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一つの恋の⋯⋯冷笑

 ハワードはこの病を患ってから他人を気遣う余裕がなかった。

 ()(かく)壮絶な痒みと闘わなくてはならず何か報告があっても上の空で返事をして後になってそう言えば何か言っていたような⋯⋯位の認識しかなかった。

 なので隔離の為に本邸裏の別棟(べつむね)に移された事も、世話をする者を限定された事も外部との連絡手段さえ取れなくなった事さえも何処か他人事のようにさえ感じていた。

 しかし女性大好きな男にとって此れだけは不満を持った。


「あなた、ご不自由お掛けしますが使用人も限定させて頂きます。男性のみになりますが私は変わらずお世話しますのでご安心下さい。何かありましたら何なりと仰ってくださいね」

「何故メイド達は?」

「先日もお話ししたではありませんか。女性には手に余りますので男性のみにさせて頂くと」

「うつるから嫌だとでも言ったか」

「そのようなこと言う者は此処にはおりません。ただ女性だと縁談等に関わる事もあろうかと私が判断しました」

「何か噂にでもなっているのか?」

「⋯⋯」

「いいから言ってみろ」

「気を悪くなさらないで下さいね、何処からか噂が広まってしまって」

「それで?」

「女遊びで性病をうつされたと。否定はしておりますが他人の口に戸は立てられず申し訳ありません」

「うつらないと言ってもか」

「はい、現にメイドの一人が決まっていた縁談を断られました」

「⋯⋯」

 メリッサはハワードの苦悩の表情に気が付かない振りをして言葉を続けた。


「メイドが影で泣いておりましたので理由を聞きましたら破談になったとの事です」

「⋯⋯」

「いくら若旦那様は性病ではない、うつらないと医師から言われていると言っても断られたとか」

「⋯⋯」

「他の年頃のメイド達も急に縁談が来なくなったと。みんな不安に思っているのです」

「⋯⋯こんな病になったばかりに」

 ハワードは病を発症したストレスの原因であるアリーシャの事をいつの間にか憎く思っていた。


「私がもっとしっかり箝口令(かんこうれい)を敷いていれば。考える余裕がなくて後悔しております」

「⋯⋯」

「メイド達にも可哀想な事をしましたわ。始めから私一人でお世話すれば良かったのです」

「⋯⋯」

「こんなに長引く病とも知らず配慮が足りませんでしたわ」

「いや、もういい」

「御理解頂けて嬉しいですわ。ではご不便をお掛けしない様に頑張りますから、あなたも一日も早く病気に打ち勝って下さい」


「若奥様、もうそろそろ農業担当官が来られるお時間です」

「もうそんな時間?」

「はい。急いでお着替えを」

「わかったわ。では仕事をして参ります。何かありましたらベルを鳴らして下さい。下男が待機しておりますわ」

「じゃあ、旦那様をよろしくね」

 そう言って慌ただしくメリッサは本邸に戻って行った。

 ハワードは自分の置かれている状況が日に日に悪くなって来ている事を感じていた。

 でもそれを解決する事さえできない自分の不甲斐(ふがい)なさにただただ絶望した。




 メリッサはこの件に対して終始徹底していた。

 ハワード専用の湯船に薬を混ぜる前から入浴後の手伝いは妻の務めとしてハワードが上がってすぐにタオルを渡しそれとなく湯を抜く。

 鎖を引くだけで湯が抜けていく。

 鎖を握った指は石鹸と流水でしつこいぐらいに洗いそれを他の者に見られない様に配慮した。

 他の者に皮膚病を発症させない為の用心であったが、発症してからはメイド達にうつるといけないからと言って直ぐに湯を捨てさせる。

 しかしもう既に薬を混ぜる必要も無くなりハワードが掻く度に病巣の範囲が悪化して広がっていく。

 薬の入っていた空になった小瓶も洗った後わざと割って処分済みで証拠も消えて無くなった。

 これでアリーシャは疎か他の女性とも接点が持てず完全に軟禁することにも成功した。

「早くこの手でいけば良かった、そうすれば我慢を強いられる事も無かったのに」

 小さな声で呟いた。


 そして待望の父からの返答が来た。

 父はこの状況をひどく心配しており、もう暫く様子を見て其れでも長引く様なら公爵に話を持っていこうと請け負ってくれた。これで何もかもが上手くいく。

「後はアリーシャに地獄を見てもらいましょうか⋯⋯」

 一人ほくそ笑んだ。



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