ボナギル伯爵との面談
食堂から戻ったレイは、休憩室でルークの書いた草案を読ませてもらった。カウリは、言っていた通りに食堂からそのまま一人で城に向かった。先にヴィゴと合流して打ち合わせがあるのだそうだ。
「大変なんだね」
ルークの持って来た草案に目を通しながら、城へ向かったカウリの後ろ姿を思い出していた。
「まあ、彼がここへ来てくれたおかげでマイリーの仕事量は格段に減ったからね。良い事だよ」
「本人は嫌そうだったけどね」
「まあ、でもあれで結構彼も自分の置かれた状況を楽しんでるから心配は要らないよ。あの、毎回毎回言ってる泣き言は、半分以上はわざとだから気にしなくていいぞ」
「確かにそうだよね、出来ない出来ないって言ってる割には腕も立つし、訓練所の成績も良いみたいだもんね」
笑って顔を上げるレイの言葉に、ルークはニンマリと笑った。
「今年の見習いは二人とも優秀だって評判だぞ」
揶揄うようなルークの言葉に、悲鳴をあげてレイは読んでいた書類に突っ伏したのだった。
「はい、全部読みました」
最後の一枚を置いたレイは、ひとつ深呼吸をして隣に座るルークを振り返った。
「ルーク凄い! これが実現されたらきっと風が通って過ごしやすくなると思うよ」
目を輝かせるレイを見て、ルークは肩を竦めた。
「あ、そうだ。ラピスはそこにいるか?」
ルークは答えのわかり切った事を聞く。
『当然だ。どうした?』
ブルーのシルフがレイの右肩に現れて座る。
「これなんだけどさあ。ちょっと気になる事があるんだよ。聞いても良いか?」
草案を指差してそう言うルークを、レイは驚いて見ている。
『何事だ?』
ブルーのシルフの言葉に、草案を束ねて持ったルークはブルーのシルフを振り返った。
「夏は良いとして、冬はどうだ? 竜の鱗山から吹き下ろす風はかなりきついけど、風車は大丈夫か?」
『ああ、そんな事か』
頷いたブルーのシルフがふわりと浮き上がってルークが持つ草案の上に座った。
『一番簡単な対策は、風の強さを常に計測する部署を作り、ある一定以上の強さの風が吹いたら風車を畳めば良い』
「風車を畳む?」
『羽を可動式にすれば良い、普段は斜めに羽を固定しておき、使わない時には平らにすれば良い。可動の仕組みさえ理解すれば、ドワーフ達の技術ならば簡単に作れるぞ』
「へえ、凄いな。じゃあその時には話くらいはしてもらえるか?」
『まあ、構造を教える程度ならな』
「おう、よろしく頼むよ。それなら大丈夫だな。よし、そろそろ行くか」
聞こえてきた鐘の音に気づき、持っていた草案の束を専用の書類入れに放り込んだ。
ルークと一緒に渡り廊下を通って城へ向かい、到着したのは以前挨拶回りをしたときに来た事がある小部屋だった。
「お待たせしました伯爵」
到着した部屋には、もうボナギル伯爵が来ていて座って本を読んでいるところだった。
「ああ、ルーク様。レイルズ様も。ご無沙汰いたしております」
立ち上がったボナギル伯爵に、ルークの後に続いてレイも挨拶をした。
執事が出て来てカナエ草のお茶と一緒に、レモンの香りのするタルトを三人の前に置いて行った。タルトの横には、真っ白なクリームと一緒にレモンとオレンジの皮の砂糖漬けが添えられている
初めて見るお菓子に目を輝かせるレイを見て、ルークと伯爵は笑っている。
「これはもしかして、キャンディフラワーの新作の焼き菓子ですか?」
目の前のタルトを見て、ルークは嬉しそうに伯爵に話しかけている。
「おお、さすがですね。はい、キャンディフラワーの初夏の新作の焼き菓子です」
「爽やかな良い香りだ」
嬉しそうなルークの言葉に、レイは首を傾げる。
「キャンディフラワーって?」
目の前のタルトには、キャンディーは付いていないと思うのだが、もしかしてどこかにキャンディがあるのだろうか?
「ああ、キャンディフラワーってのは、一の郭にあるケーキ店の名前だよ。頼めば一の郭なら屋敷にケーキを届けてくれるぞ。俺の屋敷でも、母上が時々頼んでいるよ。竜騎士隊の本部でもたまに頼んでるよ。何度か本部の休憩室で食べたお菓子にも出てるよ」
「へえ、そうなんですね。どこのお店のお菓子かなんて、気にした事ありませんでした」
素直な言葉に、伯爵は苦笑いしている。
「おやおや、それは職人達が残念がりますよ。竜騎士隊の本部にお菓子を卸す事が出来るのは、竜騎士様本人の指名でない限りごく一部の店だけですからね。その店の名前だけでも知ってやってください」
目を瞬いたレイは、言葉の意味を理解して笑顔になった。
「そうなんですね。じゃあ今度お菓子を食べるときには、どこのお店のお菓子か聞いてから食べる事にします」
無邪気な返事に、伯爵も笑顔になる。
三人はしばらくの間、お菓子を食べながら談笑した。
ジャスミンの様子を聞きたがった伯爵に、レイは、神殿で見た針始めの儀式の彼女達の様子を思い出しながら一生懸命話して聞かせた。
お代わりのお茶が淹れられた頃、伯爵がルークを見ながら口を開いた。
「して、ルーク様。改まって何事でございますか?」
先日ルークから連絡があり、折り入って話したい事があるとの連絡を受けて、慌ててこの面談の段取りをしたのだ。
伯爵は、てっきりジャスミンに何か問題があったのだと思い、朝から食事も喉を通らぬほどに心配していたのだ。しかし、二人の様子を見るに何か問題があったのでは無いと分かり、内心では座り込みそうなくらいに安堵していた。
「実はラピスから提案を受けて、ある提案をしに来たんです。出来れば伯爵から議会に提案していただきたいと思いましてね」
「私にですか。何か工事に関する紹介でしょうか?」
少し伯爵の声に警戒が乗る。
国が主導して行われる公共工事に関わる業者は一件一件厳密に決められていて、新規の参入する余地は殆ど無い。その為、無理な知人の伝手を頼ってでも、何とか入札に参入したいという話は後を絶たない。
急な話に伯爵が警戒するのは当然だった。
「ああ、そんなんじゃありませんからご心配なく。業者の選定は俺なんかには絶対無理ですから、そこは丸ごとお任せします」
伯爵の警戒にすぐに気付いたルークが、笑って顔の前で手を振って見せる。
「では、何事ですか?」
不思議そうな伯爵に、ルークは持って来たあの草案を差し出した。
「待っていますので、目を通していただけますか。その上で貴方のご意見を伺いたい」
「はい、では拝見いたします」
不思議そうにしつつも、草案を受け取った伯爵は机に置いて目を通し始めた。
数枚読み進めたところで止まる。
「これは驚いた……だが確かに、ふむ、これは凄い」
ぶつぶつと呟きつつ、手にした書類に目を通す伯爵を見て、執事が改めて新しいお茶を淹れてくれた。
読み終えて重ねられた書類の上には、退屈そうなシルフ達が並んで座り、時折伯爵にちょっかいを出しつつ、つまらなさそうに遊んでいた。
書類の端にはブルーのシルフも座り、真剣な表情で目を通している伯爵をじっと見つめていたのだった。




