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森の奥には〇〇が暮らしている  作者: 高崎まさき
3.疑念と探索
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3-5 エレノアの部屋へ

3-5 エレノアの部屋へ


 信じられないことにエレノアの部屋には何も防犯用の魔具が設置されていないようだった。少なからずとも扉に目視できるものは何も無い。僕という何処から湧いて出たかもわからない馬の骨を住まわせておいてそれは本当に不用心だと「お前にだけは言われたくない」忠告をしそうになるが、今はそんな余裕はないようだ。

「遅い! 六分かかった!」

 あっさりと部屋に入ればエレノアがまるで学園の教師のような口ぶりで部屋で腰に手を当てて待っていた。僕は呆然とエレノアとそして部屋を交互に見つめていた。

 エレノアの部屋は一言で言えば“普通”だった。

 部屋の作り自体は広さと窓の配置場所以外僕が借りている部屋と同じだった。見慣れた廊下と同じ色のフローリングに白い壁紙。そこにオーク調のハイチェストだとか大型の本棚、テーブルに椅子だといった自室にあるだろう家具が壁沿い、部屋を囲むように配置されている。ベッドには白いシーツに水色の掛布団が綺麗に乗せてあり、猫の大きなぬいぐるみが枕に頭部を乗せて我が物顔で寝転がっていた。ベッドは窓際に寄せられ、窓にはこれまた水色の小さな花模様が裾にだけ刺繍されているカーテンがかかっている。

「じろじろと見られるとさすがに恥ずかしいんだけど」

「ごめん。埃っぽいって言ってたから。散らかってるんじゃないかと思っていて」

 本棚の隣に“おそらく危険な”魔具や魔導書をしまう用の大きな硝子張りの棚があり、部屋全体に圧迫感を与えているのが“普通”ではないのかもしれないが、エレノアが器の魔法使いということを考慮すればあって当然だろう。むしろ少ないとも思う。一般的な魔法使いの自室にはもっと魔導書があってもいいはずだ。結論としてやはり普通の部屋でしかない。空いた部屋のスペースにも濃い焦げ茶色をしたラグが敷かれていて、“二点”を除いて、特に問題はない。

「一応床を軽く拭くだけはした。後、部屋に干した洗濯物を急いでしまったりも」

 衣類は互いに自分の物を洗濯し、下着は自室に干そうと居候初日に決めていた。

「で、早速なんだけど」

 エレノアが僕に近づき顎で部屋の奥を差す。例の猫のぬいぐるみが寛いでいるベッドがそこにあった。

「申し訳ないけど私が良いって言うまで……あの下に隠れていてほしいの。これ、ダミー用の箱。三つあればあなたの身体を覆い隠せるから」

「ちょっと待って何を」

「壁の方まで潜り込んだら箱を渡すわ。だからこっち側に向けるように自分で調節して。そうすればこっちからは見られない」

「何を言っているんだよ」

「ごめん、後で説明する。謝罪もする……だからお願い」

 両手を顔の前で勢い良く合わされエレノアはぎゅっと瞳を閉じた。その姿には一切の偽りがなく、何か本当に切実な理由があるように見える。

 僕は別の意味で頭が真っ白になっていた。突然荷物をまとめろ、今までの言い振りから考察するに僕がこの家にいる痕跡を消したいのだ。僕自身の存在を何かから隠したいのだ。けど、何が理由で? 誰から? この薬局は僕みたいな奴もいるが基本、来客はない。辿り着くのも難しいし、何より森の入り口に書いてあるように薬局自体は開店していながらも営業はしていない。配達も全部郵便局に取り置きしてもらっている。だから来客があるとすれば彼女の知り合いか“僕みたいな奴”かだ。後者は本当にやめてほしいが。

「わかった。でもあとでちゃんと説明はほしい」

 だが今は迷っている暇はなかった。エレノアがここまで頼み込む以上、何か重大な意味があるのだ。それなら従った方がいい。僕自身の安全にも繋がる、そんな予感がした。この部屋の二点の問題の内の一つが大きく関わっているような気もして僕は頷くとフローリングに腹をくっ付けて狭い隙間へと身体を滑り込ませる。匍匐前進をして壁に左半身をくっつければフローリングの木目が視界に飛び込んできた。意外にこんな暗くとも木目まで確認できるのかと、そんな能天気な思考を追いやるように頭を振れば鈍い痛みが頭に走った。

「大丈夫? 狭いだろうから動かないで」

「動きたくとも……そんな動けないよ」

「フィンレー、身体大きいから……ってそんな話をしてる場合じゃないの」

 エレノアが丁度誂えたようにベッド下の隙間に綺麗に嵌まる箱を僕の方へ押し込む。僕はそれを受け取り自分の頭と部屋を区切るように並べる。順番に壁、僕、箱、部屋のスペースといった感じだ。

「よし」

 箱は空のようでとても軽く、そして材質も薄い厚紙を組み立てたようなものだ。お菓子を梱包する箱が一番近いだろうか。だからエレノアの僕の隠ぺいをやり遂げた満足気な声も存外はっきりと聞こえ、逆に言えば僕が少しでも物音を立てれば一瞬で箱の向こうの者に居場所を晒すことになるのだろう。

「ごめん。そんな狭い場所だから剣だけしまってもらった。絶対に触れないから……それだけは約束する」

 頷こうとしてエレノアには見えないのを悟り「了解」とだけ返した。何となくだが張り詰めていたエレノアの気配が和らいだ、そんな気がした。

「それじゃあ、待ってて。できればここに入れないで終わらせたいけど……もし私と誰かが此処に入ってきても、何があっても絶対に物音を」

 リィン、リィンと音が鳴る。薬局の入り口の呼び出しベルだった。

「エレノア。一体誰が」

 返事代わりにバタンとドアが閉まる音がした。僕はそっと頭部の方の箱を少しだけずらしてみる。瞳に一筋の光が飛び込んできて思わず目を閉じる。焦げ茶のラグ、本棚の一部、そして扉と部屋の一部を覗ける形となった。

 さて。

 首だけ動かし床の方に耳をできるだけ寄せる。この下はリビングダイニングでこの部屋に来る可能性のある客人なら薬局カウンターではなくリビングダイニングに通す可能性もあると思ったからだ。けれど何も聞こえてはこなかった。肩を落とすも今は落ち込んでいる場合じゃない。せっかく一人で考えられる時間を与えられ、そして予想外にエレノアの自室にも入れたんだ。僕は瞳を閉じて暫し情報をまとめるために思考を巡らせる。この部屋の“二点”の問題を片付けなければならなかった。


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