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森の奥には〇〇が暮らしている  作者: 高崎まさき
4.答え合わせ
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4-4 四つ目と五つ目

4-4 四つ目と五つ目


「私があなたをアイネの実泥棒だと思った理由の三つ目は以上よ。フォルセーラ財閥はアイネの実を過去に取り扱った、あるいは現在取り扱っている店のリストを手にしている。そうでなければ、被害に遭った店が全部過去にアイネの実を取り扱っていたなんて偶然起きやしない」

 ここまで言えばわかるでしょう、とエレノアは首を傾ける。ああ、もうお手上げだと僕は両手を上げた。

「悪党達がアイネの実を取り扱っている店だけを襲撃している。そんな事件が続いていれば当然、警戒するわよね。私が温室でアイネの実を育てているのは特定の貴族の間では知れ渡っている事実だし。それに」

「まだ何かあるの」

「……この件とは別だけどね。一年前くらいかしら。一度アイネの実狙いの強盗がやって来たことがあるのよ。いきなり炎の魔法を使うんだからビックリしちゃった」

「ええ!」

「大丈夫よ。返り討ちにして警察に引き渡したから」

「そうじゃなくて!」

 仰天して立ち上がってしまえば椅子が後ろにひっくり返り、耳障りな音を部屋に響かせた。僕は慌てて謝りながら椅子を戻し、今度は立ち上がらぬように深く腰を下ろす。

「どうしたの?」

「どうしたのじゃない。エレノア、それなのに」

 どうしても言い淀んでしまう。喉の奥に刺さった小骨のようにこの家に辿り着いてからずっと引っかかっていた疑問は吐き出されることはなかった。

「……そんなにアイネの実を狙われるの? この店は」

「うーん。アイネの実狙いは前の一件とあなただけよ。だから心配はしないで」

「ねぇ。薬局をオルナ町に」

「駄目よ。魔力濃度が高いここじゃないと」

 魔法薬局として最高の土地なんだからと微笑まれてしまえば僕は唇を震わせるしかない。

「命と薬局業どっちが大切なんだよ」

「それは当然、命ね。仮にも魔法薬局を営む者としては駄目な思考だけど」

 机の腕で握りしめた拳をどうしてもほどけない。鎧ががちゃりと金属音を立てて僕の苛立ちを主張していた。

「とにかく」

 腹が立つほど平然とした声が僕の耳に届く。

「過去に同様の強盗未遂があったから私はアイネの実関連だと思われる事件の情報を収集していて、それが三つ目の理由に繋がった。そしてその強盗未遂があったから……ここを訪ねてくる人がいたら本当に森で迷った人間かもしれないけど、暫くの間は最初は疑ってかかろうと心に決めていたわけ。これが単純だけどあなたを疑っていた理由の四つ目になるわ」

「そんな経験があるんじゃすぐにバレるわけだよ」

 僕が溜め息をつけばエレノアは「あら」と頬に手を添え、

「最後にもう一つ、決定打があるわよ」

「五つも理由があったの?」

 と言ってのけた。自分が悪いとはいえ食傷気味にエレノアの顔を窺う。不敵な、そして穏やかな毒気の抜かれるいつもの笑みだった。

「ええ。これはとっても簡単な話なんだけど……フィンレー。あなた勝手口を訪ねる前に温室を見に行ったでしょう」

「何でわかったの?」

「足音よ」

 足音。そう言われて遂に僕は拳を解きその手を顎の下へ持っていく。あの日、僕は薬局入り口を避け、勝手口へと回った。入り口からでは店主であるエレノアと鉢合わせになってしまうからだ。実際は真逆で勝手口から肝心の目の前の店主が顔を出したけれど。

「土砂降りだったじゃないか。足音なんか聞こえるはずがない」

「石畳を歩く音以外はね。意外に響くのよ、あれ」

「知っているさ。ここで暮らして……君が外で作業をして僕が料理をしている時、コツコツとこの部屋まで届いてきていた」

「それが急に途切れたのよ」

 瞠目して身体が強張る。秒針の音が心臓を刺すように響いた。

「途中まで勝手口に向かってきていたのに急に途切れた。簡単に考えれば石畳から下りたってことよね。あなたは家の周りを一周して温室を見に行ったんだわ。アイネの実が本当にあるのか、それを確かめるために」

「たしかにそうだよ。盗みに来たのに『ありませんでした』じゃ問題だろ。あの日、森で遭難しかけたのは本当だけど、目的地に着いてホッとして余裕が出たんだ。だから先にアイネの実を確認しに行った。けど、足音だけじゃ根拠にならないと思うよ。罪は認めるけど、証拠としては認めない。五つ目の推理はただの妄想だ。あんなに土砂降りだったんだから途切れたのは雨音で……」

「フィンレー。あなた、またミスを犯していたの。……私がアイネの実を育てているって初めて伝えた時、あなた“勝手口とは反対の窓を凝視”したのよ。雨宿りに来た遭難者が一番近い入り口に入らないで勝手口を目指したどころか、何故か真逆の窓の先に何があるか気づいていた。……さすがに言い訳できないでしょう」

「嘘……」

 嘘、と漏らしながら脳裏には確実にその時の光景が再現されていた。“だから”あの時と同じように僕はそちらの窓に素早く視線を向ける。レースのカーテンの向こうに薄っすらと畑の隣にある温室が存在を主張していた。

 冷たい身体を震わせながら。僕はビニール越しに本でしか見たことのない、かつて憧れていたその実をつけるであろう植物を見つめていた。幼い頃の記憶が自分の現状に塗りつぶされていく、腹の奥から沸き上がる黒いものを押さえて勝手口へと戻っていったのだった。その夢の蕾を僕は思い、あの時エレノアの指摘どおり反対の窓に目をやった。時間と状況が許すならまだ眺めていたかったと気が緩んだのだろう。

「更にあなた、私がアイネの実を給料代わりにしてもいいと言った時『あれは二泊三日よりも高そうだと思いますが』って返したのよ。あれは、とは一度でも見てないと口にできないわよね」

「僕、そんなミスを」

「犯罪者に向いてないのよ、あなた。……そっちの方がずっといいけど」

 零すように発せられた最後の言葉はとても温かかった。哀れみと呼ぶには冷たく、優しさと呼ぶには少し薄暗いような響きが僕の鼓膜と心臓を震わせる。

 最初からついていた勝敗だった。それでも何がいけなかったのかを知りたくて随分と長く話していたと思う。

 自然と俯いて、ダーンエイティーの水面を見つめていた。琥珀色の液体が僕の顔を赤茶に染めている。眉を歪め瞳はどんよりとしている。泣きそうで今にも怒りをぶつけそうなくしゃくしゃの醜い顔だ。鼻で笑えば一層歪む。

 悪いのは当然僕だ。けれどまだ対抗心があった。この犯罪は酷いことに僕なりの人生の賭けなのだ。最低なのは百も承知で、一矢報いたいと顔を上げれば口が勝手に言葉を紡ぎ出していた。

「僕の負けだよ。というか盗みなんてしようとした時点で負けなのだと思う。けど、どうしても知りたいんだ」

 エレノアが目で続きを促す。僕の最低な足掻きに付き合ってくれるつもりなのだ。

「フォルセーラ財閥が元凶だ。アイネの実狙いだ。僕のここに来てからの挙動にミスがあった。君が経験から想像以上に警戒していた。それはわかった。エレノアの今の説明で全部正解だし、僕だって罪を認める。僕はたしかに騙されて対魔物討伐業者と契約を結び、この契約の黒幕がフォルセーラ財閥だろうと勘付き、更に失敗した挙句落とし前としてこの場所を指定され『アイネの実を奪ってこい』と脅されている。でもさ、だったら何で僕は馬鹿正直にあの日君にアイネの実を探してると告白したの? ここだけはまだ君は答えてくれていないよ」


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