ピックの事
「良いなあ、私もピックを抱っこしたい」
ジャスミンが、代わる代わるピックを抱いて大喜びしているクローディアとアミディア、クラウディアの三人を見てレイルズのように口を尖らせた。
「確かに、あれを見て触れないのはちょっと悔しいなあ」
カウリまでが、腕を組んで悔しそうにそんな事を言っている。
「彼女達に抱いていてもらえば、僕らでも少しくらいなら触れるよ」
笑ったレイの言葉に、ジャスミンは目を輝かせる。
「触っても良いかしら?」
丁度クラウディアが抱いていた時だったので、頷いた彼女は、ジャスミンが触りやすいように少し腕を緩めてピックを差し出すようにしてやる。
そっと手を伸ばしたジャスミンは、丸い額をそっと撫で、そのまま顎の下を掻いてやり、背中から肩の辺りを順番に何度も撫でた。
ピックはご機嫌で喉を慣らしながらうっとりとしている。
「可愛い、可愛い、可愛い!」
ジャスミンは、小さな声でそう呟きながらずっと笑顔だ。
「俺も触って良いかな?」
カウリの声に、頷いたジャスミンが少し横にずれる。
だが、手はピックの背中に伸ばしたままだ。
「おお、本当に丸いんだな。おい、ピック。お前さっき俺の頭を踏み台にしたな」
笑ってそう言い、ピックの頭を両手で掴んでモミモミと頬の辺りを揉んでやる。
「ウッキュルクー!」
何とも不思議な鳴き声で鳴いたピックは、自分を優しく撫でるカウリの手に頭を擦り付ける。
まるで、もっと撫でろと言わんばかりだ。
「奥殿の猫達も自由だったけど、お前さんも本当に自由だなあ」
呆れたようにそう言って笑い、喉の辺りを撫でてやる。
「そっか、猫っぽいなこいつ。体の大きさは全然違うけど、なんて言うか、仕草とか甘え方がそんな感じだ」
その呟きを聞いたクローディアとアミディアが揃って笑い出した。
「確かにそうですわね。言われてみればローズマリーに何となく似ている気がします」
楽しそうにそう言って笑っている。
レイも横から手を伸ばして、少しだけピックの頭を撫でてやった。
「さあ、せっかく片付けたのだから、座りなさい」
お茶を用意してきてくれたガンディにそう言われて、立ったままピックと遊んでいた一同は小さく笑い合って、ピックを抱いたままソファーへ移動した。
ついて来た護衛の者達も、部屋の隅でピックを目を輝かせて見ている。
「えっと、ねえガンディ。彼らにもピックを触らせてあげて構わない?」
小さな声でそう尋ねると、目を見開いたガンディは振り返って彼らを見て頷いた。
「ああ、構わんよ。ここはピックのテリトリーだからな。客人は一通り確認させておかねばな」
そう言うと、振り返って護衛の者達を手招きした。
戸惑う様子を見せたが、レイも笑顔で手招きするのを見て、キルートを始め、彼らも近寄って来る。
ソファーに座ったクラウディアの膝を占領していたピックだったが、近づいて来た彼らに気付いて顔を上げた。
「ピピイ! ピルルルルルキュピッポ〜!」
囀るような声で鳴くと、クラウディアの膝の上から一番前にいたキルートに飛びついた。
「うわっ!」
咄嗟に抱きとめたが、キルートはどうやら愛玩動物の扱いは初めてらしく、どうして良いか分からずにそのまま固まっている。
「ピクプー! ウキュルルクククー!」
ちょっと怒ったように鳴くと、嫌がるように身体をくねらせてキルートの腕から飛び降りた。
そのまま、茫然と自分を見ている赤毛のケイティに次の狙いを定めた。
「ピキュピー! ピルルルルルピキップー!」
またしても個性的な鳴き方をしたピックが、ケイティの腕に突進して行く。
ぽ〜んと跳ねたピックは、見事にケイティの腕の中に収まった。
「フキュクゥ〜リリルラルルリリリー」
甘えるように喉を鳴らしたピックは、ケイティの腕にしがみ付いて何度も頭を擦り付ける。
「か……可愛い〜〜〜〜!」
叫んだケイティが、ピックを力一杯抱きしめる。
それを見たジャスミンとレイが吹き出し、駆け寄って横から手を伸ばして一緒になってピックを撫でてやった。
他の護衛の者達も笑って手を伸ばし、ピックの背中や額を交代で撫でた。
「これは堪らないですね。本当に可愛いです」
頬を真っ赤にして、ケイティは満面の笑みでピックを抱きしめている。
どうやら、大柄な彼女の腕なら抱いた時の安定が良いらしく、ご機嫌のピックは、ケイティにもたれかかるようにしてすっかり寛いでしまった。
降ろそうとしても、嫌がるように腕にしがみ付いて来る。
「あ、あの……これはどうすればよろしいのでしょうか?」
困ったように立ったままピックを抱いて、ケイティはジャスミンを振り返った。
「ええと、どうすれば良いのかしら?」
言われたジャスミンも困ったようにそう言うと、側に来ていたガンディを見上げた。
「構わんよ。そのまま抱いていてくれればいい。良かったなピック、多勢の人に撫でてもらえて」
笑ったガンディの言葉に、皆も笑顔になる。
「そう言えば、ピックは全然人見知りしないんですね」
ジャスミンの言葉に、ガンディは腕を伸ばしてピックを撫でた。
「それは、ここがこいつのテリトリーだからだよ」
意味が分からず目を瞬くジャスミンとケイティを見て、目を細めて笑ったガンディは彼女の腕からピックを受け取った。
「こいつは、今まで他に一度も目撃情報すら無い唯一の幻獣なんじゃ」
「ええ、どう言う事ですか?」
驚いたレイの言葉に、ガンディは優しくピックにキスを贈った。
「以前にも言うたが、こいつはもう百年近く前に密猟者の手から助け出された子で、当時、まだ歯も生えておらん程の小さな子供だった」
初めて聞く話に、ジャスミンとケイティ、そしてカウリが目を見開く。
「竜の背山脈に近い深い森の奥で捕まえた事だけは聞き出したが、そもそもそこは、翼を持つ竜でもいない限り人が容易に行けるような場所では無い」
「確かに、竜の背山脈に近い森の深部は、人が入るのを阻むのだと言われていますね」
腕を組んだカウリの言葉に、タドラも頷いている。
「相当問い詰めたが、結局奴らがどうやってピックを捕まえたのかはとうとう聞き出せなんだ。当たり前だが、幻獣の扱い方なんぞ誰も知りはせん。で、幻獣好きで独自に研究していた儂のところに泣きついて来られた訳だ」
苦笑いするガンディにレイも頷いた。
「食べ物ひとつにしても、分かるまで大変だったって言っていたものね」
「全くだ。で、百年ここで一緒に暮して気が付いた事がある。こいつのテリトリーは驚く程小さいのだ。この塔の中、それだけだ」
思わず部屋を見回して首を傾げる。
「えっと、野生の生き物にしては可哀想な狭さだと思うけど……」
「全く同意見じゃが、こいつはここから出ようとせんのだ。扉を開け放したままにしていても、見向きもせん。それどころか、日光浴でもさせてやろうかと思い、外に連れ出そうとしたら異様なまでに陽の光を怖がりおる」
「ええ、太陽の光が駄目なんですか?」
驚くレイと一同に、苦笑いしたガンディが頷く。
「丁度良い。儂の仮説を聞いてくれるか?」
嬉しそうなガンディの言葉に頷いた一同は、ケイティも一緒にソファーに並んで座った。
彼らの肩には、それぞれの竜の使いのシルフが一緒に話を聞く気満々で、好奇心に目を輝かせて座っているのだった。




