美味しいお菓子とそれぞれの役割
「レイルズ様は、栗がお好きと伺いましたので、少々季節外れにはなりますが、こちらが栗の甘露煮を使ったバターケーキ。それからマロンパイ」
「こちらは季節の果物を使ったタルトです。どうぞお召し上がりください」
「バターサブレやハーブのビスケットもございますので、よろしければどうぞ」
ずらりと並んださまざまなケーキやお菓子の数々を前に、レイはもうこれ以上ないくらいの良い笑顔だ。
香り高い紅茶が用意され、皆食べ始めた。
レイは、まずは果物のタルトをいただき、その次にマロンパイを、それから最後に栗のバターケーキを綺麗に平らげ、美味しさに感激してバターケーキの追加をお願いしていて、それを用意したティルカー子爵を密かに喜ばせていたのだった。
「甘露煮にしておけば、一年中食べられますよね。でも、これをつくるのはとても大変なんですよ」
改めて用意された栗の甘露煮が添えられた栗のバターケーキを食べながら、レイがそう言って笑う。
「栗の甘露煮……これを作る?」
当然、その場の誰もその意味がわからずに首を傾げている。
「えっと、生の栗は分かりますよね?」
それを見たレイは、貴族の人達はそもそも生の栗を知っているのか考えてそう聞いてみた。
「以前、孫達と一緒に庭の栗を拾った事があります。あの、トゲトゲのイガに入っている茶色い栗の事ですよね?」
年配の男性の言葉に、レイが笑顔で頷く。
「はい、それです。そのイガと呼ばれるトゲトゲの中から取り出した生の栗は、とても硬い殻に覆われているのでそのままでは食べられません。例えば焼き栗にする時には、殻に切り目を入れてから火で炒ったり焼いたりします。茹で栗にする時には、そのまま殻ごとお湯で茹でてから、皮を剥いていただきます」
さすがに、焼き栗や茹でた栗なら分かったらしく、皆笑顔で頷いている。
「ですが、甘露煮にする時は、生栗の時にその硬い殻を全部剥いて、さらにその中にある渋皮と呼ばれる部分も全部取り除かなければいけません。要するに、ナイフを使って一つ一つ剥いていくほかないんです」
そう言って、皮を剥く振りをする。
「あの、硬い殻をそのまま剥き、さらに中にある茶色い皮も全部ナイフで剥く?」
先程、孫達と栗拾いをしたと言っていた男性が、無言でお皿に飾られた栗の甘露煮を見る。
その場にいた全員も、同じように自分のお皿に飾られた栗の甘露煮を見た。
「渋皮を剥いた栗の実は、まず水にしばらくつけてアクを取ります。えっと、これをしないと、渋くて美味しくないものになってしまうんです」
「つまり、栗の実にも渋みがあるんだね」
興味津々のゲルハルト公爵の言葉に、レイが苦笑いしつつ頷く。
「まあ、そうですね。水が濁らなくなるまで流水にさらした後は、一度下茹でをします。えっと、甘い汁に漬ける前に、先に茹でておくんです」
その言葉に、控えていた執事が瓶に入った未開封の栗の甘露煮を持ってきて、一礼してレイの近くに置いてから下がった。
「ああ、ありがとうございます。ほら、これが栗の甘露煮ですが、栗を茹でる際には、この今漬かっている甘い汁ではなく、まず最初に水から茹でます。茹で汁を捨てて、今度はこの黄色い色をつける為に、専用の花を乾燥させたものと一緒にもう一度茹でます。その後、冷めるまでそのまま置いておき、もう一度流水でしっかりと洗って水気を切ってから、別に作っておいた甘い汁と一緒にもう一回茹でて沸騰させます。それを熱いうちに消毒した瓶に煮汁ごと入れて封をすれば完成です。瓶の口の部分を蝋で固めておけば、数年程度は常温で保存出来ますよ」
にっこり笑って栗の甘露煮が入った瓶を改めて皆に見せる。
「これは勉強になった。この一粒に、そんなに手間がかかっているとは驚きだよ。だが、普段何気なく我々が口にしているものも、よく考えれば誰かがそうやって一つ一つ手間暇かけて作ってくれたものなんだね。感謝しなければいけないね」
ゲルハルト公爵のしみじみとした呟きに、話を聞いていた全員が真顔で頷く。
「そこは、それぞれの立場に応じた役割があるのですから、いいのではないでしょうか。僕、年末や年明けに行われた寄付集めの夜会を見ていて、改めて貴族の方々が担っておられる役割と責任の重さを実感しましたから」
笑ったレイの言葉に、あちこちから感心したような声や嬉しそうなざわめきが聞こえた。
「そう言ってくれるなら我らも遠慮せず、皆がそうやって作ってくれたものを美味しくいただくとしよう。そうだね。確かにそれぞれの立場に応じた役割分担は必要だね」
笑ったゲルハルト公爵が綺麗にまとめてくれたので、ここで皆も笑顔になり、改めて紅茶で乾杯したのだった。
レイも笑顔で紅茶のカップを掲げ、それから改めて追加でもらった栗の甘露煮を口に入れたのだった。




