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森の奥には〇〇が暮らしている  作者: 高崎まさき
3.疑念と探索
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3-2 二つの部屋

3-2 二つの部屋


 ここに一カ月間住まわせてもらえるようになる話し合いの時、僕はエレノアに二つの部屋の掃除を提案した。正直に言ってしまえば彼女に取り入るため雑務を引き受けようとしたのが理由だ。「考えさせて」と神妙な顔つきで俯いたエレノアの反応は本気で検討していたように見えた。

 が、その後彼女からの返事は“NO”だった。曰くやはり汚い部屋を見せるのには抵抗がある、と。

 だから僕は一度もこの二つの部屋に入ったことはない。それどころかドアノブにすら触れていないし、エレノアの手で開いたところも見ていない。

「まさか、な」

 アイネの実の実物は当然、見たことはない。植物図鑑や眉唾物の宝を紹介している雑誌に載っている写真でダイヤモンドよりも輝いている石のような実を確認しただけだ。

 この部屋に魔物入りのアイネの実が保管されているかもしれない──!

 過ぎった思考に僕は瞬きの回数が増える。一瞬、それが魔物の隣で寝泊まりしていた恐怖と迂闊さに繋がる事実よりも幼い頃に読んだ絵本を思い出していた。

 冒険者がきらきらと輝くアイネの実を見つけ、魔物を使役し人間を滅ぼそうとする魔王を封印して英雄となる。そんな御伽噺に友人達は冒険者に憧れを抱いたが、僕はアイネの実に惹かれていた。

 かつてこの世界を支配していたとされる魔王。魔物を使役し人間を滅ぼそうとこの大地の半分以上は魔王の領地だったなんて与太話が残っている。今じゃ誰も信じちゃいないが学校で歴史の授業がなかった時代、魔法と科学が発達し切っていなかった時代では本気で信じられていた。歴史の裏で人間と魔王の戦いは存在し、世界は守られたのだと。

 だからあの絵本は空想じゃなくて真実を描いているとされていた。気が遠くなるような遥か昔には。

 それでも憧れた。嘘だとわかっていても美しい物語だと思った。

 こんな物を手に入れられたら僕も英雄になれるのだろうか。誰からも賞賛されるのだろうか。

 懐かしい昔話だ。あの時の友人達とは全員疎遠になっている。もしかしたらその中の誰かは本当に冒険者になっているのかもしれない。一方、僕は。

 一歩、自室から左へ進む。そしてもう一歩と、進んで行く。

 隣の部屋の前に立つ。L字型廊下の下部に並んだ三つの部屋の内の中央。剣をベルトに固定し直し、右手をゆるりとドアノブへ伸ばしていく。

 魔物をアイネの実に閉じ込めているならエレノアは自分の部屋に置くのでは?

 いや、見つかるといけないものでもさすがに魔物が入った危険物を自室には置かないだろう。

 この部屋と隣の部屋にもしなければ、僕はエレノアの自室をも漁るのか。親切な女性の部屋に無断で侵入し、隅から隅まで調べ上げ輝く“宝”を手にするのか。なんて“英雄”だよ。

 ぐるぐると様々な考えと感情が巡り、そして右手がドアノブに置かれた。

 本当は魔物なんか見つけたくはない。遭遇したくはない。そしてさすがにエレノアの部屋漁りをするのは罪悪感がある。同じ部屋漁りでもだからこちらの方がマシだ、と最悪の納得をして手に力を込める。

 すんなりとドアノブが下がり、開いていく。埃っぽい匂いが鼻をついた。

くしゃみを堪えながら屈みこみ、床に人差し指を這わす。匂いの割に埃が床に体積していないのを確認し、一歩踏み入れそっとドアを閉めた。借りている部屋よりも少しだけ薄暗い気がする。閉められたカーテンの両端から漏れる日光が唯一の光源だった。電気を点けるのは危険なのでそのまま周囲を見渡す。一言で表すならエレノアの言っていたとおり、ただの散らかった部屋だった。

 窓枠以外の壁を大小様々な棚やタンスが覆い、殆どが本棚だ。そして床にはこれまた様々な箱や剥き出しの家具が置かれたり、本が積まれたりしていた。部屋中央に置かれた小さめのテーブルの上には紙束が紐で括られ一応まとめられていた。一番近くにあった本棚に顔を寄せ背表紙を読めば魔導書ではなく普通の本のようだった。実用書、小説、図鑑。一階のリビングダイニングにあるような本が並べてある。冷静に考えれば商売道具で使用中のものは全て研究室だと言っていたし、魔導書はきちんと研究室や自室に保管してあるのかもしれないと、次の棚に目をやる。ハイチェストであり、そっと引き出しに手を伸ばせば服が畳んでしまわれていた。本当に倉庫として使っているのかと妙な納得と共にまた一歩足を進めた。

 本棚。本棚。コートがかかったワードローブ。筆記用具とノートがしまわれた引き出し。買い溜めしたであろうトイレットペーパーやティッシュボックス。年代物な気がする掃除機と一年程前に流行した健康器具。机の上の書類はよく見れば週一回エレノアが購入する新聞で、早い話がその束だった。日付は三カ月前でオルナ町での強盗事件が一面に載っていた。所々に置かれた謎の家具達に足を引っかけないように気を配りながら部屋を一周する。結局この部屋にあったのは一般的な日用品だけで、“掃除が苦手な人間が空き部屋を倉庫代わりにしている”ようにしか見えなかった。

 はあ、と溜め息をつく。吸った空気に埃が混じっているような喉のざらつきを感じたが、そこまでではない。人の部屋を漁って酷い言い草だが、がっかりだ。絵本の冒険者のようにはいかないと部屋を出ようとした時だった。

 ミシリ、ミシリ。

 不快な、そして僕の恐怖の源と化した音が背後からしたような気がして、思わず振り返る。ただの散らかった部屋。何も変わらない、僕が勝手に漁ったエレノアの倉庫が広がっているだけだった。

 それでも首筋に水滴を垂らされたような気持ちになって、僕は急いで部屋を出る。金具が鳴らないようにゆっくりとドアノブから手を離し、はあ、と音が出る程息を吸ったことで自分がミシリと音がしてから息を止めていたことに気がついた。

「なかったな……」

 一人ごちながら当然のように視線は隣の扉へと向けられていた。L字の下辺の先端に位置する、つまり僕が借りている部屋の隣の隣。残るはこの部屋とエレノアの自室だけだった。


◇◇◇


「特別だからね」

 ここに住まわせてもらってから三日目の昼のことだったと思う。エレノアは案内し忘れていたと頭を掻きながら僕を手招きする。リビングのソファから立ち上がり、廊下へ出てすぐの右の扉。エレノアは悪戯っぽく笑ってドアノブに手をかけた。

「ここが制御室。その名のとおり温室の制御装置があるだけなんだけど」

「意外に少ないんだね、装置」

「魔導書だからね、これ。水遣りや温度の管理も魔力の注入も全部魔法使いの力量次第だから」

 真っ白な部屋の中央にポツンと大きな黒い箱とが置いてある。そしてそこから管が何本も伸び、壁にかかった硝子板、つまりモニターに繋がっている。それぞれ温室の様子や何らかの数値、おそらく温度や魔力濃度等を映し出していた。

「そして隣は薬品倉庫ね。店頭に並べ切れない在庫や研究室で処理をした薬草をしまっておく」

 階段を挟んで隣の部屋へ向かい、エレノアが鍵穴に鍵を差し込んだ。

「一人暮らしだけどね。一応鍵はかけるのよ」

 途端、幼い頃に母に飲まされた風邪薬を濃くしたような匂いが鼻をつく。僕が慌てて反対側を向き、手を押さえてくしゃみをすればエレノアがクスクスと笑った。

「倉庫の方に向かってしないの、大正解」

 綺麗なガーゼのような布を差し出され僕は三角形に折ったそれで口元を覆い後頭部で結ぶ。かちりと照明がつく音がして振り返れば大きな硝子戸の棚が並んでいた。

「図書館みたいだ」

 学生時代に行った大きな図書館の本棚を思い出す。僕の背よりも高く等間隔に並んだ本棚が延々と並んでいる。圧迫感で眩暈を覚えながらも目当ての本を探そうとうろついていたこともあったっけ。結局、目当ての本を探すのに検索機を使用したのにも関わらずかなり時間がかかってしまった。慣れないことはするものではないが、今思えば慣れた方が良かったのだ。

「ああ、似ているかもね。配置考えるのに無意識に参考にしたかも」

 その本棚のように薬品棚が並んでいた。棚に僕にはわからないが何らかの番号が振られている。きっとエレノアはその番号で薬品、あるいは薬品になる前の収穫した薬草を管理しているのだ。その証拠に何らかの魔法が発動していて、戸棚が僅かだが光を帯びていた。おそらく薬草の鮮度やら何やらを保つための魔具なんだろうと思う。

「ここは魔具で品質管理しているからそのまま入っても平気よ、入る? ……匂いが大丈夫だったらだけど」

「……せっかくだから見学したい」

 ああ、やっぱりと得心しながら頷く。しばらくエレノアの説明を聞きながら僕は魔法薬の種類に大きく驚くこととなり、満足気に倉庫を出る。

 そのまま廊下を進み、基本的には誰も訪れず使用されない薬局へと足を踏み入れる。そしてカウンターから出ずに左。重厚な金属製の扉の前に僕達はやって来た。

「ここが研究室。ま、研究というか薬草から魔法薬を作ったりしている実質の作業場って言った方が正解かもしれないわ」

「へぇ」

 僕は溜め息をつくように声を漏らし下から上までその扉をじろじろと見つめる。

 異質、だった。

 今まで見せてもらったエレノアの家の様々な“仕事道具”達はどれも一般の家庭にあったら違和感を覚えるものだったかもしれない。でも、一応馴染んでいた。あくまで一軒家の一部の範疇であり、扉もそのまま僕が借りている部屋とほぼ同じ構造のものだった。魔具が組み込まれていたり何かしらの管理のための魔法をエレノアがかけている可能性もあったが、“少し妙な”部屋で済むものだったのだ。

 けれども、ここは違う。扉が金属製だからだけじゃなく、対峙するだけで産毛が逆立つような危機感が身体を走り回るのだ。

「ちょっと怖い……?」

 エレノアが不安気に僕を見上げた。

「何だろう。圧迫感が凄いというか」

「ここ、扉自体が魔具で余計な細菌や魔力が入らないように結界を張っているから。ごめんなさい。あなたの鎧が反応しているのかもしれないわ」

「それは僕が望んだことだから。でも、そこまで研究室にするの?」

「だってお客様の口に入ったり、肌に塗るものを扱うのよ。こんな辺鄙な場所にある薬局でもそれは守らないと。鍵魔法をかけて私じゃなきゃ扉が開かないようにもしてるわ」

「それは……そうだね。ごめん。ちょっと違うかもしれないけど、食品を扱う工場と同じってことでいいのかな」

 幼い頃学校で缶詰の工場見学をしたことがあった。硝子越しに白い特殊な服を纏った職員達が作業をしているのをじっと眺めていた記憶が蘇ってくる。たしか工場の作業場に入るのに魔具の一つである服を纏い、除菌室を通って、更に何か特別な部屋を通らなければならないと係員が溌剌と説明をしていたはずだった。もう殆ど覚えていないがきっとそれに近いのだ。

「そのとおりよ」

 エレノアが頬を緩め、金属製のドアノブに手をかける。すると金属製の扉に何重もの円がずれて重なったような文様が浮かび上がりエレノアの手の平と扉を輝かせた。

 気づいた時には金属製の扉の表面に水の膜のようなものが浮かび上がっていた。

「ごめんね。だからここには入れられないの。代わりに……ほら」

 水の膜が波打ち、何かぐにゃぐにゃとしたものが映し出される。僕は顔を近づけ眉毛の辺りに力を入れて凝視した。やがて波が引き硝子板のように水が固まる。そうして映し出されたのは……。

「これ研究室内?」

「ええ」

 僕は更に目を凝らす。白を基調とした床と壁の部屋の中央に大きなテーブルが置かれ、そして見たこともない器具達が並んでいた。テーブルから右の棚の上に数本の瓶と魔導書らしき本が積まれている。隣にあるのは電話だった。「リビングにあるのと同じでどちらでも取れるようにしているの」とエレノアが付け加える。

「もしかしてこれで薬草を加工している?」

「ええ。あくまでも一部でしかないけど、他の部分は申し訳ないけど内緒ね」

「“企業秘密”ってやつかい?」

「うん。だからあくまでも研究室の見せられる部分だけになるけど……まあこの中はこんな感じで私はここで魔法薬、つまり商売道具を作っている」

 そうエレノアが言葉を区切れば水のような膜はあっという間に消え、薬局内が静寂に包まれた。残ったのは僕とエレノア。そして相も変わらず僕を圧迫してくる金属製の扉だけだった。

「凄いなぁ」

 不意に言葉が唇から漏れていく。僕はハッとして隣のエレノアを見下ろせば、少しだけ頬が朱に染まっていた。

「扉が?」

「違うよ、エレノアがだよ」

 答えがわかり切った、不要な確認をエレノアがする。染まった頬に気づかずに何のことはないと虚勢を張る彼女が初めて子どものように見えた。口を滑らせたついでだと僕は続けた。

「全部エレノアが管理しているんだろう。一人で一から作って生計も立てられているんだ」

「褒めても何も出ないわよ」

 上目遣いの瞳の奥に歓喜の光が宿ったの見て、何だか微笑ましくなってしまった。

「本当に称賛しているんだ。君の作ったものを求めている人達がいる……それは本当に素晴らしいことだよ」

「……ありがとう」

 ふいっと俯かれ目線を逸らされる。はにかむエレノアをからかう訳にもいかず──なにせこの時はまだ出会ってすぐだったのだ。僕を善意から住まわせてくれる家主をからかうなんてとてもできない──黙っていれば、面映ゆさが伝染し僕の頬にも熱が溜まる。

 居た堪れない空気が流れる中で僕達はまた少しだけ心を通わせた気がしたのだった。


◇◇◇


 だから僕は研究室の全てを見てはいない。けれどあの研究室に魔物入りアイネの実があるとは到底思えなかった。エレノアの魔法薬を提供する魔法使いとしての姿勢は真摯そのものだ。異物である魔物を研究室に入れるはずはない。ここは自分のエレノアの印象を信じたかった。

 つまり、エレノアを“信頼”するならばこの家で今、僕が確認していないのはエレノアの自室と今から侵入しようとしている端の部屋だけになる。逆に言えば、このどちらかにアイネの実に入った魔物が潜んでいるのだ。

 僕はそろりと一番端の部屋の前へと足を数歩進め、ドアノブに手をかけた。魔物の危険性を確かめ任務を遂行する。そのために僕はゆっくりとドアを開いていった。


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