夜会でのあれこれ
「へえ、それは面白そうですね。では、今度そのやり方をぜひ詳しく教えてください」
ゲルハルト公爵から、ドールハウスを作る際の凹凸のある外壁塗装のやり方についての話を聞いたレイが、目を輝かせながらそう言って軽く頭を下げる。
「もちろん喜んで何でも教えるよ。ああ、そう言えば次回の倶楽部の会合にレイルズも参加してくれるんだよね。それなら、その時に実際のやり方を体験してもらえるように一通りの材料を揃えておくから、ぜひ挑戦してくれたまえ」
「ありがとうございます! 頑張りますのでよろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそ楽しみにしているよ」
笑ったゲルハルト公爵が、執事に命じて新しい貴腐ワインの栓を開けさせる。
「では、器用で将来有望な若者に敬意を表して、乾杯!」
「お優しい大先輩に心からの敬意を表して、乾杯!」
笑顔で言われた乾杯の言葉に一瞬だけ驚きに目を見開いたレイだったが、すぐにこれ以上ないくらいの笑顔になってそう返した。
レイの乾杯の言葉にゲルハルト公爵も一瞬だけ驚きに目を見開いた後、こちらもとても嬉しそうな笑顔で大きく頷き、軽くグラスを掲げてから二人揃ってゆっくりとワインを味わったのだった。
「ふう、とても良い香りのするワインですね。美味しい。これは初めていただきましたが、どこのワイナリーのものですか?」
ゲルハルト公爵が教えてくれるワインは、いつもとても美味しいものばかりだ。この貴腐ワインなら個人的に購入したいくらいに美味しくて、思わずそう尋ねる。
「ああ、気に入ってくれて嬉しいよ。これは私が長年に渡り個人的に支援をしているワイナリーの貴腐ワインなんだ。実はもう十年は前になるんだが、夏の嵐でワイナリーの建物と葡萄畑の一部が大きな被害にあって廃業寸前にまで追い込まれたらしい。だが、このワイナリーの作るワインは本当に美味しいんだよ。特に、貴腐ワインがとても美味しくてね。無くすのは忍びなくて、それで何とか再建して欲しくて支援を増額して続けていたんだ」
苦笑いしたゲルハルト公爵が見せてくれたワインのボトルには綺麗な装飾文字で、感謝と尊敬、と書かれている。
「数年は全くワインが届かず、現状報告の手紙だけが届いていたんだけれど、数年前から赤と白のワインが少しだが届くようになって、今年初めて貴腐ワインも届いたんだ。生産量は往年のそれにはまだまだ届かないが、以前と変わらない美味しさに感動したんだよ。それで、貴腐ワインが好きなレイルズにも飲んでもらいたくて追加を届けてもらったんだ。竜騎士隊の本部にも少しだが届けておいたから、皆で楽しんでもらえると嬉しいよ」
ゲルハルト公爵は、定期的におすすめのワインをレイルズ宛に届けてくれる。どれもとても美味しいので、有り難く皆でいただいている。
「ありがとうございます。あの、ご迷惑でなければ、そのワイナリーに僕も追加の支援をさせていただきたいです。夏の嵐で、建物だけでなく葡萄畑にも被害が出たという事は、水害……ですよね?」
真顔で頷くゲルハルト公爵を見て、真顔になったレイも頷く。
「水害の何が怖いって、汚れた水が流れてせっかく育てた栄養豊富な土を持っていかれ、さらには土を汚される事なんです。実際の被害がどれくらいだったのかは分かりませんが、数年程度でワイン作りが再開されたのなら、そのワイナリーの方々は相当なご苦労をなさったと思います。土を作り直すだけでも最低数年はかかりますから」
驚くゲルハルト公爵に、真顔のレイがもう一度頷く。
「追加の支援は少額でも有り難いよ。では、必要資料を本部の方へ届けるように指示しておくから、事務手続きをお願い出来るかな?」
「かしこまりました。えっと、それで実際にはおいくらくらい支援させていただけばいいですか?」
帰ってからラスティに聞いてもいいが、分からない事は知っている人に聞くのが一番だ。
素直にそう尋ねたレイは、実際の支援の金額について遠慮なく相談させてもらったのだった。
「本当に、そんなにしてもらって良いのかい?」
「もちろんです。ではその条件で、資料が届き次第手続きを進めさせていただきます。美味しい貴腐ワインが届くのを楽しみにしていますね」
相談がまとまったところで、驚くゲルハルト公爵に笑顔のレイがそう言い改めて乾杯した。
「まあまあ、何やら楽しそうですわね」
その時、笑顔のイプリー夫人が空のワイングラスを手に話しかけてきた。
振り返ったレイが、先ほどのワイナリーの話をして改めてその貴腐ワインをイプリー夫人にも飲んでもらう。
その結果、彼女もワイナリーを支援してくれる事になりゲルハルト公爵を大いに喜ばせたのだった。
「ところで閣下、ちょっとよろしいですか。私の愚痴を聞いてくださいませ」
ワインの話が一段落したところで、笑顔のイプリー夫人がゲルハルト公爵にそう話しかける。
「おやおや、私に愚痴ですか? お力になれるかどうかは分かりませんが、喜んで話くらい聞かせていただきますよ?」
内心では恐々としているだろうが、にっこりと笑って聞く体勢になる。
「実は、レイルズ様がずるいって、先ほど向こうで話をしておりましたの」
若干わざとらしくため息を吐きながらそう言われて、少し離れてルーク達と話をしようとしていたレイが驚いて振り返る。
当然、レイがずるい、という声が聞こえて、ルークをはじめとする竜騎士達も驚いて揃って振り返る。
「おやおや、ずるいという言葉はレイルズからは一番遠い言葉だと思っていましたが、何事ですか?」
お付き合いで聞く気になっていたが、ここで一気に興味を引かれた公爵がそう尋ねる。
ルーク達だけでなく、周囲にいた人達ほぼ全員が興味津々で二人を見ている。
そしてここでにっこりと笑ったイプリー夫人の説明に、周囲にいた人たちほぼ全員が揃って吹き出し、その場は大笑いになったのだった。
「た、確かにそれはずるいね」
うんうんと頷いたゲルハルト公爵が、そう言って笑う。
「俺達も、いつも言っているんですよ。あれだけ食べて、横に広がらないのは絶対におかしいって!」
笑ったルークの言葉に、横にいた若竜三人組も揃って頷いている。
「ええ、そんな事言われても困ります」
困ったように笑ったレイが、そう言いながら自分のお腹を撫でる。
「えっと、これは足し算と引き算です。要するに、食べたらそれ以上に動いて、食べた分を使ってしまえばいいんですよ。ね、簡単です」
「それが出来たら誰も苦労はしないんだよ!」
無邪気なレイの説明に笑ったゲルハルト公爵が言い返し、もう一度周囲は笑いに包まれたのだった。




