日はネリネ様の紹介だけで終わりではないでしょう」

「ああ、彼女の意見も参考にして、これからの予定を大幅に修正した。それを確認してもらいたい」


 ハックルはライナに修正案をまとめたものを差し出した。


「では拝見させてもらいます」


 ライナはそれを受け取ると、期待半分といった感じで目を通した。先程までのネリネの言動からして、ある程度有能な人間であることはわかっていた。

 だが、それが内政においても有能かどうか、となると話は違ってくる。


「これを、お二人で?」


 目を通し終えてから、信じられないという面持ちで二人を見てしまっていた。以前の案も決して悪いものではなかったのだが、今度の案はそれを大幅に上回っている。


「正しくは、ハックル様の配下の皆さまとわたくしで、ですけどね」

「あなたは謙虚なのですね。もっと自分のことを誇っても良いでしょうに」


 ライナはネリネのことを素直に賞賛していた。ハックルの性格からして、独断で何かを決めるようなことはまずしない。

 だから以前の案も配下と相談して決めていたはずだった。

 それをネリネ一人が加わっただけでここまで上回ってくるのだから、それだけで彼女の能力の高さがうかがえる。


「本当に、驚きましたよ。まさか、前領主の館を改装して学校にしてしまおう、なんて普通なら思いつきません」

「ああ、その件か。それは俺も驚かされた。さすがにあれを廃棄するにも金がかかるからどうしたものかと頭を悩ませていたのだが」


 ライナが賞賛するので、ハックルも同様に賞賛していた。

 前領主の館の扱いには頭を悩ませていたのだが、ネリネの思わぬ一言で一気に解決に向かっていた。


「いえいえ、わたくしはあくまで案を出しただけに過ぎません。それに、ここは職人と商人が基盤になっています。そんな領土において教育が行き届いていないというのは様々な点において問題でしょうから」


 ネリネはサイカオにきちんとした学校がないことに、心底から驚かされていた。同時に、商人や職人が騙されていないことに対する疑念もあった。

 恐らく、目の前の三人が優秀過ぎたせいでそういった問題が見過ごされていたのだろう。


「ネリネ様、最初はあなたのことをそこまで評価していませんでした」


 ライナは立ち上がると、深く頭を下げた。


「ですが、ここまで配慮ができる方なのであれば、私……いえ、私達はあなたのことを歓迎いたします」


 そして、頭を上げるとはっきりとそう言い切った。


「……そ、そんなことを言われると……こそばゆい、ですね」


 あまり褒められたことがないこともあって、ネリネはどう返答したらよいものか困ってしまう。


「ネリネさん、あなたが公爵家ではどういう扱いだったかはわからないが……ここでは、俺も彼らも、あなたのことを正しく評価した上で、必要な人材だと思っている。だから、それは受け入れてくれないか」


 そんなネリネに、ハックルはどうにか自分の気持ちを伝えようと口にした。

 自分よりかなり年下の女性を相手にしたことがないこともあって、これが正しいかどうか、というのは確信が持てなかった。


「は、はい。皆様の期待に応えられるに、頑張ります」


 それでもハックルの気持ちは伝わったのか、ネリネはこれ以上ない笑顔を見せてくれていた。


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