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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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キムの場合

「はあ、時間ってこんなに経つのが遅かったっけ」

 食堂で昼食を食べながら、キムは先程から何度も同じ言葉を繰り返している。

「気持ちは物凄く分かるけど諦めろ。残念ながら時間の流れはいつもと同じだよ」

 隣でマークが、こちらも昼食を食べながら苦笑いしている。

「俺はもう何回も経験してるからな、ええと、もう三回目だもんな」

 ちょっと胸を張って偉そうにキムに向かってそう言っているが、残念ながらマークの前に置かれた食事も、先程から全く減っていない。

「いっそ始まっちまえば腹も括れるんだけどなあ。この待ち時間が嫌だ。はあ……とにかく早く食っちまおうぜ。食ったら会場へ先に行くんだろう?」

「そうだな、早く食っちまおう」

 そう言って思いっきり息を吐き出し、座り直してパンを手に取る。



 ちなみに、早く食べようという今の台詞も、先ほどから繰り返されていてもう四回目なのだけれども、本人達は全く気付いていないようだ。




 マークとキムは、今日の午後から一の郭にある花まつり広場にて行われる、オリヴェル王子の歓迎式典にて、第四部隊の代表としてそれぞれ一人で精霊魔法を披露することになっている。

 マークは光の精霊魔法を、そしてキムは一人で、火と風の精霊魔法の合成術を見せる予定になっているのだ。

「ああ、駄目だ。腹が痛くなってきた」

「大丈夫だから落ち着けって。今からそんなんでどうするんだよ。言っておくけど実演の際には両殿下だけじゃなく、会場中の全員の視線を独り占めするんだからな」

「絶対無理〜! 僕、森のおうちに泣いて帰ります〜!」

 小さな声で、レイルズの声真似をしながら泣く振りをするキムを見て、マークは堪える間も無く吹き出すのだった。



 結局、緊張のあまり味のしない食事を何と気力で終わらせた二人は、集合場所へ向かい点呼を受けた後、先に会場へ行けと言われてラプトルに乗って光の精霊魔法を一緒に披露する竜人の士官達と共に会場へ向かった。

「はあ、ちょっと本気で泣きそうになってきた。まじで大丈夫かな。俺」

 ラプトルの背の上で、小さな声でそう呟いて本気で泣きそうになってるキムに、隣を走る竜人の大尉が笑いながら手を伸ばしてキムの背中を叩いた。

「今からそんなんで何とするか。しっかり胸を張って前を見ていろ。普段通りにやればいいんだよ。深く考えるな。周りにいるのはカボチャかニンジンだとでも思っておけ」

「そんなの無理ですって!」

 叫ぶキムに、皆苦笑いしている。



 今年二十歳になるキムだが、実はまだ実戦経験も無い。また彼がこれほど大勢の人の前で精霊魔法の合成術を披露して見せるのも生まれて初めての事だ。

 前線へ出る事の多い国境にある砦に勤める第一部隊と違い、第四部隊はどこに配置されるかで扱いは全く変わる。

 国境の砦や国境に近い街に配置されれば最前線なので嫌でも実戦を経験する事になるが、王都勤務及び内地での勤務の場合は、基本的に精霊通信や精霊を使った警備が主な仕事で後は後輩の育成が主な任務となる。

 キムは最初からオルダム勤務で、国境へは戦闘後の結界の補修の後始末の応援のために行った事がある程度だ。

 なので人前で大々的に精霊魔法を使う事自体が稀で、あったとしても教授や上官の前で披露する程度だ。つまり少人数相手にしか披露した事が無い。

 特に、精霊魔法の合成術については、今のところまだ扱える人自体がごく少数で、キムはその中でも群を抜いた存在感を示している。

 彼の書く論文は、王立大学でも高く評価されているのだ。






 小さな頃から精霊が見えた彼は、しかしようやく授かった一人息子である彼を手元に置きたがった両親のせいもあり、その事は内密にされた。

 しかし、軍への入隊が許可される十六歳になると同時に彼は自分から軍部に志願して即日採用されている。両親とはその後いろいろあったが、今では理解して軍で頑張る彼を応援してくれている。

 精霊魔法を扱える者が自ら軍部に入隊希望する事は稀で、狂喜した第四部隊は一年間の訓練期間中からすでに彼に精霊魔法の教育を始めた。

 下位の術はほぼ自力で習得していたキムに詳しい系統立てた魔法理論を徹底的に教育したのだった。



 そんな彼はある時、精霊魔法の系統について習っていた際に奇妙な事に気付いたのだ。

 授業では、四大精霊魔法である火、水、風、土、そして光などの別系統の精霊魔法は同時には発動出来ない、と習う。実際に、火の術を使いながら水の術を使うことは不可能だ。

 だがキムは、実は時々、火の術を使いながら風を起こして火力を増したりしていたのだ。

 疑問に思った彼は、その日の授業が終わった後に教授役を勤めてくれていたダスティン少佐に報告したのだ。自分は、火と風の術を同時に扱えるのですが、これはどういう事なんでしょうか? と。

 最初、少佐はその言葉を本気に取らなかった。

 しかし、周りのシルフ達が笑って頷いているのに気づき、別室にて実演してもらったのだ。

 二度失敗した後、実際に火の術で炎を作り出しながら、風を起こして火力を増している彼を目の当たりにしたダスティン少佐は、椅子から転がり落ちても気付かない程に驚いたのだ。

 当然大騒ぎになり、キムは何度も駆けつけてくる第四部隊の士官達の前で精霊魔法の合成術を何度も見せ続けた。

 まだ拙い技だったが、確かに二つの系統の術を同時に発動させている彼に周りの人達はただただ驚き呆気にとられていたのだった。



 訓練期間が終了すると、彼はそのままオルダムの第四部隊勤務となり、後方支援部隊に配属された。そして勤めながら精霊魔法訓練所に通い、卒業後も研究生として残って精霊魔法の合成と発動の確率についての研究をする事になったのだった。

 数年間、一進一退の状態で研究は発展しなかった。どうしても理論が先行してしまい、実技がついて来ずに苦労していた。

 そんな時に現れたのが、全くの無知でありながら全ての精霊魔法に高い適性を持つマークだった。

 ダスティン少佐は、キムをマークの教育係兼ペア隊員に指定した。

 これは、マークのように精霊魔法について全くの無知でありながら高い適性を持った兵士が入隊した場合などに行われる特別処置で、同じ第四部隊内から上官に指名された兵士が二人一組でペアを作り、常に行動を共にするのだ。同室になる事を含め。ありとあらゆる場合において基本全て二人一組で管理される。



 キムの主な役割は、特に無知ゆえに引き起こされる精霊達を怒らせたり嫌がったりするような行為を行わないように監視する事と、本人に詳しく細やかな教育をする事だ。

 最初のうちは、これほどの無知で大丈夫かと本気で心配したが、ある時からマークの精霊魔法の能力は格段に上がって行った。



 竜騎士見習いであるレイルズの存在だ。

 二人はまるで競い合うかのように様々な事を学んで、それらを自分のものにしていったのだ。

 そしてキムの研究もまた、レイルズとの出会いで新しい段階に入った。

 彼とブルーのおかげもあり、ようやく合成術が安定して発動出来るようになってきたのだ。



 今後は、これを他の兵士達にも出来るよう指導するのがキムの役割になるだろう。もちろん誰でも出来る技ではないので、そこは個々の適性を見ながらの対応になるだろう。

 簡単ではないが、これが出来れば間違い無く大幅な戦力増に繋がる。



 今回の合成術の披露はその前段階となる。

 つまり、全く新しい精霊魔法の可能性がある分野に、軍部として本格的に取り組むとオルベラートに見せる意味もあるのだ。

 当然、場合によってはオルベラートからの交換留学などを受け入れる事もあり得る。



 その可能性が、今日のキムの術の成功にかかっているのだ。

 全部を理解しているキムは、もう昨夜から全く眠れなくて完全にパニック状態になっていたのだった。

 そんな彼を心配そうに見ながら、マークも様々な思いのこもったため息を吐くのだった。

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