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森の奥には〇〇が暮らしている  作者: 高崎まさき
3.疑念と探索
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3-3 交渉の茶会

3-3 交渉の茶会


「これがダーンエイ。それからこれがホワイトエイ」

 夕食後。エレノアがクッキーの缶と共にティーポットを二つテーブルに並べる。白い陶器のポットにはそれぞれ赤い花と青い花が描かれている。赤がダーンエイ。青がホワイトエイだ。律儀にもエレノアは口約束でしかなかった紅茶の飲み比べを覚えていてくれたらしく、その結果が目の前に広がる光景だった。

「たしか……ダーンエイが葉の種類で、ホワイトエイがアレンジだっけ?」

「そうそう。シラの実で香りをつけた紅茶のことをホワイトエイと呼ぶ。だから今回は何も香りづけをしていないダーンエイとダーンエイにシラの実で香りづけをしたホワイトエイティーにしました」

「違いがわかりにくくない? そのチョイス」

「そういうと思ったわ。あのね、結構違うんだから飲んでみてよ」

 僕の目の前に置かれたカップにエレノアが楽しげに赤のポット、つまりダーンエイを傾ける。湯気が立ち琥珀色の液体が少しずつ注がれていったのを見届けて、僕はカップを手に取った。

 唇に熱い液体が触れ、口内へと流れ込む。舌で転がして冷めた液体を嚥下すれば、エレノアがきらきらと瞳を輝かせていた。

「いつもの味だ」

 いつもの、なんて随分と偉くなったものだと心の中で呟いた。

「うん。割と最近はダーンエイを淹れているからね」

「ちょっと渋い……のは気のせい?」

「気のせいじゃないわ。味がわかりやすいように少し濃い目に淹れているから」

 エレノアが向かいの席に腰を下ろす。ポットを置いて青い缶に手を伸ばし蓋を開けた。見慣れた──エレノアのお気に入りらしく、無くなってはオルナ町で購入している──正方形の形をしたシンプルなバターと小麦粉、卵に砂糖だけで作られたそれを口に運んでいる。小気味いい音が俄かに響いた。

「じゃあ、次はホワイトエイね」

 促され残りを胃に流し込む。そうして空になったカップを差し出せばエレノアは青の花が描かれたポットを傾けた。

 紅茶特有の葉の香りにふんわりと別の何かが混ざり鼻腔を擽る。果実を切り分けた時の瑞々しくも甘い香りだった。これは。

「……ちょっと爽やかな匂い?」

「飲んでみて」

 カップを持ち上げ、唇に近づければ湯気と共に果実の香りに顔が包まれる。たぶん、柑橘系の匂いに近い。表すならオレンジと檸檬を混ぜた……感じだと思う。

 エレノアに見つめられたまま、そっと口に含んでみる。

「よくよく考えればどっちも飲んだことがある紅茶なんだけど」

「うん」

「改めて意識してみると味が違う……気がする」

 うんうんとエレノアが何度も頷く。

「香りもそうだよ。今まで意識したことなかったけど、こうやって嗅ぎ分ければホワイトエイの方は僅かだけどオレンジとか檸檬っぽい香りがした。あと味も少し爽やかというか……飲みやすい味をしているような気がするなぁ」

「色はどう?」

 色? 僕が首を傾げていればエレノアがそっと自分のカップを僕の方へ差し出した。「こっちはダーンエイ」と付け加え、僕のカップと並べる。しげしげと二つのカップを見比べ、僕はアッと小さく声を上げた。

「ホワイトエイの方が薄い……というか明るいね」

「これでも最初のダーンエイと同じくらい濃い目に淹れているのよ。ホワイトエイは口当たりの良さ、つまり飲みやすさを重視しているから敢えて色を含めて薄めなのよね。だからカフェやレストランで朝食に出されるのはホワイトエイが多い。目覚めの一杯を爽やかに迎えたいって気持ちが込められているらしいわ。他にも温暖な気候の地域ではホワイトエイの消費量が多い。暑い時に濃い味よりも一気に飲める薄味を求めるのね。逆に……例えば気候的に食物を育てることより保存する技術が発達していった寒冷地、一番簡単なものだと塩漬けの保存食。こういった濃い味付けの食文化が発展した場所ではダーンエイの方が飲まれるのよ。料理の味も濃いから合わせる飲み物も自然と濃くなる」

 なるほど、と僕は唸った。そういえばここから遠い雪国に行った時に振る舞われたシチューは随分と濃厚な、そしてしょっぱい味付けをされていた。聞けば体温維持のため塩分が必要らしく、だから防寒用の機械も魔法も発達していない頃は塩分が今より生死を分けていてその名残りが文化、郷土料理として残ったのだとか。

 思い出に浸るのを止めにして僕は少し冷めかかったホワイトエイを飲み干した。

「でも、不思議だな」

「何が?」

「今日こうやって飲み比べるまで味や色の違いに全然気づかなかった。間違いなく今まで生きてきた中で両方、何度も飲んでいるのに。カフェに入った時にメニューに書いてある店もあるだろ? ダーンエイかホワイトエイか、それとも別の種類の紅茶かって。僕、わからないからいつもメニュー表の一番上に書いてあるのを指差してた。どれがいいですか、なんて聞くのも面倒くさかったし」

「たしかにあなた、カフェで適当に選んでいたわね」

 エレノアが苦笑いを浮かべている。彼女と以前オルナ町のカフェに入り、ケーキと一緒に紅茶を頼んだ時に僕は今言ったような注文の仕方をしていた。一方でエレノアは何か店員に伝えていた気がするけれど。でも僕みたいにわからない連中の方が大多数ではないだろうか。

「エレノアが茶葉に詳しいのってやっぱり、薬草を取り扱っているから?」

「え。何言ってるの。紅茶は専門外よ。ハーブティーの一部、つまり魔法薬として処方する範囲なら専門だけど」

「じゃあ、なんで」

「受け売りよ。これ以外の紅茶の知識は全くないわ」

 ポカンと大口を開けて僕は何故か得意気なエレノアの顔を見つめた。

「ジョージさん。ほら、よくジャムを買う雑貨屋さんの。あの人博識で、前に美味しい紅茶の淹れ方や茶葉の種類を教わったの」

「じゃあエレノアの仕事には一切関係がない?」

「ないわ。ただ気分によって美味しい紅茶の茶葉を選べるようになって生活の質が上がっただけよ」

「……『仕事熱心で凄い、日常にも使える知識を持っていて頼もしい』って褒めようとして、損した」

「人は気軽に褒めるものよ、フィンレー」

 相変わらず胸を張っているエレノアに溜め息をつき、僕は赤いポットに手を伸ばし、そのまま自分のカップへと傾けた。ダーンエイとホワイトエイ。どちらが好きかと問われても答えられる程のこだわりはないが、少なくとも今美味しいと感じたのはダーンエイだった。身体の疲労感が抜けていくような穏やかな気持ちになれる。何より。

「このクッキーにはダーンエイの方が合う気がする」

「だから私はこっちを淹れることが多いわね。ホワイトエイも好きだけど」

「エレノア好きだもんね、そのクッキー」

 エレノアがまた青い缶に手を伸ばす。小さなクッキーがあっという間に口内へと消えていった。

「フィンレーも好きじゃないの」

「だって、美味しい」

 負けじと正方形のクッキーを手にする。サクサクと音を立てれば香ばしいバターと砂糖が混ざった絶妙な味が広がった。

「そういえばフィンレー」

 「ん」と僕は口を押さえながら生返事を返す。

「明日の午後の話ね。薬が足りなくなりそうだから明日も午後は研究室に籠るわ。だから今日と同じ。好きにオルナ町へ行ったり、そこの本を読んだりして寛いでいて」

 今日と同じ。その一言で程よく浮かれていた気分が現実に引き戻される。結局昼から夕方までゾッとする魔物探しを家主に内緒で行なっていた。

 一番端の部屋からもアイネの実は見つからなかった。中央の部屋のような日用品に加え、誰でも使える特に危険性のない魔具という名の家具、家電や雑貨が散らかった部屋なだけであった。

やっぱりエレノアの自室なのか。

 冷静に考えれば──僕は琥珀色の液体を啜りながら置き場のない視線を天井あたりに向ける。あの空き部屋のどちらかに魔物が匿われている可能性は限りなく低いのだ。

 エレノアは部屋の掃除を真剣に僕に依頼するか迷っていた。つまり、一応僕が入ってもエレノアが恥ずかしいと思うか否か以外では問題がないのだろう。あれだけ部屋漁りの時に緊張していたが、思い返せば我ながら滑稽だった。

 何より逆の立場なら僕は自分の部屋に魔物を保管する。部屋を漁る前はさすがに自室に魔物入りのアイネの実なんて置かないだろうと考えていたが、絶対に隠さなければならないものを隠すならできるだけ自らの近くに置くに違いないのだ。特に僕が借りている部屋とエレノアの部屋ならあの二つの散らかった部屋は僕の方が近い。魔物入りアイネの実を管理するのに──そもそもそんなものを所持しているの自体が悍ましいのだが──客人の部屋の前を通るのはリスクが高いのだ。通常、空き部屋のどちらかで管理していたとしても僕なら客人を住まわせた時点で嫌々ながらも自分の部屋に持っていく。

 そしてどんな理由だろうともう残された部屋はエレノアの自室のみだった。だから明日の僕の行動は決まっている。

 エレノアの自室を漁る。扉に何か防犯用の魔具が仕掛けられているかもしれないからまずは──

「明日はオルナ町へ行ってから部屋で寝てようかな。あ、夕飯は僕が作るからエレノアは作業に集中して」

 町で解除用の魔具を購入しよう。正しくはそんな泥棒のための道具が売っていることはないので、いくつもの魔具を組み合わせて解除用の魔具を作り出す、だが。違法スレスレの裏社会の技術の行使だった。

 もし解除できなくとも自室に防犯用の魔具が仕掛けられていることだけでもわかればいい。やりようはいくらでもある。

「じゃあお言葉に甘えて。……魔具の使い方は教えたわよね」

「うん。大丈夫だよ。これでも一応冒険者の端くれ……」

 ミシリ、ミシリ。

 いつもの、それでも慣れない音が響き思わず天井を見上げる。耳を澄ませ音の発生源を探る。もし、この天井の上からなら──位置的にエレノアの自室だ。

「嫌だ。一応新築なのに」

 エレノアが立ち上がり勝手口の方の窓に近づく。木製の窓枠に触れたりコンコンと叩いたりして首を傾けていた。誤魔化したなと舌打ちしたい気持ちを抑え僕は目を閉じまた聴覚に意識を集中させる。

 もう軋み音は止んでいた。

「言い辛いんだけど」

 席へ戻ったエレノアへ間髪入れずに言葉を投げかけた。

「今の音、聞こえただろ? あれが、その……よくしているんだ」

「嘘」

「嘘じゃない。住まわせて貰っているから言いにくかったんだけど……何処からか振動していてそれが家の至る所を揺らしているような音が」

「新築なのに」

「そうじゃなくて、何かが」

 エレノアが悲しげな顔を作りながら紅茶で唇を湿らした。

「たぶん突貫工事だったから……かもしれない。三年前に急遽住むことになったから」

 おや、と僕は思わず顔を強張らせる。

「突貫工事?」

「ええ。ここで、というか私が魔法薬局を始めたのは三年前よ。前に言ったけど、ここが一番薬草の栽培に適していたから開業するにあたって引っ越してきたの。当然こんなところに空き家があるわけないでしょう。だから急いで作って」

「僕が見ようか」

 「えっ」とエレノアがカップを落とす勢いで反応した。

「冒険者やってると色んな仕事にありつくだろう? 前に屋根やそれこそ窓枠の修理を任されたことがあってさ。だから入っていいなら明日、君が研究室にいる間に全部の部屋の軽い点検くらいやるよ」

「でも」

「君は鎧を着て剣を肌身離さず持ち歩く不審者の事情も聴かず住まわせてくれているんだ。だから恩返しがしたい。専門家じゃないから悪くなっている場所を見つけるくらいしかできないかもしれないけど、それでもその分の経費は浮くだろう?」

 チャンスだ。僕は上がる口角を何とか抑えながら何のことはないという体で話を進める。これくらいしか僕にできる恩返しはないとエレノアのお人好しの性を擽りながらじわりじわりと追い詰めていく。

 エレノアの部屋を、隅々まで調べる。魔物入りのアイネの実を見つける。その口実が目の前に転がっている。逃してはなるものか。

 エレノアはかつて空き部屋の掃除を提案した時以上に眉根を寄せて腕を組んでいる。彼女の一挙一動を見逃すまいと瞬きすら惜しんで僕は机の上で拳を握りしめていた。

 「うーん……」とエレノアが呻き声を漏らす。空き部屋掃除より迷っているその反応が核心に迫っていると言ってもいい。

「別にすぐ決める必要はないよ。明日じゃなくてもいい。まだ十日ある」

 押して駄目なら。僕は少しだけ譲歩する素振りを見せる。

「けど、僕に任せてくれるならできれば早く取りかかりたいなぁとは思っている。そこまで道具はいらないけど、一応町で最低限のものは用意してきたいし」

「態々買ってもらうのは気が引けるわ」

「それくらいの金はあるさ。意外に安いんだ、軽い点検道具くらいなら。一年に一度大掃除を兼ねて、コンロやら水回りの点検をやるだろう? それに似た魔具がたぶんオルナ町の雑貨屋にも売っている。それにちょっと僕なりのアレンジを加えるだけだから」

「……そうね」

 勝った! とガッツポーズをしたいのを堪えて僕は誤魔化すようにクッキーを口に放り込む。続いてダーンエイティー。琥珀色の液体の表面が波打って僕の顔を歪んで映していた。

「ごめんなさい、やっぱりお断りするわ」

「どうして」

 嘘だろう。一気に奈落に突き落とされたようで、思わず声を張る。想像以上に刺々しい声色になって、僕は慌てて口を噤んだ。エレノアはそんな僕を丸くした瞳に捉えた後、数回瞬きをしてそれから律儀にも理由を語り始めた。

「……別に見られて困るものなんて散らかった部屋が恥ずかしい感情以外にないんだけどね」

「エレノアが片付け苦手なのはもう知ってるよ。例えばこのダイニングだって調味料が戸棚から出しっぱなしなことが多いし。何を今更」

「そうね。でもやっぱり魔具を購入してまであなたにやらせるのは、って」

 困ったように微笑まれ、僕は面食らってしまう。申し訳ないという感情の奥に、瞳の奥に明確な拒絶の色を感じたからだ。

 カチャリとカップが音を立てる。エレノアがダーンエイティーを飲み干した。

「本当にありがたいんだけど、例えば研究室のように魔法使いじゃなければ危険なものがこの家には存在する。勿論あなたも利用するような生活圏内には置いてないし、ちゃんと魔法管理法に従った保管用魔具にしまってあるわ。だけど研究室と私の自室には危険な魔具や魔導書があるの。万が一ってこともあるからね。だってやるなら自室を一番やりたいだろうし、そこ以外ならって思ったんだけど」

 エレノアが天井を見上げ、僕は少しだけ俯いた。

 明らかに悟られていた。

「さっきあなた、この上。つまり私の部屋の場所を見てたでしょう。おそらく、私の自室が一番騒音の原因があると思っている。違う?」

「違……わないな。うん、正直一番恐らく可能性があるのはそこかなって考えている。……女性の私室に無理やり入りたいみたいで不快に思うかもしれないけど」

「気にしてないわ。あなたが変質者ならもう侵入しているだろうし、そこは信頼している」

「でもそれじゃあ」

「うん。だから一番怪しい場所を結局見せないで終わることになりそう。だったらあなたに魔具を買ってもらってまで点検してもらう必要がないかなって」

「僕は平気だよ。それにきちんと危険物が保管されているなら問題ないじゃないか。恩を少しでも返させてくれよ」

「せっかく点検してくれるって言うんだからお願いしたい気持ちもあるの。でも、ごめん。ありがたいけどやっぱり恥ずかしいわ、部屋本当に散らかっているし」

 数秒、部屋を静寂が包む。完全な交渉決裂だった。これ以上粘ってもエレノアは首を縦に振らない。何より本当に変態か不審者認定されてしまう。それは避けたかった。

「……わかった。無理を言ってごめん。いきなり部屋を見せてって言われても迷惑だよね」

「迷惑じゃないわ。寧ろ私のためにやってくれようとして嬉しく思っているの」

 「私がズボラじゃなければ頼んでいたわ」と悪戯っぽく笑い、今度は青の花のポットを取った。ホワイトエイティーの方だ。

「こちらこそありがとう。いきなりの提案なんて門前払いでも可笑しくないのに検討してくれて。真剣に考えてくれて嬉しかった」

「気にしないで。助かると思ったから検討したのよ」

 ダーンエイティーより薄く明るい琥珀色がエレノアのカップに注がれる。意識しているからだろうが、やはり爽やかな柑橘系の香りが漂ってきていた。

「ねえ、エレノア。ダーンエイじゃなくていいの? クッキーにはこっちが合うって」

「ああ。でもこっちだけ残すの勿体ないでしょ。それに」

 何故だかはわからない。けれど僕はそのエレノアの顔を見て、背筋が寒くなるような、それでいて胸を掻き毟りたくなるような悲しみに包まれた。

「片方だけ選ばないの、嫌いなの」


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