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5-10 とある人間の何処にでもある過去 その4

5-10 とある人間の何処にでもある過去 その4


「まさか下請けの会社が更に仕事を委託し更に……と仕事が全く知らぬ場所で行なわれるとは。最終的にあんな荒くれ共の、会社と呼ぶには相応しくない集団を現場の管理者にするとは夢にも思わなかったんだ。魔物が手に負えぬ程いるなら戦闘は試みず、すぐさま撤退しろとそう契約したはずなのに」

「まず座ってください。……正直、いきなり謝罪されても困ります」

 こっちは怪我をしておまけに人が何十人も死んでいるのだ。勢いで謝罪されても何も心に響きやしない。

 すまない、とロートはもう一度頭を下げソファに浅く腰を下ろす。高そうな黒の革が沈んだ。

 ロート・フォルセーラの謝罪は簡単にまとめればこうだった。

 世間に発表があったとおり魔力エネルギー工場を建てるためにフォルセーラ財閥は土地の調査を始めた。その土地に魔物がいるなら討伐も兼ねる大規模な事業となる。つまり多くの冒険者との契約が必要となるもので、人事担当を任されたロート・フォルセーラは財閥の傘下にある企業に冒険者の募集と選別を任せたのだった。

 ところがその傘下の企業が更に傘下の企業に丸投げをし……とひたすら丸投げが続き、遂には裏の世界に片足を突っ込んでいる企業が現場を担当することとなってしまった。

 予定どおり進んでいるとの報告に対し、具体的な成果は全く提示されない違和感。冒険者の募集が公にされない不信感からロートは信頼の置ける部下と共に調査を開始。そして今回の、魔物討伐が主目的と化した杜撰な調査で次々と冒険者が命を落としているのを知り、自ら“現場”へと乗り込んだのだ。

 そうして僕は救助された。ギリギリだったが紛れもない事実だ。

「知らなかったで済む問題ではない。頭を下げればいい、という話でもない。だが」

 両手を膝の上に置き、ロートはまた深々と頭を下げた。

「君の治療費や今回の依頼で受けた損失は全て補填する。病院も既に手配しているさ。金で解決、と思われても仕方が無いが慰謝料にあたるものも払う。既に警察には話を通していて、君を雇っていた組織の殲滅に入ったそうだ。こちらとしても奴等を法の下に引きずり出し、償わせてやるつもりだ。財閥が管理不行き届きとして社会からなじられる可能性は高いが、自分の犯した罪だ。受け入れる覚悟は」

「助けてもらったのは感謝しています。でも、必要ありません」

 後ろに控えていた執事がピクリと太い眉を動かし、手をスーツの内ポケットへと入れた。

「理由を聞かせてもらっても?」

「……調べたならわかっていると思いますが。僕は貴方みたいな方に借りをこれ以上作れる人間じゃありません」

 ほう、とロートが首の下を撫でた。

「今回の依頼の大元が……貴方にとっては不測の事態でしたがフォルセーラ財閥だとは死んだ仲間だって、貴方達が先ほど“鎮圧した”相手だって皆知っていました。機密保持が全くできない連中でしたから。言ってしまえば“キナ臭さ”はとっくの昔に感じていたんです。ただの世間に顔向けできない連中が斡旋している仕事じゃない。裏の世界の人間が表の世界の人間を食い物にしたり、裏同士で潰し合ったりする。そんな裏社会では“ごく普通”の契約ではない、と。僕はわかった上で契約書にサインをしました」

「つまりフィンレー。君は知っていたと? 依頼が非合法な手段を用いたものであるのも、裏に何か大きな……この場合うちの財閥が関わっているのも全部」

 ストローを吸い、咳き込む。ロート曰く舌に残る甘さが喉を伝っていった。

「そんな依頼を受ける連中も同じなんですよ。死んだ一瞬だったけど仲間だったあいつらも僕も。はっきり言ってしまえば僕を拷問していたあいつ等を探られるのは、このままそこの執事さんに摘まみ出されるよりよっぽど困るんです。貴方に今、表の世界の治療を受けさせてもらうと困る。例えば医師が右肩にある傷を見て首を傾げて僕に問う。『この傷はいつできたものだ』って。僕は答えられない。その一言が今後の僕自身の命運を分ける可能性が高いからです」

「俺は執事ではない。秘書だ」

 黒髪を撫でつけた男は竦み上がるような声を浴びせてきた。

「こら。お客様に失礼だぞ。すみません、悪い奴じゃないんだが」

「いえ」

 ロートが仰々しく手の平を振れば執事こと秘書はばつが悪そうな顔をして一礼をして去って行く。ドアの開閉音と共に僕達は部屋に二人きりとなってしまった。

 気まずい沈黙が流れている、と思ったのは僕だけのようで、ロートは小さく息を吐くと膝に両肘を乗せ顔の前で手を組んだ。口元が隠れている。けど、爛々と瞳が妙に輝いていた。

「……あの」

「つまり君は」

 口を開きかけた途端、掻き消すようにロートは声を張った。

「今、フォルセーラ財閥の創始者の末裔の一人……と言っても遠い親戚で、つまりは“分家”だがそれなりに権力を持っていると自負するロート・フォルセーラに犯罪の告白をした訳だ」

「ええ。というよりわかっていますよね」

「犯罪者だろうと今回の件では被害者だ。君は胸を張って自らの悲劇性を訴えていい」

「訴えた先に今後の破滅があるなら、泣き寝入りするしかない。法の外で生きるとはそういうことです」

 口内の薄い膜が揺れた。どろりとした甘さが舌に落ちていく。ロートは目を瞬かせてそしてじっと僕を見つめていた。そして。

「気に入った」

 両膝を叩いて僕の手を取る。包帯越しに細い、苦労など知らない柔らかい感触が伝わった。

 それよりも、だ。

「今、何て?」

「やはり私の見込みどおりだったと感心しているんだ。うん、やっぱりそれがいい」

「あの、話が見えません」

「君を助けるにあたって少し調べさせてもらったよ、“フィンレー”」

 彼に名を呼ばれたのは初めてだった。調べた、とはつまりそういうことなのだろう。

「実力がありながらも、周囲に認められず不当な扱いを受けて裏の世界に入ったとは……辛かったな。だが裏に身をやつしながらも卑劣な……例えば殺人は行なっていない。あくまで訳ありの人間の手助け、もしくは裏社会の抗争の鉄砲玉か。うん、いい。最低限の倫理観を捨て切れない中途半端さがとてもいい」

「未熟だと」

「本当の君は善人だと。闇の世界で燻っているような人間じゃないと言ってるのさ」

 ロートは目を三日月の形に歪めた。隙間から瞳が僕に狙いを定めている。

 唾を飲み込む。甘ったるい液体が胃へと落ちていった。

「つまりだよ。君は選ばれる側の人間だ、このロート・フォルセーラに選ばれし者なんだよ。……その傷は私の部下の治療魔法で今日で完治させてもらう。疲労は二日で完全に取るようにサポートしよう。これは決定事項だ。フィンレー」

 薬湯よりも甘ったるい声が耳を焼いた。鼓膜に染み込んで離れない。脳を直接揺らしてくるそんな声色だった。

 一方で言葉そのままの傲慢さと冷徹さも滲んでいた。自分が上、僕が下。決定的な差を突きつけてくる暴力性を孕んだ声だった。

 決定事項だと? 僕の意思を完全に無視した、立場と権力を利用した完全なる命令だ。ふざけるなよ。助けてもらった恩はあるが、僕は。そう声を出そうにも喉奥に引っかかってしまっているかのように何も起きない。いや、出したくなかったのだ。

 不思議と心地よかった。ロートの声は、命令は神託を受けているように荘厳でそして、親に抱かれている赤ん坊のように温かかった。温かいと誤認してしまう危険が潜んでいた。

「君は、英雄になるんだ。フィンレー。この私、ロート・フォルセーラの私設騎士団の一員として世の悪を滅し、讃えられるそんな人間となってもらう」

 心の中で真っ黒に染まっていたアイネの実が輝きを取り戻した気がした。


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