お疲れ様!
「これは素晴らしい。なんとしても実行いたしましょう。この草案、お借りしてもよろしいでしょうか? 早急にまとめて議会に提案いたします」
分厚いルークの書いた草案を読み終えたボナギル伯爵は、目を輝かせてルークを振り返った。
「ええ、もちろんです。そのつもりで持ってきましたのでどうぞお持ち帰りください。返却の必要はありませんから、好きに書き込んでいただいて構いませんよ」
「おお、感謝致します」
書類を捧げるようにして、深々と頭を下げた伯爵は、顔を上げて嬉しそうに二人を見た。
「ただ、この風の通り道を選ぶというのは、精霊使いにしか判らないのですね。となるとここは第四部隊の方の手を借りるか……」
早速段取りを考え始める伯爵を見て、ルークは小さく笑った。
「伯爵、その際には我々竜騎士隊がお手伝いいたしますよ。上空から見れば、風の流れは一目瞭然です。そこにも書いてありますが、空気が淀むと闇の気配を引き寄せやすい。それは決して放置しておいていい問題では有りませんからね」
ルークの提案に伯爵は嬉しそうな笑顔で頷き、もう一度深々と頭を下げたのだった。
実際には、人が住む、いわば生きた場所には空気が淀んで闇の気配を感じる事はあるが、闇の気配が居つくまでになる事はそうは無い。しかし、タガルノの件がある為、オルダムの街の浄化処置は出来る限り行いたいのが本音なのだ。
ルークは今日これをボナギル伯爵に見せる事を、マイリーやヴィゴ、それからアルス皇子に報告済みだ。
実は、ボナギル伯爵がこの件を提案したら、すぐに通してもらい段取り出来るように、マイリーは密かに各所に既に手配を始めている。
改めて淹れてもらったお茶を頂きながら、そのあとの時間はのんびりと談笑して過ごした。レイは、自分が知る精霊魔法訓練所でのジャスミンの様子なども詳しく話して聞かせていたのだった。
「そう言えば、今日の懇親会には伯爵も参加なさるんですよね?」
話が一段落したところで、レイはお茶を一口飲んでから伯爵を振り返った。
「はい、本日はジャスミンの父親として参加させていただきます。直々に言葉も賜れるとの事で、実を申し上げますと昨夜はあまり眠れませんでしたよ」
「そんな時に、急に割り込んで予定を入れて申し訳ありませんねえ」
笑ったルークの言葉に、しかし伯爵は笑わなかった。
「いえ、確かにこれが実現すれば街の人々の夏はずっと過ごしやすくなるでしょう。ぜひ早急に段取りいたしますので、その際にはどうぞお力添えくださいますよう、よろしくお願い申し上げます」
がっしりと握手を交わして、その場は終了となった。
「ではまた後ほど」
笑顔で一礼して部屋を後にしたレイとルークは、本部へは戻らず城にある竜騎士隊の控え室へ向かった。
「ねえルーク。もしかして僕が一緒に行ったのは、精霊魔法訓練所や神殿でのジャスミンの様子を伯爵に聞かせる為だった?」
まだ控室には誰もいなくて、剣を外してソファーに座ったルークに、隣に座ってレイは思っていた事を質問した。
まだ具体的な話は出なかったので、ブルーのシルフも会話には一切参加していない。となると、完全に専門外の自分があそこに同行した意味を考えていたのだ。勿論、後学のためにあのような面会の場を見せてくれたというのはあるだろう。
だが、実際竜騎士が直接街の工事に口出しをする事はあり得ないので、関係がない。
そうなると、談笑していた時の伯爵の笑顔を思い出すに、それが一番自分が呼ばれた理由のような気がしていたのだ。
「まあ、もちろん社会見学の意味もあるけど今回は確かにそれもあるよ。最近は彼女も忙しいらしくてさ、全然連絡をくれないらしいよ。最初の頃は三日にあげずシルフを飛ばしてくれていたらしいのに、最近はすっかりご無沙汰なんだってさ。それで伯爵が寂しがってるって聞いたものだから、お前なら、最近のジャスミンの様子も詳しく知ってるだろうから聞かせてやろうと思って連れてきたんだ。ご苦労だったな。伯爵も喜んでたじゃないか」
ルークの言葉に、レイも嬉しくなって笑った。
「やっぱりそうだったんだね。僕も久しぶりに伯爵にお会い出来て嬉しかったです」
無邪気なその言葉に、ルークも笑顔になるのだった。
「さて、あっちはどうなったかね?」
お茶は伯爵のところで飲んできたので、二人の前には綺麗に切って盛り付けられた果物の乗ったお皿が置かれた。
ベリーやさくらんぼと合わせて、夏にしか食べられない赤い果肉のメロンがあり、レイは嬉しそうにあっという間に平らげてしまった。
「相変わらずよく食うな」
追加を入れてもらって満面の笑みになるレイを見て、自分のメロンを食べながらルークは呆れたように笑っていたのだった。
「ああ、人がヘロヘロになって戻って来たってのに、呑気にそんなもん食ってるし!」
その時、ヴィゴとカウリの二人が部屋に入って来た。
何故だかカウリは酷くやつれているように見える。
「おう、お疲れさん。魔女集会はどうだった?」
さくらんぼを口に入れたルークの言葉に、隣に座ったカウリはこれ見よがしの大きなため息を吐いて、ルークの皿からさくらんぼを一つ摘んで口に入れた。
「あはは、かなりお疲れみたいだな」
カットしたメロンをフォークに突き刺してカウリの口元へ持っていってやる。
「ほら、甘いぞ」
無言で開いたカウリの口にメロンを入れてやり、ルークは自分の皿に残っていた果物をせっせと食べさせてやっていた。
そんな彼を見て、椅子に座ったヴィゴも笑っている。普段なら、いくらなんでも誰かが止めるであろうほどにお行儀の悪い行為だが、二人とも笑っているので、今は良いって事なのだろう。
「ああ、疲れた〜!」
最後のさくらんぼの種を行儀悪く吐き出したカウリは、そのままずるずるとソファーに横になる。
「まあ、懇親会までまだ少し時間があるからな。少し休んでいろ」
笑ったヴィゴの言葉に、クッションに抱きついたカウリが呻き声だけで返事をする。
机の上には、執事が用意してくれた彼のためのお茶と果物が用意されている。
「ねえカウリ、茶と果物が来てるよ」
「おう、ちょっと待ってくれ」
そう言って、上を向いて大きなため息を吐いた。
「はあ、もう俺の愛想笑いは今日は終了だぞ」
「何言ってる。この後、懇親会と昼食会があってそのまま歓迎式典に参加するんだからな。しっかり愛想笑いを準備しておけよ」
「もう無理〜! 僕、森のお家に泣いて帰ります〜!」
クッションを抱えて叫ぶカウリの言葉に、ヴィゴだけでなくルークとレイも揃って吹き出し、クッションを抱えたカウリまで笑い出して、部屋は笑いに包まれた。
空になったお皿に座ったブルーのシルフを始め、それぞれの竜達の使いのシルフ達は、皆楽しそうに笑いながら、笑い合う愛しい主を見つめていたのだった。




