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休日

「ネリネ様、最近は精力的に働いておられますが、体の方は問題ありませんか」


 休日ということもあって、あてがわれた部屋でくつろいでいるネリネに、ティアが声をかける。


「ええ、むしろやりがいがあって疲れなど忘れてしまいます」


 そんなティアに、ネリネは笑顔で答えた。思っていた以上に仕事を任されたこともあって、少し自分の許容を超えているような感じもしていたが、それでも充実しているという気持ちの方が大きかった。


「それは何よりです。ですが、決してご無理はなさらぬように」


 ティアはネリネの前に紅茶の入ったカップを差し出した。


「ありがとう」


 ネリネはそれを受け取ると、ゆっくりとカップに口を付けた。

 そんな折、ノックの音が響いた。


「どちら様でしょうか」


 それを受けて、ティアが声をかける。


「ハックルです。少し、お話をしたいと思いまして」

「そうでしたか」


 ティアはネリネの方に視線をやった。

 ネリネが小さく頷いたのを見て、ティアはゆっくりとドアを開けた。


「ネリネさん、最近働きすぎかと思って様子を見に来たのだが……」

「お気遣い、ありがとうございます。ですが、わたくしもこの程度でへこたれるほどやわではありませんので」


 ハックルがそんな気遣いをしてくれるとは思わなかったので、ネリネは内心で驚きつつもそう答えた。


「それなら良かった。それで、ネリネさん。今日は休日なのだが、俺に付き合ってもらえないか」

「それは、どういうことでしょう」

「いや、普段からお世話になっているから、お礼をしようと思って」

「お礼、ですか」


 これもまた意外な言葉だったので、ネリネは思わず小首を傾げていた。


「ハックル様。女性に対してそのようなことをするということの意味、理解しておられますか」

「いや、確かに歳も身分も近いのであれば、そういった受け取られ方をしても仕方ないかもしれませんか。俺は純粋にお礼をしたいと思っただけですよ」


 問い詰めるような言い方をするティアに、ハックルは落ち着いた口調で言った。


「ティア、そのような言い方をするものではありません」


 さすがによろしくないと思い、ネリネは窘めるように言う。


「過ぎた真似をいたしました」


 それを受けて、ティアは頭を下げた。


「いや、気にしていないからそこまでかしこまらないでもらえますか。それに、あなたの心配もごもっともだと思いますので」

「そういうことでしたら……それと、私はネリネ様の侍女です。ですので、そこまでかしこまった物言いをする必要はありません」

「そうでし……そういうことであれば、それなりに接することにしよう」

「ええ、それでお願いします」

「それで、ネリネさん。俺に付き合ってもらえるかな」

「喜んで」


 ネリネは立ち上がると、軽く一礼する。


「ですが、準備に時間がかかりますので、玄関でお待ちいただけますか」

「わかった」


 ハックルは会釈すると、ネリネの部屋を出た。


「思ったよりも、まめな方といいましょうか。それでいて、ネリネ様のことは結婚対象としては見ていないようですね」


 ティアは何ともいえないような、難しい顔になっていた。

 ハックルが初日からネリネに仕事を回したこともそうだったが、一般的な貴族とは思考や価値観が違い過ぎる。

 さすがにネリネと結婚したい、とは考えていなさそうだが、普通の貴族であればシワラ公爵家との縁を持ちたいと考えるのが当然の思考だ。

 今回の「お礼」にそういった意味合いがないとは言い切れない。


「ハックル様の言うことは、概ね間違ってはいないと思いますけど。それに、婚姻となるとシワラ公爵家がセアンサ領を取り込むのではないか、とあらぬ疑いをかけられるでしょうしね」


 ティアの心配をよそに、ネリネは出かける準備を始めていた。


「お嬢様、私もお供してよろしいでしょうか」

「別にそれは構いませんが、どういった風の吹き回しですか」

「いえ、少し気になっただけです」

「そう。なら、あなたも準備して。あまり待たせるのも失礼ですから」

「わかりました」


 二人は出かける準備を手早く済ませると、ハックルが待っている玄関へと向かった。


「おや、ティアさんも一緒か」


 ネリネの隣にティアがいるのを見て、ハックルはそう言った。


「私がいては、何か不都合でも?」


 それを受けて、ティアはすっと目を細める。


「いや、そのようなことはないが。ただ、女性二人をエスコートするとなると、不慣れな自分に上手くできるものかと不安でしかない」

「エスコート、ですか」


 ハックルがそんなことを言うとは思わず、ネリネはその言葉を繰り返していた。


「せっかくだから、街を見回ってみるのも良いかと思ったんだが。ネリネさんのおかげで、このセアンサも以前より良くなってきている。だから、それを直接自分の目で見てもらおうかと」

「……わたくしは、そこまでのことをしていたのでしょうか」


 それを聞いて、ネリネは評価されていると感じると同時に、自分がそこまでのことをしていたのだろうか、という疑問もあった。


「それを確かめるためにも、是非に。少しばかり歩くことになるが、構わないかな」

「ええ」


 ネリネが頷くのを見て、ハックルは先導するように歩き出す。

 ノキュから「女性と歩幅を合わせるのは当然のことです」と、言い含められていたこともあって、二人の様子をさりげなく伺いながら歩いていた。


「おや、ハックル様。綺麗な女性を二人も連れるなんて、隅に置けませんな」


 街中を歩いていると、ハックルの顔見知りであろう商人が声をかけてきた。


「お前は知らないと思うが、彼女はセアンサには欠かせない人物だ。彼女なくして、今の発展はなかったと言っても過言ではない」

「ハックル様、それは持ち上げすぎではありませんか」


 ハックルが必要以上に自分を褒めたこともあって、ネリネは思わず両手を大袈裟に振っていた。


「あなたは賞賛されるのが苦手なようだな。これは俺の……いや、皆の紛れもない本心なのだから、素直に受け取って欲しい」


 そんなネリネを見て、ハックルは思わず笑みを漏らしていた。

 ネリネは普段は落ち着いていて自分よりも年下とは思えないほどだが、賞賛されることに慣れていないのか、少し褒めるだけで年相応の少女の顔を見せる。

 ハックルはこのギャップがどことなく可愛らしい、とすら思えるようになっていた。


「ネリネ様、ハックル様もこう言っておられることですし」

「そ、そうね。では、ありがたく受け取らせてもらいます」


 ティアにまで言われて、ネリネは自分を落ち着かせるように言った。


「そういえば、お前の店ではアクセサリの類を扱っていたな。少し、見せてもらっていいか」

「ええ、構いませんよ」

「ハックル様、そこまでしていただかなくても」


 ハックルの意図を察して、ネリネはそれを止めようとする。


「言っただろう。お礼をしたい、と。それとも、他に意中の方がいるから、その方への不敬になってしまうかな?」

「い、いえ。そういったことは……」


 ネリネは困ったような顔になっていた。


「それに、セアンサの技術は他に勝るとも劣らない。それを確認してもらう意味でも贈り物をしたいと思っている」

「ハックル様は思いの外、女性の扱いがお上手のようですが……もしかして、結婚経験がおありでしょうか」


 ハックルがあまりに自然な形でネリネに贈り物をしようとするので、ティアは思わずそう聞いていた。確かにネリネやティアよりもかなり年上で、それなりの経験はありそうだが、それにしても女性慣れし過ぎている。


「いや、俺は生まれてからずっと独身だが」

「少し信じられませんが」

「まあ、俺は本来なら当主には向いていない人間だ。だが、俺が長男だったこともあって、周囲が無理にでも当主としてやっていけるように鍛え上げてくれた結果とも言えるかな」

「……長子継承、ですか。一見するとどんな愚か者でも家を継げる愚劣な仕組みですが、逆に家が分裂するのを防ぐ仕組みでもありますね」


 ティアはこの仕組みには常々疑念は抱いていた。長子継承だけならまだしも、家を継ぐのは男児と決まっている。

 ネリネの兄も決して愚鈍ではなかったが、それでもネリネの方が当主としての適性があった。


「そうだな。俺も本音を言うなら、弟の方が当主に向いているとずっと思っていた。図らずも、それが叶うことになったのだから皮肉なものだ」


 ハックルはたまらず苦笑してしまう。サイカオで当主をしていた頃からずっと、グロンの方が当主としての適性があると思っていた。だからこそ、こんな形とはいえグロンが当主になれたことは良かったとも思っている。


「まあ、一見すると無駄なような仕組みにも何かしらの意味があるということなのだろうな」

「そう、でしょうね」


 まるで自分の心境を見透かされたかのような言葉に、ティアは一瞬だけ口ごもってしまう。


「それで、ネリネさん。俺からの贈り物は受け取ってもらえるかな」

「あなたはずるいです。そんな言い方をされたら、断れないじゃありませんか」

「それはそれは、あなたのような方の上を行けたのなら、これ以上の喜びはない」


 ハックルは茶化すように頭を下げる。


「本当に、あなたという人は」


 ネリネは呆れ半分、という感じでそう言うことしかできなかった。 

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