刺繍の花束倶楽部の会合
「ああ、以前もここだったね。確か黄水晶の間だっけ」
執事の案内で到着した扉の開いた部屋を見てレイが笑う。
そこは今日、刺繍の花束倶楽部の会合が行われる部屋で、レイが見学した前回の会合の時と同じ部屋だ。
「はい、おっしゃる通りこちらが本日刺繍の花束倶楽部の会合が行われる黄水晶の間でございます。お預かりした道具は先にお部屋に届けてありますので、中にいる執事から受け取ってください。では、私はこれにて失礼致します」
「はい、案内をありがとうございました」
そう言って一礼して下がる執事に、レイも笑顔でそう答える。
「お帰りの際に、またお迎えに上がります」
顔を上げた執事にそう言われて、一瞬目を見開いたレイは笑顔で頷く。
ここは一度来ている場所だが、正直に言って一人だと迷子にならずに本部に戻れる自信は無いので、帰りも案内してくれるなら安心だ。
「そうなんですね。では、帰りもよろしくお願いします」
笑顔でそう言うと、執事に軽くてを上げてから開いた扉から部屋へ入って行った。
「道案内をしただけで、あのように丁寧にお礼を言ってくださるとは、いつもながら素晴らしいお方ですね」
部屋に入るレイを見送った執事は、ごく小さな声でそう呟くとそのまま控えの部屋へと下がっていった。
「ようこそレイルズ様」
「お待ちしておりましたわ」
部屋に入ってきたレイに気付いて来てくれた笑顔のミレー夫人とイプリー夫人の声に、部屋にいた人達が一斉に振り返り、次々にようこそと言って笑ってくれた。
「えっと、今日はよろしくお願いします」
ちょっと驚いたものの、なんとか笑顔でそう言って軽く一礼する。
広い部屋の中央には大きな横長のテーブルがいくつも並べられていて、その上にはすでに布や刺繍糸がいくつも取り出して並べて置かれていて、それらを手にして早速作業を始めている人もいるし、のんびりと布や糸を見ては手に取り、周りの人達と楽しそうに話をしている人もいる。
それに、部屋には前回とほぼ同じくらい大勢の人達がいるみたいだ。
前回、会員の方々は一通り紹介していただいているので、今回は改まった挨拶などは特になく、そのままミレー夫人が示してくれたテーブルへ向かう。
そこには、何と竜騎士隊で制服を作ってくれているガルクールが座っていて、レイは目を輝かせて笑顔で挨拶をしてからその隣に座ったのだった。
「レイルズ様の、裁縫箱と糸の箱はこちらに届いております」
レイが座ってすぐにワゴンを押した執事が来て、テーブルの上にレイの裁縫箱と刺繍糸が入った箱を置いてから下がった。
「ああ、ありがとうございます。えっと、でも今は作りかけのものがないんです。どうしたらいいですか? あ、これは前回ここへ来た時に作らせてもらったツリーの飾りです。えっと、色々と下手な仕上がりなので、あまり詳しく見ないでください!」
少し恥ずかしそうにしつつもそう言ったレイの言葉に、笑顔のガルクールだけでなく、隣に座ったミレー夫人とイプリー夫人も目を輝かせて覗き込んできた。
レイが裁縫箱から取り出したのは、前回ここへ来た時に作り始め、本部へ戻ってから仕上げたクロスステッチの初作品だ。
これは降誕祭のツリーの飾りで、簡略化された竜の紋章がクロスステッチで刺されている。
しかし、クロスステッチ自体は初めてにしてはなかなか上手に出来ているが、飾りの仕立てはちょっと乱雑で、残念ながら二箇所ほどほつれかけているし、縫い糸の最後の玉結びが布の隙間から飛び出してしまっている。
「あら、そんな事はありませんわよ。これはレイルズ様の初作品なんですから、充分お上手に仕上げていましてよ。私の初作品なんて……人にお見せ出来るようなものではありませんでしたわ」
苦笑いしたミレー夫人の言葉に、イプリー夫人とガルクールも上手に出来ていると言って褒めてくれた。
「でも、このほつれは、放置するとちょっと崩壊する危険がありますので補修させていただきますね」
苦笑いしたミレー夫人が、自分の裁縫箱からハサミや針と縫い糸を手早く取り出し、レイにやり方の説明をしながら手早く直してくれた。
おかげで、ほつれていたところは綺麗になり、全体に少し歪んでいた形も綺麗に整ったように見える。
「ああ、ありがとうございます。うわあ、凄いですね。ちょっと縫い直しただけなのに綺麗になってる!」
飾りを受け取ったレイは、綺麗になった縫い目を見て笑顔でお礼を言った。
「これくらい何でもありませんわ。私も、幼い頃には母上やお祖母様に沢山助けていただきましたからね。恩の順送りですわ」
「そうなんですね。では僕も誰かを助けてあげられるくらい上手になるのを目指しますので、それまではどうかお助けください!」
無邪気なその言葉に、部屋は温かな笑いに包まれたのだった。
今回もレイは、用意されていた初心者用の図案の中から選ばせてもらう事にした。
「えっと、せっかくだからクロスステッチ以外のものをやってみたいなあ」
「それならば、この辺りがいいと思いますよ」
横で見ていたガルクールが、そう言いながらいくつかの図案を取ってくれたので、その中から、幾つも並んだ枠の中に、様々な花や鳥が描かれたものを手に取ってみた。よく見ると、枠の部分の模様も全部違っている。
「ああ、これは模様ごとに刺し方も様々ですから、仕上がったあとはサンプラーとして使えますよ。刺繍の刺し方の練習にもなりますので、良いかと思いますね」
笑顔のガルクールの言葉に、レイも笑顔で頷く。
「じゃあこれにします! ちょっと大きめなので仕上げるのは大変そうだけど、頑張ってみます」
「はい、頑張ってください。もちろんお教えしますのでご安心を。では、布はここから選んでください」
渡されたのはどれも柔らかな麻布だが、クロスステッチの時のような格子状に隙間のある布ではなく、均一に織られた綺麗なやや厚めの布だ。
布を選んだあとはミレー夫人とガルクールにに教えてもらって布を整え、まずは布地に模様を写していく。
意外に細かい模様を全部写すのにかなりの時間がかかってしまったが、上手に写せたと褒めてもらえてちょっと嬉しくなった。
『ふむ、これはまたなかなかに細かい模様を選んだのだな』
その時、裁縫箱の上に現れたブルーの使いのシルフがそう言って布を覗き込む。
「ええ、そうなの? せっかくだから頑張ろうかと思ったんだけど、いきなりこれはちょっと無謀だったかなあ」
苦笑いするレイに、笑ったブルーの使いのシルフが首を振る。
『無謀というほどではないさ。確かにかなり大変そうではあるが、これを仕上げられれば一通りの技法を覚えられるだろう。せっかくだから頑張りなさい』
「うん、頑張る」
伝言のシルフの姿を見せたブルーと笑顔で話をするレイを、周りの皆は興味津々で見ていたのだった。




