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森の奥には〇〇が暮らしている  作者: 高崎まさき
4.答え合わせ
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4-5 悪あがき

4-5 悪あがき


 エレノアの言うとおりの盗人ならば、アイネの花を見つけた時点で盗んで帰る選択肢だってあったはずだ。なのに僕は敢えて勝手口を訪ねた。実際そうだったのだけど、温室に防犯装置が設置してあることは想定していた。だから主であるエレノアを脅し、装置を解除させるって選択肢もあっただろう。でも今日エレノアの部屋にあるかもしれない鍵を開けるために僕は買い物に行った。早い話があれくらいはおそらく解除できるのである。

「あの日、土砂降りになったのは想定外だったよ。だからエレノアを訪ねなければ僕は盗みに成功していても生き倒れていただろうね。それでも馬鹿正直に君にアイネの実を探しているという必要は」

「……フィンレー。今、温室で育っているアイネの花。あの中の実が魔物を封じ込められる大きさの実が収穫できる可能性、どれくらいだと思う?」

 薄い唇がゆっくりと動いた。エレノアはじっと僕の瞳から目を逸らさない。

「一般論で言えば零……だけど、一万分の一くらいはあっても……とにかく低いって意味」

「そこでしょう、あなたが“馬鹿正直”に言った理由は」

 「は?」と怪訝な顔を作ってみる。エレノアは意に介さずに冷め切ったダーンエイティーを飲み干した。

「あなたは少なからずとも悪党達よりかはアイネの実について知識がある。アイネの花の発芽から咲くまでの期間や生態について多少なりとも知っていた。アイネの花を育てるのが熟練の魔法使いでも難しいことも理解していた。けれど、アイネの花は希少価値が高く生態について記された書物も限られたもの。どうしても実際に育てているか、“本当に浪漫から追いかけている冒険者でなければわからない”ことがあるの」

「勿体ぶらないでほしいな」

「植物図鑑に載っているアイネの花の写真は咲いた後のものが殆ど。だから温室のアイネの花があの段階でどれくらい育っていて後どれくらいで咲くのかがわからなかった。あれが果たしてどれくらいの実をつける個体かあなたには判断できなかったし、あの時点で私を例えば脅して奪い取ったとしてもその後自分で育てることは不可能だった。当初の計画では勝手口から侵入して私を脅して奪おうとした。けれど途中でそれに気づいたから一度温室を見に行ったのよ。あなたが知っているようなアイネの花が咲いていれば計画続行。蕾のままなら変更しなければならない」

「勝手口からではなく窓から侵入しようと考えたのかもしれないよ」

「いいえ。アイネの実を確実に手に入れるためには『私がアイネの実が成るまで生育した上で盗むか私に譲ってもらう』しか方法がなかった。だから正直に探していると、私を脅すのではなく交渉する必要を感じて打ち明けるしかなかったの……違う?」

 正解だった。けれどあと一回、無駄な意地を張りたかった。

「でも僕がアイネの花の成長段階を理解できてない証拠なんてないじゃないか。冒険者達の調査の仕方はともかく盗みのためとはいえアイネの花に関しては最新の情報だって仕入れてきたんだ」

「……ごめんなさい。あるのよ」

 カップに伸ばしかけた手を止める。詰まりそうな息を無理に吸って咳払いをした。

「この森に魔物がいないって話をした時にあなたアイネの蕾を見て『赤ん坊の頭部くらいの実が成る可能性』を言及したわよね? 今だって『一万分の一くらいはあっても』とそうたしかに言ったわ。ないの、そんな可能性は。よく思い出して。鉱石に似た重量の、もし赤ん坊の頭部程のアイネの実が成るなら……」

 ──向日葵くらいの高さでどれも頭頂部に絞った、大人の頭部の大きさをした赤い蕾をつけていた。

 温室のアイネの蕾を見て僕はそう思った。向日葵くらいの高さの植物の天辺に不釣り合いな程大きな……大きな?

「折れちゃうじゃないか」

 眉を歪ませながら口元を押さえる。鉱石に……例えばそこら辺にある石を想像してみる。頭部程の大きさの石であればかなりの重量だ。それがあの太くはあるが植物の茎の上に成るとしたら末路は一つしかない。育っている最中に、そんな大きさになる前にポキリと折れて地面に墜落する。

「魔物を封印するくらいのアイネの実なんてできっこない」

 しかしかつて幼い頃に目を通した植物図鑑には成人の頭部程のアイネの実の写真が掲載されていた。あれが嘘だとは到底思えない。

「図鑑が嘘……なんてことはないよね」

「ええ、大丈夫。ただ書店で売っているような図鑑にはあまり記載されていないのだけれど、新説として一年前くらいにアイネの実をまだ探す冒険者達の間で話題になった論文があるわ」

 論文? 不意に背筋を何度も撫でられるような居心地の悪さが襲ってくる。思わず膝を擦り合わせ顳顬を押さえた。

 一方でエレノアがノートのページを何枚も遡って捲る。すると一枚の写真が張り付けられた頁が広げられた。

「これを見て」

 食い入るようにその写真を凝視し、僕はあっと声を上げた。

「新種の花……?」

「違うわ。これはアイネの花よ」

「でも、これは温室のと全然違う!」

 声を張って抗議する僕をエレノアが手で制する。瞬きの回数が増えていく。でも何度しようが目の前に広がるそれは変化しなかった。

 その写真は大きな赤い花を写していた。しかし問題は葉や茎が存在せず、地面に張りつくように鮮やかな五つの肉厚な花びらが広がっていて中央に大きく開いた円状の窪みから二本の人差し指程度の太さの何か──雄しべと雌しべだとようやく気がついた──がうねりながらも天に向かって伸びている。

 ラフレシア。全寄生植物で根、葉、茎が存在せず異臭を放つ花。見た目はそれを想起させた。これがアイネの花?

「アイネの花の生育の難しいところの一つはそこなのよ。大きな実をつけるのは茎に、葉に養分がいかない個体だと最近は言われている。ほら、よく見て。ラフレシアと違って茎と葉が少しあるでしょう? 殆ど花自体に養分を吸われてしまってるけど」

 顔を離し、くまなく写真を観察すればたしかに花弁の下に大皿のような緑色の筒としわくちゃの葉がはみ出ていた。

「この写真、エレノアが撮ったの? まさか、本当は大きなアイネの実の収穫に成功していたの?」

「落ち着きなさい。それは全部私の温室の写真だけど、成ったアイネの実は米粒程度だったわ。ほら、収穫されたのはこれ」

 溜め息をつかれ浮かせた腰を下ろす。僕がきちんと着席したのを見届けてからエレノアは次の頁を捲ってみせた。手のひらの上で太陽光を反射して激しく輝く米粒程度の“石”が映っていた。

 ──アイネの実だ。自然と唾を飲み込んでいた。

「どんな条件なら大きな実が成るか。それはまだ誰にもわからない。でも現在アイネの実を育てている者達の間では少なくとも“大きな実を成らすための土台”……つまり限りなく茎や葉を小さく、栄養を全て花にいかせるようにしなければならないのが定説になっているわ。あなたの言うとおり茎が伸びた状態で大きな実が成れば折れてしまうから、植物が自らを守るために実を大きくしなくなる……はず」

「はず?」

「言ったでしょう。サンプルが少ないから正式にそういう生態だと認められないの。あくまで可能性がある止まりよ。私よりも遥かに植物に精通している魔法使いが研究成果だと学会に論文を提出していたけど結果は駄目だった」

 「けれど論文は雑誌に掲載され、冒険者の間で話題になったのよ」と薄い唇が言葉を紡いでいく。背筋の不快感が増し、思わず立ち上がりそうになる。

 知らない。そんな論文は──! 幼い頃読んだ絵本が脳裏を掠める。図書館で目を輝かせた図鑑が思い出される。知っているつもりだった。

 盗みに入るためだけの知識なら既に。

 エレノアはゆっくりと僕に止めを刺そうとしていた。僕の無学を、嘘を曝け出そうとしている。謝罪はきっとその罪悪感からだろう。止めたかった。立ち上がり、叫んでエレノアの口を塞いでしまいたかった。だが仕掛けたのは僕だ。だから。

 この止めを刺されるのが最後の僕の意地で礼儀だった。

「でも育てている連中のほぼ共通認識として、種から育てて太く短い茎が形成されなかった時点で“大きなアイネの実”ではないことは確定したも同然なのよ。問題はじゃあどうすれば茎が短く太く花が大きくなるかがまだわかっていないこと、それから仮にその問題をクリアーしても実が大きくなるかは別問題だということね」

「つまり種を植えて育てて太く短い茎の上にすぐ花弁が形成されなかったらもう、大きなアイネの実は成らない。そして、仮にそうなったとしても大きな頭部程度のアイネの実が成るかは誰にもわからない」

「付け加えれば太く短い茎にする条件も誰もわかっていない、ね」

「結局何もわかってないの」

「そうよ。アイネの実の生態はまだ誰も突き止めていない。けれどこれだけははっきり言える」

 エレノアがノートを閉じ居住まいを正した。

「フィンレー。あなたは私の背丈に近いアイネの花を見て『もしかしたら赤ん坊の頭部より大きな実が成る』可能性がある、そう言ったわ。それは有り得ないのよ、万が一にも。アイネの実を追う冒険者なら皆知っているはずの論文をあなたは知らなかった。だから──」

 背中の不快感が消える。ああ、これで終わりだと鼻の奥が何故か痛んだ。

 不思議と清々しい気分で僕は深く息を吐き、自然と笑んでいた。

「その発言をした時点で……自白と同然よ。これが最後の……あなたが探している冒険者ではなく、盗みに来た人間とわかる理由になるわ」

 琥珀色の液体に映る僕の顔はもう、歪んではいなかった。


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