人の縁
「皆様、そろそろご準備をお願い致します」
執事の声に、部屋にいた四人は返事をして立ち上がった。それぞれ置いてあった剣を装着して互いの背中を確認してシワを伸ばしてやる。
「では行くとしよう。懇親会と昼食会は、それほど改まったものではないから楽にしてていいぞ」
ヴィゴの言葉に頷いたレイは、嬉しそうに頷いた。
「あれ、ロベリオ達やマイリーは?」
「直接会場へ来るから心配は要らないよ」
ルークにそう言われて、納得して後を追った。
懇親会が行われたのはかなりの広い部屋で、参加者も様々な人がいて驚いた。
貴族の人たちに混じって、多くの正装した商人達が参加しているのだ。その為、普段の夜会とはかなり顔ぶれが違い初対面の人が多い。
「そっか、今回は、オリヴェル王子を多くの人に合わせるのが目的だから、それでこうなってるんだね」
レイの視線の先には、イクセル副隊長と共に笑顔で談笑するオリヴェル王子がいるが、彼らの周りにいるのは貴族だけではなく、正装した商人達も多い。
レイも懇親会が始まってすぐの頃に、ルークに紹介されて挨拶した人達で、竜騎士隊の本部に品物を収めてくれている人もいて、レイは笑顔で商会の名前を聞き、納めている商品の詳しい話を聞かせてもらったりもした。
「あ、シャム!」
挨拶が一通り済んだ頃、笑顔で近づいてきた見覚えのある人に気付いてレイも笑顔になる。
「お久しぶりです、レイルズ様」
正装したシャムは、レイとその隣にいたルークともにこやかに挨拶を交わした。
なんとなく三人でそのまま話をしていると、シャムが目を輝かせてある報告をしてくれた。
「実は以前、ルーク様にご紹介いただいた、月の満ち欠けする模型を作っていた職人の方ですが、改めて我が商会と専属契約を結ばせていただくことになりました」
「それは素晴らしい。専属契約は、職人にとっては最高の扱いですからね。彼を採用してくださり感謝します」
嬉しそうに笑顔でシャムと話をするルークを見て、レイは首を傾げる。
「ねえルーク。専属契約って何ですか?」
分からない事は聞いて良いと言われているので、諦めて素直に質問する。
「ああ、つまりお前に以前贈ったあの月が満ち欠けする模型を作った職人とハンドル商会が、専属契約を結んだって意味だよ。その専属契約ってのはつまり、彼が作った品物をハンドル商会が全て買い上げてくれるって事だよ。職人側にしてみれば常に一定の収入が確約されるわけで、それはつまりお金の心配なく製作に打ち込めるって意味でもある。わかるか? 言ってみれば職人を商会が丸ごと雇うと思って貰えば良い」
目を輝かせるレイに、シャムも笑顔で頷く。
「彼は星系信仰の信者ではありませんが、特に天体に興味がおありだったようで、話して見ると他にもいくつか魅力的な品物の構想があるとの事なんです。ですが、中々そういった品はオルダムでは売れることも少なく、個人で商売するには限界があると」
そこで言葉を区切ったシャムは、自信ありげに胸を張った。
「ですが我が商会なら、オルダムのみならず販路は多くの街にございます。特に天体関係のそういった装飾品はどうしても決まったものになりがちですので、新しい品物は常に不足しています。海沿いの街の地方貴族の方々に、珍しい天体関係の装飾品は飛ぶように売れますよ。実を申しますと、あの月の満ち欠けするカラクリ道具は、既にいくつものお問い合わせをいただいており、実際の品物を見てくださった方の殆どが、複数個の注文をしてくださっております」
「へえ、そりゃあ凄いね。彼も喜んでいるでしょう」
「はい、それで今回の我が商会との専属契約を機に、正式に工房を立ち上げる事にしたのだとか。技術訓練所から何人もの職人を雇い、定番の品物は安定して生産出来る様にするそうです。来月から本格的な製作に入るのだとか。今後が楽しみな工房が出来ましたね」
嬉しそうに目を輝かせて話す内容に、ルークも驚いている。
「それは素晴らしい、自分の名を挙げた工房を開くのは、職人達の夢ですからね。なんだ水臭い。言ってくれれば工房立ち上げの際に援助くらいしたのに」
苦笑いするルークに、シャムも笑っている。
「きっと彼なりに考えて、立派になって工房を開いてからルーク様に連絡しようとしていたのかもしれませんね。ああ大変だ。もしもそうなら、勝手に話してしまって申し訳ないことをしましたね」
少し慌てたようなシャムの言葉に、ルークも小さく笑って首を振った。
「ああ、それならもし彼から連絡があれば、知らん振りをしておきますので、どうぞお気になさらず」
「ありがとうございます。ご配慮感謝いたします」
にこやかに頷き合う二人を見て、レイは感心していた。
以前、自分が瑠璃の館でルークとあの月の満ち欠けする道具の話をしていた時に、館の装飾品の商談に来ていたシャムがその話を聞き興味を示したため、ルークがその職人をシャムに紹介したのだ。
今の話を聞く限り、それが縁でその職人さんはハンドル商会と専属契約を結び、多くの注文が来て職人の夢である工房を開くまでになったのだ。技術訓練所から何人もの職人を雇ったと言う事は、彼らにも安定した職場が見つかったという事になる。
「な、分かったか。これが人の縁なんだよ。どこでどう繋がるかなんて誰にも分からない。だからこそ、様々な付き合いを疎かにしてはいけないんだよ」
ルークの言葉に、レイは目を輝かせて何度も頷いていた。
その後、場所を変えて行われた立食式の昼食会でも様々な商人達が大勢参加していて、オリヴェル王子の周りには常に大勢の人が集まっていたのだった。
普段の夜会や会食とは違う人達の話を、レイは夢中になって聞いていたのだった。
しかし、昼食会が始まってすぐにレイはある事に気がついた。
ルークが常に自分の側にいてくれるのだ。
いつもの夜会なら、最初は一緒にいてくれてもしばらくすると離れてしまい、そのあとはもうたいていは一人でご婦人方のお相手をする事になるのに。
婦人会の人がいる時は、彼女達が交代で側にいてくれる事もあるが、ルークがずっと側にいてくれるのは、恐らく竜騎士見習いとして紹介されてすぐの頃以来だ。
そしてもう一つ気が付いた事がある。
懇親会と昼食会には、当然貴族の方達も大勢参加している。いつもならすぐに仲が良い人たち同士で集まって、その人達同士で話をしたりしているのだが、ここではほとんどが商人達と話をしている。
「そっか。商人さんにしてみれば、新しいお客さんを見つける良い機会でもあるって事だね」
思わずそう呟くと、その声が聞こえたルークが面白そうに振り返った。
「なんだ。今頃気づいたのか? 今回の懇親会と昼食会は、オリヴェル王子をオルダムの商人達に紹介する場であると同時に、彼らの新規顧客獲得の機会でもあるんだよ」
「凄いですね」
感心するレイに、ルークは笑って会場を見回した。
「レイルズはまだ、こういった会にはあまり参加した事が無いだろう? だけどこれらも俺達の大事な仕事の一つでもある。直接品物を売り買いするんじゃなく、人と人をつなぐ役割ってわけだ。分かったか?」
真剣に何度も頷く。
「だけどまあ、お前はまだこう言った場には不慣れだからな。今はとりあえず周りをしっかり見て、皆がどんな話をしてるかって事を意識して聞いておくといい。もしも興味がありそうな話があれば、もちろん声をかけて聞くのもありだよ。だけどまあ、最初のうちは今みたいに知り合いの商人に話を聞くのが先かな」
苦笑いするルークの言葉に、レイは真剣な顔で頷く。
これもまた、竜騎士としての大切な仕事のうちなのだと言う。
それならば、しっかりと多くの人から話を聞き、今はとにかくなんでも良いから知るところから始めるしかない。
ニコスのシルフ達は、懇親会が始まってすぐの頃から真剣な様子であちこちを飛び回っては、周りの人達の話を聞いていた。
彼女達にとっても、これはオルダムの商人達の現状を知る良い機会でもある。ブルーのシルフも手伝い、とにかく様々な話に耳を傾けていたのだった。




