誓い
「ううん。どれもとても美味しいです」
別室で用意された早めの夕食を食べながら、レイは嬉しそうにそう言って大きく切った燻製肉を口に入れた。
離宮から戻って第一級礼装に着替えた際に、早めの昼食だと言って用意されていた軽食を摘んだきりであれだけの長い時間演奏を続けたので、まだまだ育ち盛りのレイは、実はかなりお腹が空いている。
あっという間に無くなったレイのお皿の燻製肉を見て、横で控えていた執事が追加をすぐに用意してくれた。
小さな声で執事にお礼を言ってから、新しいお皿に盛り付けられた燻製肉をお行儀よく食べ始めた。
「えっと、今夜の夜会は殿下は参加なさるんですか?」
デザートまで綺麗に平らげてお腹いっぱいになった後は、カナエ草のお茶を入れてもらって少し休憩する。
この後にある夜会に第一級礼装で出るという事は、当然陛下やマティルダ様も参加なさるのだろう。そう思っての質問だったが、振り返ったルークは笑って首を振った。
「残念ながら殿下は今夜も神殿でおこもりだよ。もちろんティア姫様もな。だからまあ今夜の夜会の主役は、オリヴェル王子とあの三人だな」
カナエ草のお茶を飲みながら、隣に並んで座っている若竜三人組を見る。
「あ、じゃあクローディアや、フェリシア様や、サスキア様もいらっしゃるんですか?」
「もちろん。ヴィゴの奥様のイデア夫人も今夜は参加なさるよ」
嬉しそうに目を輝かせるレイに、ロベリオ達は苦笑いしている。
「まあ、今夜は俺達はワインを飲む暇もないだろうな」
「そうなるだろうな。はあ……気が重い」
「僕も考えただけで気が重いです」
ロベリオとユージンの呟きに、隣に座っていたタドラも同意するようにそう呟き、三人揃って大きなため息を吐くのだった。
「お疲れ様でした。どうぞこちらに」
大役を果たしたクラウディア達は、控え室に戻って寛ぐ間も無く大掛かりな衣装をとにかく先に脱いでいった。
彼女達の周りでは、世話役としてついて来た見習い巫女達が脱いだ衣装を綺麗に畳んで箱にしまったり、彼女達が外した髪飾りを専用の箱に入れて片付けたりしていた。
いつもならこの場にニーカとジャスミンもいるのだが、今日の彼女達はティア姫様のお手伝いのために神殿に残っているのでここには来ていない。
「じゃあ私達は着替えたら先に姫様のところに戻るから、悪いけれど後片付けをお願いするわね」
クラウディアと同じく、ティア姫様のお世話係の一人であるリモーネがそう言い、脱いだ衣装を横で待っていた見習い巫女に渡した。クラウディアも衣装を脱いで渡すと、結い上げていた紐を解いて髪を下ろした。
真っ直ぐで柔らかな彼女の髪は、いつも舞い終わって解くと癖がついてしまっているのだ。
気にせず、用意してくれていた湯で軽く髪を濡らしてシルフ達に頼んで乾かしてもらう。
これは、他の巫女達の分もやってあげているのだが、普通に濡らして乾かすよりも確実に綺麗に戻るし時間もかからないので、いつも皆に喜ばれている。
自分の身支度を整えてから順番に手早く髪を梳いてやり、シルフに頼んで癖の部分を戻してやる。綺麗になったところでクラウディアとリモーネは先に神殿に戻っていった。
丁度今、ティア姫様は一人で祭壇の前で決められた結婚式の前日に行われる神事を行なっている。
火を決して絶やさぬように常に蝋燭を灯しては祈りを捧げ、一定時間毎に訪れる僧侶達から柊の枝や鉱石などの決められた恵みの品をもらう。チェルシーやカウリもやった、あの結婚式前日の祈りの時間を過ごしているのだ。
全ての品を受け取れば、それらを全てひとつずつ順番に祭壇の前に用意された台の上に並べていき、それからまた別の決められた祈りを捧げる。
これから明日の夜が明けるまで一晩中、花嫁のための祭壇では蝋燭を灯してまた祈りの時間が延々と続くのだ。
「恵みを感謝します」
ミスリルの鈴が振られ、枝付きのたわわに実ったさくらんぼが差し出されたのを見て、アルス皇子は決められた答えを返して一礼してからその枝を両手で受け取った。
通常の結婚式の場合には、カウリ達が行なったように、悪しきものを祓ってくれ道を進む者を守ってくれる柊の枝、その季節の枝と葉の付いた果物、パイライト鉱石、抜き身のナイフの四種類なのだが、皇族の男子が結婚する場合にはこれ以外にも順番に渡されるものがある。
一つが、房のままの麦の束。
それを受け取る際に、用意されていた布で花束のように包んで麻の紐で固く根元を縛る。
これは国の人々を決して飢えさせない、食料となる穀物を守るという誓いの意味がある。
二つ目が、国内で採れた鉱石と宝石の原石。
これは国内の産業を守り、国を強くすると誓う意味がある。
今回、この鉱石はギードの鉱山で採れたミスリル鉱石が使われ、宝石の原石は、マイリーの実家であるサファイア鉱山で採掘された巨大なサファイヤの原石がその役目を果たしたのだった。
三つ目が一振りの宝剣。
これは軍部を掌握して統率し、国を守ると精霊王に誓う意味がある。
直系の後継となる男性の場合にのみ宝剣が渡され、それ以外の男性の場合には、鏡のように磨かれた小振りなミスリルの盾が渡される。それには、文字通り盾となり国を守る一助となる事を誓う意味がある。
四つ目が、建国当時に記されたとされる古い一冊の本で、普段は城の図書館で厳重に保管されているうちの一冊だ。
内容は、この国の前身である三つの国々が戦い同盟を結んだ際に記された克明な記録で、一冊しか存在していない貴重な本でもある。
これを受け取る事で、結ばれた同盟を守り引き継いでいき国の文化と伝統を守る誓いの証となるのだ。
そして最後が、守護竜である老竜フレアの剥がれた霊鱗。
これは文字通り、伴侶の竜と常に共にあると改めて誓う意味があるのだ。
『成る程な。皇族の場合は市井の人々よりも誓わねばならぬ事も多く、また守らねばならぬ事も多い訳か。面倒なものだな』
鼻で笑ったブルーのシルフの言葉に、隣に座った守護竜であるルビーの使いのシルフは苦笑いしている。
『それは当然であろう。面倒などと言うでないわ。アルスは将来、文字通りこの国を背負って立つ人物だ。当然、その肩にかかる責任は誰よりも重く尊い』
『そうであったな。では彼の将来が善きものとなるよう我からも祝福を贈らせてもらおう』
ふわりと浮き上がったブルーのシルフは、真剣な顔で渡された品々を受け取り並べているアルス皇子の肩に立ち、こめかみにそっとキスを贈った。
「この国の未来ある王の雛に祝福あれ。其方達が常に誠実である限り、我もこの国と共にある事を誓おう」
驚くアルス皇子に笑いかけると、ブルーのシルフは素知らぬ顔で燭台へ戻って行った。
そんな彼らを、窓辺に座った大勢のシルフ達が目を輝かせて見つめていたのだった




