一つの恋の……深淵
なぜこんな事になったんだ。
「いや、来ないで化け物!汚い、うつる」
震えて尻もちをついたまま後ずさるアリーシャを見て、ハワードは頭を抱えた。
すると無情にも毛髪がまたぞろりと抜けた。
時を遡る、ここはウェールズ公爵領。
公爵である父親が病床のハワードの部屋を訪れ、人払いしてメリッサと三人で話があると切り出した。
「具合はどうだ?痒みは改善したか?」
「この所随分楽になってきました」
「そうか。メリッサ看病大変だっただろう」
「そんな。妻として当然のことですわ」
「ありがとう。メリッサには頭が上がらないな」
公爵が言うと
「ええ。その通りです」
ハワードもとても感謝していた。
「ところで今日は何の御用ですか?領地の帳簿なら執務室に有りますが」
メリッサが言った。
「いや、それは後で見せて貰おう。とても良く治めてくれて問題無いと家令からも聞いているしな。今日は別件だ」
「別件?」
メリッサが首を傾げる。
「こんなものが王都の方に届いた。ハワード、メリッサが居ながらどういう事か説明して貰おう」
手紙がハワードに渡される。
それを読んだハワードは見る影もない顔を歪めた。
メリッサがその手紙を横からサッと抜き取り目を通す。
咄嗟にあの手紙と同じ物だ、と思い演技を始める。
「あ、あの意味が分かりませんわ。アリーシャってあの?」
ガタガタと震えて見せて両腕で体を守る様に抱く。
「そうだ。あのアリーシャだ。何でこんなものが我が家宛に来る?」
「……」
「ハワード黙ってないで答えなさい」
「これは、その……」
「あの毒婦とまだ繋がっているのか、お前は!」
「繋がっているとはどういう事ですか?お義父様」
「こいつとんでもない事を企んでいるんだ。お前愛妾にして王都に屋敷を与えるつもりなんだな」
それは静かな怒りだった。
「この手紙によると金銭の援助もしていたと言う事ですか」
「どうもそうらしい」
「でも、援助をすると言っても私が財布の紐を握って居ますのでそんな事は出来無いかと」
「あの女が修道院に入ってから我が家の取引業者や商人が頻繁に入れ替わらなかったか?」
「そう言えば……」
「秘密裡に調べさせたところ賄賂を貰っていたらしい」
「賄賂のお金をアリーシャに貢いでいたんですか?」
「そうだ」
メリッサは目眩を起こしたようにふら付いて見せた。
そして口元をハンカチで押さえて泣いている風を装い離れた椅子に顔を背けて座る。
「この件は大問題になる。そう判断したからエドモンド殿下に報告した」
「殿下に?そんな」
ハワードは逃げ道が残されていない事に気が付いた。
「お前の一存で、一族の総意では無いと申し上げた」
「……」
「選りにも選ってメリッサと言うものがありながらこのバカ息子め!」
「申し訳ありません、一時の感情でとんでもない事を仕出かしました。今は全くその気はありません。その証拠にもう手紙は出しておりません」
「本当だな」
「はい」
「メリッサ済まない。こんなに良く出来た妻が居ながら血迷いよった」
「お義父様……」
「殿下もお調べになるだろうし呼び出しもあるだろう。素直に応じる様に」
「はい」
「あの?手紙初めてじゃないですよね。すべて出して見せてください」
メリッサが言った。
観念したのかハワードはマットレスの間から数通の手紙を出してきた。
「こんな所に隠しおって病気で無ければ殴っていたわ」
気まずい空気が流れた。
そして暫くしてアリーシャの入所しているモントーレ修道院からアリーシャの事で聞きたい事があるのでお越し頂きたいと手紙が来た。
最初は行きたくないと言っていたが、もう全て明るみになっていると低い声で言うとメリッサに見捨てられるとでも思ったのか渋々了承した。
それで夫婦と執事で修道院に向かった。
ハワードはメリッサが薬を浴槽に混ぜるのを止めてから随分と回復して旅が可能となった。
しかし頭髪は戻らず傷跡だらけで色素沈着を起こし、その上まだ痒みがぶり返し肌はガタガタで凹凸が目立ち以前の様な容姿にはもう戻れないだろうとのことだった。
それでフード付きのコートで隠して何とか修道院まで来る事ができた。
しかしハワードはアリーシャに会うつもりは無かった。
好きだった人に今の惨めな自分を見られたく無かった。
でもアリーシャは化け物と言い怯えて腰が抜けたのか尻餅をついたまま後ずさって離れていく。
それで思わず車椅子から立ち上がった、足が萎えてバランスが上手く取れない。
ふらついてうつ伏せに転びそのせいでアリーシャとの距離がグッと縮まった。
思わず彼女の足首を掴む。
次の瞬間目を見張り悲鳴が上がりアリーシャが自分に向けて何か口汚く叫んでいる。
そして反対の足で目から頭にかけて思い切り蹴り上げられた。
⋯⋯鈍い嫌な音が部屋に響いた。
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