6-2 ロート・フォルセーラと事件の決着
6-2 ロート・フォルセーラと事件の決着
ロート・フォルセーラが先導していた魔力エネルギー工場建設は杜撰なものだった。下請けに丸投げし、魔物の危険を考慮しない人員配置に数多の冒険者達が大怪我、もしくは死亡していて遺族を含めて集団で訴訟を起こす流れだ。下請けの直接的に関わっていた会社職員は全員逮捕。今後裁判にかけられるだろう。ただし、一部の下請け企業が跡形もなくなっているので警察は更に調査を進めるとのこと。なお、ロート・フォルセーラは責任を取る形でチームリーダーを辞任し……後任は……。中央警察は立入検査を行ない……。
そんな内容のニュースがテレビに映し出されていった。
テレビには深々と頭を下げるロートや会見の様子が延々と繰り返されている。目の下に隈ができている。あんなに自信ありげだった彼はもういない。弱々しい声で謝罪を繰り返していた。
「読みます? これ」
呆然としていれば、声をかけられる。隣の間仕切りにいた女性らしい。見れば号外新聞を何部か持っていて僕にその中の一つを差し出していた。
「ああ、すみません。それじゃあ一部」
「ビックリですよねぇ。私、やっぱりあの調査可笑しいって思ってたんですよ。全然冒険者募集の依頼が回ってこないですし」
ニ、三言会話をして女性は去って行く。丁寧に他の客にも配っているらしい。僕は席に戻り新聞を開く。テレビや周囲の人間達が大声で話している内容と同様のそれがもっと詳細に記載されていた。
曰くオルナ町、つまりここ近辺の管轄の警察と中央警察の合同調査で発覚しただとか。今後は中央警察が主導で捜査を進めるだとか。国が関わり被害者に対する救済案内を出すだとか。ロート・フォルセーラが今後問われる罪の可能性だとか。所謂“実行犯”はロートが率いた会社の下請けの更に下請けの……と続く会社なので、フォルセーラ財閥自体が揺らぐ可能性は低いだとか。そんな文字が並んでいる。
ただし、アイネの実絡みであることは一切書いていない。彼がおそらく婚約者に送るアイネの実を探すために調査を行なったのは伏せられている、もしくはまだ警察は気づいていないようだった。当然、エレノアに関する記事もない。彼や僕が彼女を魔王として殺害しようとしたことも。
要約すれば「表向きは被害者である冒険者達の無念を晴らす動きがあり、生き残った者に対する救済も取られる。一方で下請けの、裏社会の会社および職員には制裁は降るものの、諸悪の根源であるロート・フォルセーラは“今のところは左遷だけ”で済んだ」というところか。
わあ、とまた声が大きくなる。喫茶店の内装上、冒険者の利用がやはり大きかったのだろう。フォルセーラ財閥の冒険者に対する悪行が暴かれたとなって、溜飲が下がった者は多いらしく店内は祭りのように大騒ぎであった。
震える手でマグカップを握り、カップ内の液体を飲み干す。もう、間違いなかった。
「エレノア……」
彼女だ。彼女が何らかの方法で僕から奪ったフォルセーラ財閥の内部情報を流出させ、ここまで大事にしたのだ。動けるようになるまで、とはこういうことだったのだ。
また彼女の力を借りている。気がつけば唇を噛んでいた。彼女は一体何をしたのだろう。どうやれば財閥の貴族連中相手に……。
「注文、しないのか」
聞き覚えがたしかにある声を、騒がしい店内で切り取られたように僕の耳は拾ってしまった。
壊れかけの機械のようにぎこちなくマグカップの底から視線を上げる。灰色のシャツにスラックス。前に会った時より随分とくだけた服装のオールバックの男が座していた。
「秘書さん……」
そういえば出会ってから一度も名乗られていない事実にようやく気づく。ええと、ロートは何と呼んでいたっけ。「おい」、「君」と記憶が確かであればやはり名を口にしていなかったのを悟り、一瞬喉がつっかえた。
「ロート・フォルセーラの秘書、という意味か」
僕もまあ、背が高いというか体格は良い方だ。けど目の前の秘書はもっと大きい。くだけたシャツの袖は筋肉がつき凹凸のある腕ではちきれそうだし、広い肩幅が丁度僕の視界から騒がしい店内を隠していた。壁のようだ、失礼ながらそう感じ取る。僕の目の前に大きな喋る壁が現れ、逃げ道を塞いでいた。
トラブルはご法度の店だ。この手の店は独自の情報網で繋がっていて、冒険者に害成す者が現れたら警察顔負けの捜査力で調べ上げ、二度と入店できないように取り仕切る。だからこの店で暴力を振るわれることも、何らかの仕込み魔導書で殺される心配もおそらくないけれど、それ以外で僕の元に彼が現れる理由がないようにも思えた。何せ僕はロート・フォルセーラから逃げるどころか連絡すら断っている。第一、追手が来るのを見越して一週間、こんな生活を送っているのだ。
「違うんですか」
平静を装い何食わぬ顔で問う。逃亡に対する質問をさせてはならない。店外に出ようと誘いを受けても断固として拒否するしかない。店内は守られていても一歩外に出たら店の関与することではない。僕が殴られようが殺されようが、この店の連中は普通の善良な一般人として通報するくらいしかしてくれないだろう。そしてこういった後始末に来る輩は通報なんか待ってはくれない。忽ち僕の命は奪われ下手したら死体すら二度と見つからぬよう処分される。
「違うな。俺はあの一族の面汚しではない。フォルセーラ財閥に仕えている」
口元の筋肉が強張る。ロートではなく、フォルセーラ財閥に。ああ、なるほど。慌てて言葉を返した。
「そう、だったんですね」
「間違えないでほしい。いや間違えさせるように振舞っていたのだから君は悪くないのだが」
秘書──もう秘書ではないがそう呼ぶしかない──は机の呼び鈴を鳴らすと人混みを避けて店員が小走りでやってくる。よくもこの祭りでもやっているかのような人混みを掻き分けてここまできたものだ。
「ブレンド珈琲を二つ。彼はお代わりだ。それからハムサンドとふんわり卵と海老のホットサンドを一つずつ彼に」
え。僕が秘書に目配せをするが意に介さずさっさと注文をしてしまう。店員は「煩くてすみませんね」と眉を八の字にして一礼すると厨房へと戻っていった。
「心配するな。出てきた注文に毒を盛ったり、お前を始末しに来たんじゃない。珈琲を飲んだら帰るさ」
「でも何か用があって来たんですよね」
このまま楽しくお茶をして帰ってほしいが願望でしかないのだ。僕は飄々とした風の態度を崩さず、身を少しだけ乗り出した。長々と話して何か失言をするより、こちらから早々に切り上げてしまった方がいい。
秘書の太眉が歪む。言葉より、低い声よりも彼の感情を表していた。
「フィンレー、君と取引がしたい。というよりも、だ。勿体ぶるのは止めよう」
間仕切りと秘書の身体の僅かな隙間から先程の店員が視界に飛び込んでくる。手にはお盆、その上には二つのマグカップと皿が載せられていた。僕は秘書を手で制して目配せをする。店員が笑顔で机に並べ去って行く。騒めきの中に消えていったエプロン姿を秘書が首を捻って見送っていた。
「食べないのか」
「正直、食べ辛いです」
「殺す気はないと言っているだろう」
「店の中だけの話かと」
「外に出ようが真夜中の路地裏で酔っ払ったお前が千鳥足でふらついていようが一緒だ。俺も財閥も、君を、始末しない。取引に来ただけだ」
太眉がまた上下に動いた。取引? 僕の疑問が口をついて出る前に目の前の男が息を吐いた。
「君を始末するメリットが完全に俺達にはないからな。むしろ」
秘書はマグカップに角砂糖を三つ放り込む。そしてピッチャーのミルクを全て注ぎ込んで、表面を啜った。
マグカップが小さく見える。「冷めちまうぞ」と指さされ僕も今度こそ角砂糖から黒い液体に放り込んだ。
やがて。数秒置いて。
「俺はお願いをしに来たんだ。……どうした、そんな目を丸くして」
三角形に切られ皿に立てられたハムサンドがこてん、と倒れた。




