5-1 朝焼けが美しい日だった
5-1 朝焼けが美しい日だった
カーテンの隙間から朝日が漏れる前に瞼が上がる。掛布団を蹴るように脱ぎ捨てて這い出る。五時半を刻む時計を枕元に置いた懐中電灯で確認し速やかに革袋へとしまった。
音を立てないよう、用意しておいた布巾で床や机、箪笥等を拭く。後始末はやってくれると言われていたが最低限の安心は自らの手で獲得したかった。電気もつけずに無心で作業を行ない、布巾と服を交換して着替える。手袋代わりの魔具を起動させ、鎧を身に纏い、剣を腰のベルトの金具へと装着する。一度剣を抜き、刀身を確認して鞘に納める。ほう、と息を吐く。東洋に伝わる居合の心得はないが、瞬時に抜いて振るうことはできるだろう。腕は鈍っていないはずだ。
身支度が終われば後は待つだけだった。耳をそばだてればドアの開く音がして続けてトン、トン、と階段を足の裏で叩く音がする。エレノアが起床し階下へ行ったようだった。
暫くそうしていれば大きな開錠音がする。朝日が差し込んで来た窓際に行きカーテンを少しだけ寄せた。薬局入り口を開け外に出たエレノアが小さなケースを三つ持って畑に近い温室の方へと向かっていた。保管ケースには魔力を注がなければならない。その準備をするために早めに出たのだろう。
つまりアイネの実を収穫するまでエレノアはこの家に戻らない。気がつけば六時半を回りそうな時計を見やり僕は部屋を後にする。階段を下りてキッチンの冷蔵庫からハムサンド、棚からマグカップを出してダイニングチェアへと腰を下ろした。向かいにはエレノアが使用した食器がそのままになっている。飲みかけの珈琲の香りが眠気を飛ばしてくれた。
食べている途中でふと思い出し、壁にかけられた薬品倉庫の鍵を懐にしまい、薬局内を映す監視カメラとそのモニター、スピーカーと電話の魔力経路を閉じる。これで外部から再度繋ぎ直すまで電話は通じなくなったし、カメラは何も映さなくモニターも消え、スピーカーから音声は流れない。研究室にもモニターと電話があるが、親機はこっちの方だと以前聞いていたので安心して席へと戻った。最後のハムサンドは本当に美味しかった。
食べ終わり、僕は自分の食器とエレノアが使用したマグカップだけを手にしてシンクへと向かう。そして自分が使用した食器だけを洗いしまうと、エレノアが使っていたマグカップに水を注いだ。薄まり温くなった珈琲が入ったカップを手にしたまま、もう一度階段を上る。遠慮なくエレノアの自室に侵入すると、魔具と魔導書の保管棚に鎖を巻きつけ南京錠をぶらさげる。そして防犯装置の前に立ち、机の上に置いていたカップの中身をぶちまけた。
耳障りな音を立てて青白い光が消える。たしか異常を感知してから一時間以内に連絡が来る仕組みなはずだ。この森の迷いやすさを考えても二時間以内に終わらせなければならないだろう。
カップを床に転がし、部屋を後にする。魔具と魔導書の棚と同じように勝手口に鎖と大型の錠を取りつけ鍵をポケットにしまう。そのまま廊下を進み、研究室の扉の前に先日一人でオルナ町へ行った時に材料を購入し、改造した魔法鍵の開錠阻害の装置を取りつける。ちゃちなものだが、万が一の非常時に判断を鈍らせ諦めるくらいにはなる。薬局側の正面入り口で新品のブーツを履いた。革袋にまとめた荷物はとりあえず家の壁に立てかけて置けばいいだろう。
「フィンレー!」
温室に向かおうとすればエレノアが芝生をかけてくる。門扉の明かりが消えているのを左手で指差していた。
「大変! 防犯装置が壊れたみたい。このままじゃフォルセーラ財閥の関係者がここに押し寄せるわ! 今から電話を入れてちょっと待ってもらうから先にアイネの花の開花を見てもらっていい?」
「花の中身はまだ確認していないのかい?」
「え、うん。あなたと確認したかったし。これ、ケースね。別れ際にバタバタして悪いけど今から温室に行ってアイネの実を収穫していいから。すぐこのケースに入れてここのスイッチを……」
「ありがとう」
僕に慌ただしくケースを三つ渡し、エレノアは薬局へと駆けていく。その背を見送り僕はケースを三つ、芝生の上へとそっと落とした。
エレノアが薬局内へと入ろうとする。僕はゆっくりと腰につけた剣を鞘から抜きエレノアへ向けた。ヴォン、と鈍い音が鳴りそして──
エレノアの背へ目がけて頭から真っ二つにするように思い切り縦に振った。
鎧が服越しに僕の皮膚に食い込む。剣の刃に当たる部分に仕込まれた“魔導書”が光り、振った切っ先の動きと同じ大きさの光の刃が形成される。そしてエレノアの背に向かって物凄い速度で飛んでいった。
「え」
風を切る音にエレノアが振り返る。目の前に大きな光の刃がある。
「謝らないよ、エレノア」
ラベンダー色の髪がふわりと靡く。刃は丁度エレノアの身体くらいの大きさだった。
「僕の本当の目的はアイネの実じゃない。……君の命だ」
赤い液体が玄関に飛び散った。




