罪悪感と恐怖。Ver.渡辺大弥
☆★☆ 昼休み 教室 ☆★☆
渡辺大弥は怯えていた。
オレが竹中を強者と認め、賞賛をこめて掛けた言葉があらぬ方向に独り歩きし始めてしまったからだ。
『魔王』
昨日の俺の発言の影響で、クラスメイトたちが竹中の事を『魔王』と呼び始めた。
これは俺が思ったことを素直に表現した言葉だ。
『魔王遼太』
これをクラスメイトたちは面白いと言った。
確かにあの風格は「魔王」と言うにふさわしい。と同意してくれた。
そして『魔王』が『天使』を救ってくれたんだ。と大いに沸いた。
確かに森口を守ろうとしていた竹中という漢には『魔王』と言うに相応しい風格があった。
竹中はクラスメイトたちからの悪意を森口から逸らし、自分に向けさせて平然としている気概を持っていた。
オレはまさに、竹中を『こいつこそ男の中の男』だと感服した。
このオレの感覚に間違いはない。
しかし、一歩クラスから出ると、聞こえてくる噂はオレの感覚とは異なっていた。
クラスメイトたちは、概ね竹中の事を確実に好意的な解釈で噂をしていた。
しかし、学食で飯を食っている時に聞こえた、他のクラスの知らない奴らの声は全く違った。
曰く『魔王を名乗る陰キャの竹中は、堕ちた天使を誑かして我が物とした』
そんな事実無根の話が聞こえた。
オレは自分の耳を疑った。
(は? なんだそれは?)
(馬鹿やろう! そんなのは事実と全然違うぞ!)
奴らは本当の事を知りもしないくせに、したり顔で話す。
さらに。
『落ち込んでる女は落としやすいって言うのはホントだったんだな』
『結局、あの天使様は天使様のままで、汚れてなんかいなかったんだろ?』
『あ~あ。いいなぁ、その場に俺がいたら、慰めて俺の女にしてやったのに』
(ばかやろう! 森口が貴様らなんかに靡くものか!!)
(それに竹中は、決して森口を誑かしたりなんかしていない!)
(なんだ? 何なんだよこれは? この状況は?)
(…クソッ!そうか…オレは、馬鹿だ…馬鹿なんだ)
(馬鹿で愚かで考えなしな発言によって、また同じ過ちを犯してしまった)
(ついこの間、オレは森口に対して醜い感情を叩きつけて、それが原因で悪意ある噂がばらまかれてしまった)
(そして今回、竹中に対しても同様に、悪意ある噂の原因を作ってしまったらしい)
(オレは全く成長していない。いくら悔やんでも悔やみきれない)
(オレは、アイツに、竹中に、感謝の意を込めて、お前は凄い奴だと言いたかっただけなんだ)
(オレは、竹中は尊敬するに値する男の中の男なんだ、という意味を込めてそう言っただけなのに……)
竹中は、今週いっぱい『家庭の事情』で休校すると担任から聞いた。
そう…『家庭の事情』
それは、誰かが登校拒否で休む際に親や先生たちが語る、詳しく説明できない事情を曖昧に伝える際の、常套手段として使われる『建前』に他ならない。
それをオレに確信させる会話が、学食の中央付近から聞こえた。
曰く
『魔王を名乗っている竹中ってバカな奴、実は小学生の頃はいじめられっ子で、登校拒否してたこともあったんだぜ。おれ同級生だったんだ』
『そいつのクラスの女子に聞いたんだけどよ~、この間の昼休みに、女子っばかり何人も集めて、黒い薔薇の造花をわざわざ目の前で作って堕天使にプレゼントしてたんだってよ』
『うわっ、キモ~~…想像しちゃったよその風景』
『手つきがすげーイヤらしい感じで女子達から「魔法みた~い」なんて言われてニヤニヤ有頂天になってたって聞いたぜ』
『ハッ、計算高い女子力魔王気取りかよ! ヘッ、笑わしてくれる』
『いっそボコるか……?』
『そこまでしなくても、脅かしてダッセー姿、晒さしてやろうぜ?』
『元いじめられっ子の本性暴露ってヤツ? うわ、マジ面白そう~』
……罪悪感。
確かに怒りも強く感じてはいるが……
オレには怒りよりも罪悪感……
そして、それを遙かに凌駕する恐怖という、馴染みのない感情が、オレの中で初めて沸き上がり、渦巻いていた……
オレは今、噂という目に見えない悪意に、生まれて初めて、心の底から恐怖してしまっていた……




