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森の奥には〇〇が暮らしている  作者: 高崎まさき
6.選択を嫌う魔法使いと○○の話
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6-6 愚かで愛しい封印

6-6 愚かで愛しい封印


「馬鹿な奴だよ、お前は」

「私のこと好きなら、もう少し言い方考えない?」

「愛しているからこそさ。まさかあんな──自分の身体に俺を繋ぎ止めて封印するなんて」

 言ってしまえば俺はその金色の瞳に見とれて、足を止めた。困惑と衝撃、恐怖が入り混じった瞳は一瞬で純粋な怒りに染まる。俺を真っ直ぐ射抜く。嫌悪も侮蔑もなく真っ直ぐ、俺の顔を睨みつけた。俺しか入っていないその瞳を美しいと思った。俺を“求めている”瞳が、魂がどうしようもなく欲しくなった。何百年も生きて始めて向けられた強い感情に俺はもう無いはずの心臓が跳ね、魅せられたのだ。伸ばした手を下ろす。逆にエレノアは片手で魔導書を開き、もう片方を俺に伸ばす。そして──。

 “器の魔法を入れる魔法”を既にかけられていたエレノアはかつて俺がやられたのと似た手段を即席で編み出した。たまたま持っていた──器の魔法を選ぶのに基礎中の基礎の魔法から確認していたらしい──初級魔導書の魔法で自分の肉体、魔力と俺自身を縫いつけたのだ。

 赤い光を放つ両手から矢が放たれ、俺の身体に刺さる。身体がエレノアに吸い寄せられ、身動きが全く取れなくなっていく。完全に魔法がかかる前に抵抗すりゃ解けたんだろうが、無抵抗だった。振りほどくよりも目の前の人間の瞳に晒されていたかったからだ。

 俺と同じく、違うな。俺があんなにも憎んだ“魔物”を自ら身に宿す選択をしたこいつの真意を知りたかったからだ。

 こうして俺はめでたくエレノア自身に封印された、はずだった。しかしやはり、俺という無尽蔵の魔物の集合体をその身だけに宿すのは無理だったらしい。そのために残念なことに生き残っちまったその場にいたフォルセーラ財閥やら政府の息のかかった研究者全員と考え出されたのが、今の状態だ。

 つまり縛りつける対象を増やし、負担を分散させる。魔導書や魔具を複雑に組み合わせ人工的なアイネの実の役割を果たす家を建てた。気休めに欠片ほどのアイネの実を外壁に混ぜ始めた時は笑っちまったが、分散自体の効果は十二分にあった。魔力が漏れ、森自体の魔力濃度が異様なことになってるし、フォルセーラ財閥が置いて行った防犯装置こと俺の動向を監視するためらしい檻は全く役に立ってないが、間違いなくエレノアとこの家に俺は縛られている。結局エレノアの魔力の半分以上は常に俺に注がれているが、何とか外に出て大暴れできない程度には役に立っているのだ。俺としてもエレノアに死なれちゃ困るから万々歳だ。

「あーあ。何でこんな森の奥で三年も暮らしてるのかしら」

「いいじゃねぇか。俺とお前、“未来の予行練習”で」

「私、旅行に行きたい。隣町にできたカフェのパンケーキが食べたい。山の上から小さい町並みを見てみたい。海を見に行って泳ぐのもいいわ」

「今すぐ封印を全部解いちまえば解決するぜ?」

 エレノアの小さな左手をそっと手に取った。こいつの左手の矢の三本は普段エレノアと俺を結びつけるように刺さり──俺の胸には小さな矢が三本刺さっている。ブローチを贈られたようなものだ──常に魔力を注いでいて、残りの二本は家と俺に刺してある。有事の時……要はフィンレーみてぇな馬鹿が襲ってきた時、エレノアはまず右手の五本で対処しようとし、駄目なら左手の封印を解いて使用するのだ。外れれば俺の封印が解けやすくなるため、エレノアは左手から数倍の魔力を注がなければならないが。俺が原因だがそこは真剣に感心する。よく戦ってるぜ、三十八回も。

「本当、嫌になるわ。あなたを封印しているせいで私は殆どの魔導書が使えないわ、出かけられる範囲は限られているわで。何が器の魔法使いよ。あなた専用の鎖みたいなものじゃない」

「光栄だが、そろそろ諦めてもいいんじゃないか?」

 左手に力を込める。温かい、血の通った手の平だった。ここから発せられている魔力に俺は縛られ、包まれているとは到底思えない。エレノアは無感情、と云わんばかりの顔つきで俺の顔と交互にその繋いだ手を見つめていた。

「三十八回だ。俺以外、だあれも信用できねぇことも、選ばねぇのも充分理解しただろ? なあ」

 「選ばねぇ」と言葉を発した途端柔らかな手が強張る。そっと手を除けていく。俺とエレアの仲だとしても突然、手を握れば乱暴に振り解かれても可笑しくはない。それでもこいつはあえて冷静に努める。俺との間に壁を作ろうとする。健気だと思うのは惚れた弱みだろうか。

「馬鹿よね」

 憂いを帯びた顔から一転、苦笑いを浮かべていた。

「この家にあなたを封印できているのは、私だからなのよ。この身にあなたを縛りつけているからこそ、家という魔導書に負担を分散できている。私以外の、正しくはあなたを封印していない者がこの魔導書を起動しても、ただ魔力を吸われるだけなのにあいつらはその事実に気づいていない。何度も忠告しているのに、聞き入れちゃくれない。私があなたを封印できたのだってあなたが待ってくれたからでしょう」

「器の魔法使い様が弱気じゃねぇか」

 エレノアが右手で自身の左手を撫でた。

「それくらいわかってるのよ。あなたが私を選んだからこそ封印が成功した。逆に言えばあなたが私以外の人を好きになってくれれば、少なくとも私は解放されるんだろうけど」

「俺は一途なんだ。何百年と生きて惚れたのはお前ただ一人だ」

「殆ど暗闇から観測していただけじゃない。視野が狭いのよ」

 俺は盛大に溜め息をつく。何度も三年間で繰り返したやりとりだった。

「フォルセーラ財閥からすりゃ認めたくはないだろうよ。対魔物の大型兵器が実は使い物にならなくて、実際は魔法使い一人の力で成り立ってるなんて名折れもいいところだ。兵器部門の信用問題にもなるだろうなぁ。そんでその兵器を購入している政府も他の国も」

「電話と同じだって何度も言ってるのに。私が親機で家は子機。親機がなきゃ子機は作動しませんって」

「その例えはどうなんだ」

「あら、じゃあ魔導電力にしようかしら。私が魔導電気で器の魔法が電源コード。あなたに直接コードを刺しているものと、家という電源タップを介してからあなたに刺さっているもの。電源タップだけあなたに刺してもどうにもならないのにね」

「人にコードを刺すんじゃねぇ。その例えは伝わりにくいんじゃねぇか」

 「ますますわからなくなったぞ」と告げればようやくエレノアは自然な笑みを浮かべた。

 そう、俺よりは弱いが魔力を蓄えやすい身体を持っていてかつ、俺に惚れられているエレノアでなければこの封印は不可能なのだ。魔力は意思の力が強く作用する。思考がコントロールを左右する。つまり俺がエレノアに惹かれているからこそ引っぱられ、封印が可能となっているのだ。仮にエレノア以上の魔法使いが現れようと、魔具や魔導書といった兵器がアップグレードされようと不可能なのだ。

 エレノアはまだ目を細めている。そういう顔をずっとさせてやりたいが何も伝わってはない。

「例え話はもういい。それよりも愚かな連中をいい加減潰したくはねぇか」

 低く唸れば、カップを手にしたエレノアが止まる。冷え切ったミルクティーは濁って何も映さない。時計の秒針が規則正しく動く音が大きく空間を支配した。

 俺の炎のような眼差しがエレノアを焼く。縛られているのは俺じゃなかった。本当に縛られているのはエレノアで、その鎖を焼き尽くしてやろうといつも願っている。

「三十八回。三年間で“秘密裏に俺ごとお前を殺そうとフォルセーラ財閥が刺客をここに放った回数”だ。魔王を復活させ、世界を破滅に導いちまったあいつらの尻拭いでお前はいつも殺されかかっている。俺が当時の魔導書を全部壊しちまったからな」

 数百年前。俺の身体に魔物を封印した魔法はきっちり源始の魔導書を破壊して二度と世に出回らないようにした。魔物をその身に封印された後、あるいは魔王として世界を滅ぼしかけた後。何故俺は殺されなかったか。封印なんて生温い手で済ませたか。簡単な話で俺の命が尽きれば封印した魔物が全てその場で解き放たれるからだ。人間が魔物を封印するのに適しているのはその思考で以って制御するからであり、死んで止まれば堰き止められていた全てが決壊する。だから人か魔物かぐちゃぐちゃになり、肉体を失った後でもその呪いのような効果は続いていて、そして異空間を作り上げ俺を封印したのだ。ずっと食い破られないように、苦痛から逃れようと思考し続ける俺を生かすために。魔物に“自分”を破壊されないよう自身の意思で、不本意ながら魔物を自らの“魂”に留まらせなければならなかった。専念させるために異空間へと幽閉したのだ。

 永遠の拷問。人でなくなり肉体を失ったせいで、外部からの魔力による攻撃以外での死という概念も消え去った。異空間で食い破ろうとしてくる魔物を制御するために永遠に生き続けさせるのがあいつらの目的だった。楽になりたいと諦めても内部に封印された、つまり“ほぼ一体化した”魔物は俺を殺せないで暴れるだけ、苦しみが増すだけだから抑えるしかないのだ。諦めたことはなかったが。ふざけんじゃねぇ。

 だから腹いせに苦しみの果てに魔物を全て支配下に置く力を得て、この世界に舞い戻った俺は当時の記録を焼き尽くした。魔導書だけじゃなく知り得た人間は全て殺した。そうなりゃ人伝に残った記録から当時の連中は推測するしかない。こうして歴史は、真実は、“どんな魔法か”は捻じ曲げられ、フォルセーラ財閥はそれを語り継ぐ。

「魔物を身に宿した者が死ねばその魔物は、魔王はどうなるか。その身に封印している魔王も共に死ぬとフォルセーラ財閥に残された古文書には書かれているのでしょう。証拠隠滅も魔王も倒せるなら一石二鳥。身を挺して魔王を封印したと褒めちぎりながらあいつらは殺したくて仕方がないでしょうね。人権無視も甚だしいわ」

「ああ。本当はどんな理由だろうとお前が死ねば、俺は絶対に解き放たれる。何よりもお前を殺した奴等を俺は許さねぇ。馬鹿な奴等だ、本当に。お前に刺客を放つ度に世界滅亡に近づいているのによ」

 三十八回。フォルセーラ財閥がエレノアを殺そうとこの三年で刺客を送り込んできた回数で、同時にエレノアが“世界を救った”回数だった。自分の命を守ることでこいつは間接的に世界を救っている。その魔力で、行動で魔王を封印し続けているのだ。

「なあ。だからエレノア」

 三十八回……を遥かに上回る。俺は機会があればその都度こいつを口説いていた。俺もこいつも解放され、生きていける。その選択を突きつけてきた。

「俺は、自分以外の奴は信じられねぇ。笑顔で近づき、人を魔物に変えるような奴等ばかりのこの世を信じられるわけないだろ。でもお前は別だ。“俺と同じだから”信じられる。もっと同じになろうぜ、エレノア。この世界にはたった一人“俺”だけいればいい。縛りつけたのはお前だ。俺を迎え入れたのはお前の方からだ。このままお前の身体と完全に一体化して“一人”で生き続けるんだ。何もかも滅ぼして、“一人”で生きようぜ」


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