5-2 とある人間の何処にでもある過去 その1
5-2 とある人間の何処にでもある過去 その1
何処にでもある人生だったのだと思う。口煩く節約家な母と背中で語ろうとして格好がつかない父の間に僕は生まれてごく普通に育った。両親を素面では愛していると言えなくとも当たり前のように家族だと認識している。語ること等ない“ただの一般家庭”だ。
幼い頃に一番好きだったのは絵本を読むことだ。その中でも僕は伝説の冒険者の物語が大好きで友人達とも熱っぽく語り合ったものだ。あの時の友人達とは全員疎遠になっているけれども元気にやっているだろうか。やがて皆絵本なんて卒業してしまって、僕だけが取り残されていった。
冒険者がきらきらと輝くアイネの実を見つけ、魔物を使役し人間を滅ぼそうとする魔王を封印して英雄となる。学校で歴史の授業がなかった時代、魔法と科学が発達し切っていなかった時代に本気で信じられていた物語。世界を支配していた魔王を冒険者が封印した御伽噺を何度も何度も擦り切れるまで読んでいた。そして有名な御伽噺はそれを題材にして別の形で紡がれていく。例えば学校に通い成長した子向けに児童文学として。テレビで映像作品として。様々な物語のオマージュとして。気がつけば手に取っていた。お小遣いをアイネの実を巡る物語に費やし、「それくらい教科書も読んでくれればいいのだけれど」と苦笑いされる程度には、僕の本棚にはアイネの実の“御伽噺”が並んだ。
つまり、僕は憧れていた。アイネの実の物語に。物語が嘘だと見抜ける年齢になっても美しいと心惹かれていたのだ。──正確には物語ではなく、アイネの実の“価値”について。
御伽噺の主人公の冒険者はどの媒体でも心優しくも冴えない人間だ。昔から伝わる伝承だと農家の末っ子で水遣り一つできずに家族からも疎まれた存在だとか、幼い頃に両親を亡くし親戚の家で鼻つまみ者として冷や飯を喰らう毎日だとか……とにかくそんな典型的な“駄目な主人公”像で描かれる。そしてそんな主人公がひょんなことから世界を魔王の手から救うために旅立ち、様々な出会いと別れを繰り返しやがて封印のためのアイネの実を手に入れ、称えられる存在となる。主人公を疎んでいた両親や村の住民は手のひらを返し、町を歩けば皆が頭を垂れ、国王だって膝をつく。国で一番美しいと称される姫君と結婚し、国民総出で祝福されるのだ。
なんて素晴らしい。
“アイネの実”を手に入れることは世界を手にするのと同義だと、幼いながらに確信した。
僕はあの物語をそう解釈した。
平凡な毎日だった。好きなところも嫌いなところもどちらも存在する両親や友人達に囲まれて、大人になれば一笑に付すような遊びに全力で挑み、授業に退屈しうとうとと船を漕ぐ。
アイネの実さえ手に入れればそんな毎日が一瞬で変化するのだ。皆が僕を見て、敬い、崇め、好きな玩具も買ってもらい放題になるし、お菓子を食べ過ぎても叱られずに済む。子ども染みた欲望が僕の中で生まれたのを感じた。
疎まれながらも勝利と栄光を掴んだ主人公よりも、それを支えた仲間よりも、僕はアイネの実に憧れた。
正確にはアイネの実のような特別な何かを手にし、他者から注目され賞賛される自分に憧れたのだった。
平凡ですらない“出来損ない”の主人公ですら、その身の丈に合わない見返りを得たのだ。そんな降ってきたチャンスを得られたのだ。だったら出来損ないでない平凡な僕ならもっと簡単に大きなチャンスがやって来るに違いない。それを待てばいい。“アイネの実”を待つのが一番効率が良い。
人生には必ず逆転のチャンスが訪れる。それを掴んで離さないかが勝負なのだ。
絵本を母に読み聞かされた日から僕はずっとその感情に支配されていた気がする。
退屈とした毎日を変えるために“アイネの実”が、正確には人生を豹変させる“何か”が欲しかった。誰からも注目され賞賛され尊敬され、讃えられる。そんな未来が突然訪れるのを僕はずっと平凡に暮らしながら待っていた。いつか来ると信じていた。
僕だけの“アイネの実”を待ち続ける人生が始まった。
十代半ば頃、中等学院に通っている時のことだ。僕は相変わらず平凡で冴えないただの学生だった。クラスの輪の中心にいたいのに、気がつけば輪の中にすらいないで本を読む。そんな青春を過ごした。
卒業間際に将来の夢をアルバムに書き記して残しておこうと学級で盛り上がり、級友達は金持ちになりたい、スポーツ選手として活躍したい、医者や弁護士として人を助けたい、と様々な夢を語った。一方で僕は“口にできる夢”は何もなかった。ただ何もないでは締まりが悪いので、家庭を持つとだけ答えておいた。自分の真の夢が馬鹿にされることだけはちゃんと理解していたからである。だからこそ一層、欲望は膨らんでいった。
本当の夢。いつか必ず訪れるだろうチャンスをものにして“己が誰からも賞賛される”曖昧で妄想甚だしい未来だけが肥大していった。
実を言えば僕は、いや僕こそクラスメイトや教師を馬鹿にしていたのだ。例えばスポーツ選手になる、つまり特定のスポーツの腕前で生きていけるだけの金銭を稼ぐなんてどれ程の確率で成功するのだろう。弁護士や医者になって金を稼いでも使う暇があるのだろうか。「お前、平凡だなぁ」と苦笑いをするクラスメイト。「職業を自分の人生の指針の一つにするのは大切だぞ」と諭す教師。どいつもこいつも非効率で馬鹿らしい!
いつかあの出来損ないの冒険者のようにチャンスが来る。そうすれば大逆転して皆が僕を褒めたたえる。だから自己顕示欲に反して僕は何もしなかった。「いつか見てろよ」と周囲を憎みながら何も頑張らない。そんな日々を過ごした。
必然的にやってくる、僕を英雄にしてくれるチャンスだけをただ待った。
待ち続ける僕に反して世界は動いていく。部活動で成果を上げ褒められ、照れくさそうに微笑むクラスメイト。実った初恋に瞳を輝かせ、手汗を滲ませながら恋人と手を繋いだと報告してくる隣の席の奴。
遠巻きで見つめどろりとした感情が胸に渦巻く。何故あそこで中心にいるのが自分ではないのだろう。褒められ、愛されるチャンスがどうして僕ではなく先にあいつらに来たのだろう。
自己顕示欲が、誰かに賞賛されたい欲求がねじ曲がっていく。僕の中で泥のような感情が固まり心に形作られる。
汚れた“アイネの実”だった。幼き頃に絵本で見たぴかぴかの石ではなく、どす黒い妬みが溜まった何か。僕の“アイネの実”には既に魔物が封印されていた。自己顕示欲と妬みと僻みの魔物が心の中で嘲笑っている。
ただでさえ少ない友人が更に減った。腫れ物扱いでクラスメイトは僕を避け、高等学院の生活は孤独だった。ふざけるな、と僕は帰宅しては自宅の枕を殴る。両親とも会話が減ったのはこの頃だった。心の“アイネの実”の中の魔物はずっと腹を抱えている。そんな紛い物じゃない本物の“アイネの実”さえやってくれば全てが報われるはずなのだ! 僕を遠くから嘲笑ってきたあいつらも跪くことになる。
だが、少しだけ努力をする必要があるかもしれない。そう考え始めたのもこの頃だった。あの出来損ないの冒険者も九十九パーセントはアイネの実の力で成り上がったが、残りの一パーセント分の努力をしていただろう。この時の僕は冒険者になると進路を決定付けていた。世界を渡り歩けば一番“必然”の出会いに遭遇しやすいと踏んだからだ。だから。
魔法学校に行きたいと親に願ったのはその時だった。




