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一つの恋の……跋扈

 アリーシャはいつも不機嫌だった。

 あれからお金が届く事も無く今日も仕事に追われていた。

 そしていよいよ午後から懲罰会議とやらが開かれるらしい。


「全く何を話し合うと言うの?あぁ、爪が割れちゃった」

 爪を伸ばす事も叶わず水仕事の為に爪が割れて艶も無い。

 手にクリームを塗っていないので白く粉を吹いたようにカサカサでため息が止まらない。

 一枚皿をおざなりに洗ってはため息を吐くを繰り返し一緒に作業している者からは怒られてばかりいる。


「チョット、真面目に洗いなさいよ。何時まで掛かっているの?次の作業に支障が出るじゃない」

「ホント。元伯爵令嬢か知らないけどさぁ、これ終わらないとみんなの連帯責任になるんだよ」

「なによ。そんなに急いでやりたいのならアンタ達でやればいいでしょ」

 アリーシャは集中してこういった作業が出来ない。

 今までやった事も無いのだから要領も分からないし、何よりこれをやらなければ昼食を抜きにされるから仕方なく文句とため息を吐きながら渋々やっているだけだった。


「ほらちゃんと洗えて無いじゃない!キチンとたわしでこすりなさいよ」

「だってたわしってチクチクして痛いんだもの。お肌が弱いのよ、無理!」

「だからって水をこんなに無駄遣いして!少しの水でこすってそれからまとめて流すのよ。水は貴重なの。そんな事も出来ないの?」

「分かったわ。あなたは皿洗いの天才!これもついでにちゃちゃっとやっといて」

「もう嫌だ。誰かシスターに報告して来て」

 いつもこんな風にもめ事をあちこちで起こしている。


 最近ではアリーシャの顔を見ただけでがっかりする者も多い。

 だからアリーシャだけ色んな班をたらいまわしにされている。

 皆が皆持て余しているのだ。


「大体さぁ⋯⋯()(この)んで入ったんじゃなければ、ここに入れられた時点で諦めて生きて行かなきゃなんないのに、何でアンタの為に真面目に働いてる私達が注意を受けないとなんないのよ!」

「あなた平民でしょ。生意気よ。私はね、王太子殿下の婚約者だったの!高貴な出なのよ、あんた達と違って!」

「ほらまた出た。ホラ吹き女!そんな人がここに居る訳無いじゃない!」

「本当よ。私はアリーシャ・ドクトール伯爵令嬢なの。陰謀(いんぼう)(おとしい)れられてここに居るの。その証拠にハワード・ウェールズ公爵がその内迎えに来る事になってるのよ!」

 余りに堂々と言うものだからその場にいた者達は一瞬黙って顔を見合わせた。


 その時一人のシスターが入って来た。

「あなた方何をしているの?手がお留守になっているみたいだけど」

「ミリーナシスター、この()()()アリーシャ様が皿洗いは出来ないと(おっしゃ)っています!」

「今何て言ったの?」

「私達に自分の分までやれと仰っています」

「何ですって、それは本当ですか?」

「これは私のやるべき事ではありませんわ。爪が割れてしまったので医務室に行ってきます」

「チョット……」

 シスターの止める声も無視して医務室へ逃げ込む。

 アリーシャが最近よくやっているサボタージュだ。


 医務官の老医師はいつもアリーシャが来るとギョッとする。

「先生、大変です。爪が割れてしまって血が噴き出しました。包帯をお願いします」

「どこから血が?私には見えんのだが」

「ほら、ここです。包帯は沢山巻いて下さいね。(しばら)くお仕事も無理そうですわ」

 どう見ても薄爪が少しむけただけに見える。

「巻く必要も無いな。いい加減にしなさい。貴重な物なんだ」

「包帯ごときが貴重ですって!先生はもう引退されてもいいのではないのですか?物の判断も付かないし何より目がお悪いようだから」

「出て行きなさい!」

 看護師にも追い出されアリーシャは早々に部屋に戻る。



「全く頭が固いんだから。もっと若くて優しい男性がいいわ。懲罰会議で提案しましょう」

 アリーシャは全く懲りもせず持論(じろん)を展開する、ここは厳しい修道院であることも忘れて。

「それと懲罰会議でここからの退所を宣言しなくっちゃ。ハワードはまだ治らないのかしら」

 メリッサが書いた偽の手紙で病気でと書いてあったのでまだ我慢していたアリーシャだったがそろそろ退所の宣言をしてもいい頃合いだと思っていた。

 アリーシャは懲罰会議の開催の意味をまるで分っていなかった、自分の要求を一方的に伝える事しか考えていなかった。


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