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森の奥には〇〇が暮らしている  作者: 高崎まさき
4.答え合わせ
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4-3 三カ月前と三つ目の理由

4-3 三カ月前と三つ目の理由


「三、四カ月前に……とごめん」

 エレノアは椅子を引き立ち上がると廊下に消えた。「ちょっと待ってて」と声が遠ざかり、足音が上へと消える。しばらくして足音が近づき、ドアが少し乱暴に開く。

「最初に持ってきていればよかった」

 紙の束と分厚めのノートを両手に抱えたエレノアが足でドアを閉めた。ソファの上にどさりと落とせばきらきらとしたものが宙を舞ったので僕はカップを二つ遠ざける。

「ごめん、ありがとう」

「いいけど、それは?」

 埃っぽい匂いが鼻をついてエレノアが屈みながら咳き込む。そのまま紙の束とノートを一冊掴むともう一度廊下に出て行く。すると風を切るような音が数回、した。振り回して無理やり纏わりついた埃を落としているのだろう。

「これを見ながらの方がきっとわかりやすいわ」

 椅子に腰かけながらエレノアが僕の方に紙の束──新聞を僕の方に突き出してきた。

「これは?」

 と、首を傾げながらも内心動揺していた。この新聞が僕の借りている部屋の隣、例の散らかった倉庫代わりの部屋にあったものだったからだ。

 三カ月前のものだ。あの時と変わらずオルナ町での強盗事件が一面に掲載されている。

「見てのとおり新聞。えっと話を続けるわね。……駆け込んでくる冒険者はぱたりと途絶えたので、私もオルナ町の管理者達もアイネの実のフォルセーラ財閥の調査が裏では終了したのだと思ったのよ。不満はあるけどこれで事件はおしまいだと胸を撫で下ろした」

「実際はあと一カ月続いたよ。二回招集があってその内の最後の騙された奴等の一人が僕だ」

「……見通しが甘かったことをオルナ町の住民は知ることになったわ。それがこれよ」

 小さく息をつき、更に新聞が僕の方に押し出された。

「三カ月前のことだったわ。このとおり、オルナ町の宝石店に強盗が入った。犯人は現行犯逮捕されたけど問題は」

「五カ月前の逃げて来た冒険者達と同じだったんだね」

 少し怯んだような顔を作られた。

「そのとおりよ。途中までは同じ証言をした。ただ、問題は……今までオルナ町に来たのは制裁が加えられる前に逃げ出せたか、それから想像はしたくないけど“制裁”を加えられてから何とか逃げ出した冒険者達だけだった。ところが今度の逮捕された冒険者は『魔物を倒せなかった損害の埋め合わせとして金を払えと脅された。そのために宝石が必要だった』……そう証言したのよ」

 記事の文字列を細い指がなぞる。その旨が淡々と記載されていた。

「契約違反だ、お前を雇った分の金を払えって暴力を交えて脅迫されたんだろう。僕と同じだ」

「ここで遂に大々的に、このように領地を越えてニュースとして報道された。けれど中央は相も変わらず捜査中という名の“だんまり”よ」

「知ってるさ。業者と契約した時に相手がその可能性だって考えもあった。まさかと侮った結果がこれだよ」

 自虐はお気に召さなかったらしい。エレノアが悲痛に顔を歪めたので僕は咳払いをする。

「……知っていたら教えてほしいんだけど」

 窺うようにエレノアが目を細める。

「フォルセーラ財閥はもうとっくに今回の調査に見切りをつけてたんでしょう? アイネの実は見つかっていないけれど、大々的なニュースにもなってしまったから蜥蜴の尻尾切りを既にし始めている。工場建設には向かない土地だった、きっとそんな発表がもうすぐあると思っている。だから切られた下請けの……更に下請けの現地で経費を削っている悪党達は少しでも負債を回収するために暴走を始めているんじゃないかしら」

「うん。それの一つが今日のエドワードなんだろうね」

「当たっている? さっき僕達が最後だって言ってたけど」

「うーん。ちょっと正解、かな? 僕達が魔物にボロ負けしたのが決定打で中止になる、が正しいと思う。その強盗の時点ではアイネの実探しそのものは続いていたよ。だから僕も雇われた。強盗は……たぶん尻尾切りの負債回収じゃなく現場の予算が足りなかったんだ」

「それも現場の杜撰な状況で悟った?」

「ううん。一番の理由は到着してから最初に説明があったんだ、『君達で最後だから頑張ってくれ』と。後、脅し文句でも。『これが最後のチャンスだったのにお前のせいで潰れたぞ』って。予算については……」

 僕が現場の“明らかに予算が足りてない現状”を語れば、エレノアはただ静かに目を伏せた。脅し文句だけなら嘘の可能性だって十二分にある。けれど、あの凄惨な現場と雰囲気は脅しが真実だと言葉よりも雄弁に語っていた。

 僕達の調査の失敗でフォルセーラ財閥は遂に見切りをつけた。エレノアの推理どおりもうすぐその発表もあるだろう。

 アイネの実のことも、凄惨な現場も全て覆い隠して美辞麗句と共に工場建設の失敗だけを肩を落としながら語るのだろう。

 確信が、あるのだ。

「フィンレー達が最後だと信じるわ。そっちの方が私の推理にも合っている」

 そうだ。僕は両眉を上下させて目の前の女性の瞳と視線をかち合わせる。

「理由の続きを聞かせてもらっていい?」

「勿論。三つ目は……そうね。もう少し昔の話をするわ」

 居住まいを正し、エレノアが分厚めのノートに手を伸ばす。指先で数枚捲り、そして開いたものを新聞の上に乗せた。

「三カ月前の強盗事件からフィンレー達への最後の依頼まで一カ月、似たような事件が数回あったわ。オルナ町じゃなく別の所だけど、宝石強盗が領地内で何度も。その頃にはオルナ町のニュースを見た奴等が悪事をバラされたくないと一層脅したみたいで冒険者達は何も語らなくなったし、一つ一つは全部現行犯逮捕だったのでそこまでセンセーショナルなニュースにはならなかった」

 見開きのノートには小さな灰色の紙切れが何枚も張り付けてある。切れ端の角が少し剥がれかけているのを指で押さえながら呟く。

「これ、全部集めたのかい?」

「ええ。これがさっきの一面から次の事件。もうこんな紙面で小さな扱いでしょう? それから三日後のが……」

 一つ一つ柔らかい声が耳を打つ。物騒な事件を紡ぐには不釣り合いなのに、不思議と染み渡るように情報が脳にインプットされていく。

 この家は新聞を取っていない。配達を一気に郵便局に纏めてもらっているのだからある意味当然で、エレノアは以前気になったニュースがあった時のみ購入すると言っていた。オルナ町での事件以来、ずっと追っていたのだろうか。疑問は沸くが、そのままに僕は話の続きを要求した。

「知らないニュースばかりだな。いや見聞きしたのかもしれないけれど、忘れてしまっている」

「でも妙だと思わない? 金を負担させ回収するだけなら裏社会の連中は雇った冒険者に宝石強盗を強いる必要はないのよ。それどころか自分達の関与が警察に発覚する可能性があるから圧倒的に損なの。金を稼ぐだけならそれこそ冒険者の臓器でも売った方が早い。……あまり考えたくないけど」

「正直に言ってしまうと僕もそこは妙だったんだ。拘束された時、僕はばらばらにでもされて売り飛ばされるのかと思っていた」

「本当にそうならなくて良かったわ。つまりあいつらは金が欲しいんじゃないのよ。正確に言い換えれば金は欲しいけれど、それよりも“必要としているもの”があった。だから宝石店を襲わせたのよ」

「でも」

 僕は食い気味に声を張る。エレノアが言おうとしていることには無理があった。

「そんな宝石店に並ぶものじゃない。それは誰よりも君が知っているだろう」

「彼等が欲しかったのは“そのもの”じゃない。そのものを探したと上に報告できる実績よ。悪徳下請け会社が上に『これくらい頑張って探しました』って言い訳できるように」

「下請けは知らないはずだ。依頼に取り掛かっている間、現場の連中は誰も知らなかったはずだ。僕だって盗めと脅される前はそんなもの」

「だからフォルセーラ財閥はその後に言ったのでしょう。失敗した業者から順番に。自分達の調査の真相は隠して、少ない予算で魔物と戦いボロボロになった下請けの人達にただ『失敗の埋め合わせにアイネの実を持ってこい』と告げればいい。エドワードくらいの下っ端の人間が今回の件の元凶がフォルセーラ財閥だと理解していたのも現場の雰囲気だけじゃない。やっぱりフォルセーラ財閥は三カ月前には蜥蜴の尻尾切りを“終えてしまっていた”のよ。だからいくらでも自分達の名を下に周知できる。裏社会の、更に下の連中がいくら吠えたって、法的機関に訴えたって何も問題ないように処理だけは終えた上で“負けだけど損失はほぼない”戦を続けた。つまり……建前の代替案として真の目的を口にできた。無理なのは承知で、安全地帯から僅かな“もしかしたら誰かがアイネの実を見つけるかもしれない”可能性にかけ続けたのよ。一方で裏社会の下っ端達も無理難題ではあるけど、利益がないわけじゃない。たぶん連中もフォルセーラ財閥から無理難題を押し付けられているのは理解している。寧ろ逆よ」

「調査での負債の補填をついでに宝石を盗んでしろと? 天下のフォルセーラ財閥が、悪党に強盗して損失を自分で補えと命令したと……」

 続きは言葉にならなかった。そしてその悪党共の実行犯としてしくじれば逮捕されるのは”被害者”である冒険者で、結果はそこの新聞のとおりだ。弱者が更に弱者を食い物にしている。眩暈がした。

「被害に遭った店舗は」

 ノートのページが捲られる。一つ前のページの記事に書かれていた宝石店名が並び、それぞれ隣に矢印が描かれている。矢印の先に年号、日付、そして何かのサイズが走り書きされていた。エレノアの字だった。

「小指よりも小さいサイズだけれど、アイネの実を一度でも取り扱ったことのある店なのよ。だから店の指定はフォルセーラ財閥がやっているはず。当然、証拠は全て消していると思うけど」

 言葉が喉元でつっかえ咄嗟にダーンエイティーを手に取る。息苦しさを胃に流し込んで数回咳き込んだ。被害者と加害者の両側面を持ちながら、僕は何も知らなかったのだ。

「説明したとおり、単純に金銭のための強盗でもあるわ。けれど、元を辿れば全てフォルセーラ財閥の思惑に行きつく──つまり、一連の強盗事件は全部アイネの実を狙った犯行なのよ」


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