蒼の森にて
「いよいよ明日は、殿下のご成婚当日ですね」
すっかり初夏の日差しになった畑に出たタキスの呟きに、隣の畝で夏野菜の収穫作業をしていたニコスも手を止めて空を見上げた。
可愛らしい声で雲雀が鳴きながら上昇していく小さな姿を見送り、夏野菜の収穫作業を再開した。
「それにしても、月日が経つのは早いな。ついこの間、レイがオルダムへ行ったと思ったのに、もう正式な見習い期間が始まっていて、もう明日は殿下のご成婚当日だよ。レイルズが皇王様から直々に竜騎士の剣を賜るまでも、きっとあっという間なんだろうな」
鈴生りに実ったトマトの茎をハサミで切りながら、ニコスが感極まったようにそう呟いた。
「ついこの間、オリヴェル王子様とティア姫様がお越しになったと思ったんですが、あれからもう半月なんですね」
顔を見合わせた二人は、小さく笑い合って隣の畑で葉物の野菜をギードと一緒に収穫しているアンフィーを見た。
つばの広い帽子を被ったアンフィーは、流れる汗を拭いながらも、せっせとギードから渡される大振りのレタスを木箱に詰めているところだ。
これらはウィンディーネ達に頼んで泥を落としてから、食料倉庫に箱ごと保管するのだ。
精霊達の守りによって傷みやすい葉物の野菜でも長期保存が出来るので、野菜が不足しがちな冬場も新鮮なままで食べられるのだ。
「それにしても、レイから知らせを聞いた時のアンフィーの様子は面白かったなあ」
「そうですね。そりゃあ彼にしてみれば、あれだけの経験を一生誰にも言えないなんて本当に拷問みたいなものだったでしょうからね」
「知らせてくれたレイに感謝だな。俺も肩の荷が降りたよ」
また顔を見合わせて笑い合った二人は、少し前の夜の事を思い出していた。
あの夜、いつものように夕食を終えて居間で一杯やりながら四人でのんびり寛いでいたところで、伝言のシルフが現れたのだ。
複数の伝言のシルフが机の上に並んで座るのを見て皆笑顔になる。
『こんばんは今話しても大丈夫?』
「ええ、もちろんですよ。今、皆でのんびり飲んでいたところですよ」
並んだシルフ達からレイの元気な声が聞こえて、満面の笑みになったタキスが口を開く。
この本人の声が直接届く伝言のシルフ達を始めて見た時、アンフィーはそれこそ声も出ないくらいに驚いていたのだが、今ではもうすっかり慣れたものだ。
「あの、私もおります」
右手を上げてそう言うアンフィーに、シルフは嬉しそうに頷いた。
『もちろんそこにいてね』
『あのね今日はアンフィーにも聞いて欲しい話があるんだ』
その言葉に、タキス達が驚いてアンフィーを振り返った。しかし、彼も心当たりは無いようで驚いている。
「はい、お聞きします」
居住まいを正すアンフィーの言葉に、伝言のシルフは笑って顔の前で手を振った。
『心配しないで難しい話じゃないから』
『それよりニコス!』
「ああ、何だい?」
ニコスだけはレイの話の予想はついていたが、真っ先に自分の名前を呼ばれた事でそれが正解だと確信した。しかし素知らぬ顔で返事をする。
『この間僕が連絡した時』
『ニコスは僕に秘密を持っていたでしょう?』
「さて、何の話かわからないなあ」
平然と答えるが、その顔は笑っている。
それを見て、アンフィーが目を見開いて身を乗り出す。
『オリヴェル王子殿下とティア姫様』
『それからイクセル副隊長の三人がさ』
『オルダム入りされる前に石のお家に立ち寄られたそうじゃない』
『どうして教えてくれなかったんだよ』
驚く一同を尻目に、平然とニコスが口を開く。
「答える前に質問だ。レイはそれを何処の誰から聞いたんだい?」
『昼食会でオリヴェル様の口から直接お聞きしたんだよ』
『懺悔しなくちゃならないから聞いてくれるかいって言われて』
『石のお家にティア姫様と一緒に立ち寄ったって』
『直接皆の前でお聞きしたの』
『もう驚いたなんてもんじゃなかったんだよ』
『僕だけじゃなくて』
『殿下以外の全員が驚いていたよ』
その言葉に、ギードとタキスが横で吹き出し。アンフィーも遅れて吹き出した。
「へえ、皆の前でそれを仰ったのかい?」
驚くニコスに伝言のシルフは大きく頷く。
『そうだよ』
『えっとその前日の夜に』
『直接オリヴェル様が殿下にお話しされたんだって』
『それで変に隠さず皆の前で言うようにって』
『殿下がオリヴェル様にそう仰られたんだって』
『そうだよね』
『悪い事をしてるわけじゃないんだから』
『堂々と話して良いよね』
笑う伝言のシルフに、ニコスが慌てたように話しかける。
「待ってくれレイ。じゃあひとつ質問だが、あの寄り道は殿下の独断だったのか?」
もし万一寄り道の一件がオリヴェル王子の独断だった場合、オルベラートの王様の耳に入ればはっきり言って叱責程度では済まない。下手をすれば、姫様を送ったオリヴェル王子の責任問題にすらなりかねない問題になるだろう。
『大丈夫だよ』
『えっとオルベラートの王様にも』
『ちゃんと知らせて許可を貰ったって仰ってました』
それを聞いて、ニコスは大きな安堵のため息を吐いた。
オルベラートの王様が許可なさったのなら何の問題も無い。恐らく、アルス皇子もそれを聞いて逆に秘密にすべきではないと考えて、皆の前でレイに話すように勧めたのだろう。
賢明な判断だと思う。
秘密はどれほど隠そうとしても、いずれ何処かから漏れる。やましい事がないのなら、早々に堂々と大勢の前で話すべきだとの判断は正しいとニコスも思った。
「そうだったのか。じゃあもう話題にしても大丈夫だな」
振り返ったニコスの言葉に、アンフィーが満面の笑みになる。
『あのねそれでアンフィーに話があるんだ』
レイの言葉に、アンフィーが慌てて居住まいを正す。
『アルス皇子からの伝言だよ』
『大丈夫だから』
『ロディナに戻ったら堂々とその話をしてくれて良いってさ』
『それからニコス達にも』
『騒がせて申し訳なかったって仰ってたよ』
その言葉に、飛び上がったアンフィーは椅子から転げ落ちてタキス達を慌てさせた。
しかし、床に転がったまま、アンフィーは大喜びで手を叩きながら笑っている。
「そうか。それなら良かったよ。知らせてくれてありがとうなレイ」
「ありがとうございます。レイルズ様! もちろん、戻ったら皆に話をさせていただきます」
飛び起きたアンフィーが、伝言のシルフに飛びつくようにしてそう言い、半泣きになって笑っていた。
『その話をしたら』
『シヴァ将軍に羨ましがられそうだね』
面白がるようなレイの言葉に、また皆で笑顔で頷き合うのだった。
手を振って消えるシルフ達を見送った後、全員揃って大きなため息を吐きしばらく誰も口を開かなかった。
しかし、ニコスが堪えきれないように吹き出すと、そこから四人揃って大笑いになり、しばらく居間は笑い声が途切れる事はなかった。
「いやあ、安心しました。これで胸を張って自慢出来ます」
これ以上無いくらいの笑顔のアンフィーが、空になっていたニコスのグラスに酒を注いだ。
「乾杯しましょう。前途ある若者達の未来に!」
「乾杯!」
笑顔で唱和した四人は、一気にグラスの酒を飲み干したのだった。




