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一つの恋の……抗辯③

 金銭的援助……アリーシャが一番触れられたくない事だった。

 金の使い道が不味かった、昼間の入浴や仕事の身代わりは未だしも警備担当の買収を知られては一巻の終わりだ。


 アリーシャとしては無罪を主張し認められて堂々と正面からこの修道院を出ていく予定であったがもしもの時の為にと買収したことが露呈(ろてい)すれば脱獄を企てたと疑われてもおかしく無い状況だった。


「そ、それは……そう言う意味では無くて」

 頭の中でごちゃごちゃ考えていたせいで、(あせ)ってつい口が滑る。

「そう言う意味とは?」

「そ、それはその」

 院長からの言葉に途端にしどろもどろになり挙動不審となった。

 これまでのふてぶてしい態度から一変して視線が定まらず誰かに助けを求めるかのように落ち着きの無いものとなる。


 壁際に座った警備担当責任者に目線で合図を送ろうにも注目されていて出来ない。

「既に報告が上がって調査が済みました。脱獄を計画していましたね」

「そんな事は絶対にありません!私は無実でハワードが迎えに来てくれるのを待っているのですから」

「そんな人が大金を使って警備の者を抱き込みますか?常識で考えて必要無いでしょう」

「あ、暗殺者が来るかもしれないのでもしもの為にです」

「ぶっ、暗殺者ですって?」

 あちらこちらから失笑が漏れる。

「そうなんです。私は元王太子殿下の婚約者です。狙われて殺されるかもしれないのです。だからこそ逃走経路を把握しておかないといけないのです」

「夢物語はその辺で結構です。今確かに()()()()()()と言いましたね」

「安全確保の為です、重要人物なのですから」

「自分で自分を重要人物と言う人に初めて会いました。忘れているかもしれませんがここは国で一番堅牢(けんろう)なモントーレ修道院ですよ。蟻の子一匹逃しません。侵入も出来ない造りになっています」

「と、()(かく)脱獄は誤解です。ハワードが証明してくれます」


「先程から言っているハワードとは?」

「婚約者のハワード・ウェールズ公爵です」

「婚約者?それは本当ですか?」

「今は違いますが将来を約束しているのです」

「今は違うとは?」

「今はまだ公爵では無いですし、その……妻がいます」

 アリーシャの声は次第に尻すぼみになった。

「その内公爵となられるのでしょうが妻が居るのにあなたと約束を?」

「愛のない結婚なので離婚するのでしょう、私を()れは其れは愛していますから」

「事情を是非聞きたいですね、夫妻をこちらにお呼びなさい」

「はい」


 扉一枚隔てた隣の小部屋から数人の男女が出てきた。

 貫禄の出てきたメリッサと車椅子に乗ったフードを目深にかぶって下を向いた痩せた男。

 そしてその車椅子を押す執事。


「今までのやり取りは隣の部屋から聞いて貰いました。ようこそ。遠路はるばるいらっしゃいました」

「メリッサ・ウェールズです、こちらは主人のハワード・ウェールズです。病気を患っておりますがうつるものではありませんのでご安心を」

「ハワード・ウェールズです」

「ハワード!私の愛しい人。迎えに来てくれたのね」

 アリーシャが声に反応して立ち上がって駆け寄る、三文(さんもん)芝居を見ているようだとメリッサは思った。

「来るな!」ハワードが手で拒否するがすでに遅く。

 アリーシャは救世主とばかりにハワードが座る車椅子まで駆け寄ってフードを覗き込んだ。

「ハワードどうしたの?フードなんかかぶって。私に顔を見せて頂戴」

 そう言いながらフードを取った。

「止めろー!」

「ぎ、ぎゃぁー!ば、化け物ー!」

 アリーシャは思わず腰を抜かした。

 そこには皮膚病に侵されたかつてプレーボーイの名を欲しいままにした男の見る影もない成れの果てがあった。




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