全女性の敵認定?
「最初の頃と違って、夜会にもすっかり慣れて、堂々としていますわねえ」
「もう、どこから見ても生粋の貴族の若君様ですわ」
「本当にその通りですわねえ。カウリ様と共に正式に紹介された後の初めての夜会で、竪琴を抱えて緊張のあまり真っ赤な顔をして汗をかいていたあの時の可愛らしい少年は、もう今では夢だったとしか思えないくらいですわよねえ」
「それにあの頃は、まだまだ背も低くて確かに可愛かったですわね」
「そうそう、確かに可愛かったですわねえ。でも、これ以上ないくらいに大きくなった今でも、可愛いのは同じなのではありません事?」
「確かにその通りですわ。ヴィゴ様と変わらないくらいの立派な背丈なのに、笑うと妙に幼いところがあったりしますものね」
「それから、お酒を飲みすぎた時のあの可愛らしい酔っ払い方!」
「そうそう。あれは一見の価値ありですわよね」
「今夜はどうでしょうね? ゲルハルト公爵様は、まだレイルズ様に貴腐ワインをすすめるつもりのようですものね」
「ここは期待してもよろしいのかしら?」
「よろしいのではなくて?」
ワイングラスを片手に、少し前からゲルハルト公爵と何やら楽しそうに話をしているレイの様子を、彼らから少し離れたところにいる婦人会の面々が、扇で口元を隠しつつおしゃべりをしながら揃って楽しそうに頷きあっては、レイの事を堂々と眺めている。
その総勢十二名のご婦人達の周囲には、ちょっと不自然なくらいにぽっかりと空間が空いていて、その周りにいる男性陣はチラチラと彼女達を気にしつつも絶対にそれ以上近寄って来ようとしない。
「私はどちらかと言いますと、精霊王に一言もの申したい気分ですわ」
その十二人の中の一人でもあるイプリー夫人の言葉に、周りにいた女性達が驚いたように一斉に彼女を振り返る。
「だって、レイルズ様だけずるいと思いますもの!」
若干わざとらしく口を尖らせたイプリー夫人の言葉に、周りの女性達が不思議そうにする。
「ずるいとは、普段のレイルズ様から一番縁遠い言葉のように思いますが、一体、何がずるいとおっしゃられますの?」
「ええ、絶対にずるいと思いますわ、先程の、レイルズ様とのお話した時の事を聞いてくださいます?」
パチンと扇を閉じ、その扇で遠くにいるレイを指し示したイプリー夫人は、今度は彼らとは反対側になる突き当たり奥の壁を振り返り、そこを扇で指し示した。
「だって、先ほどレイルズ様は、あそこに並んでいたブラウニーとチーズケーキ、それからアップルパイとハニーバターケーキをそれぞれ二切れずつお召し上がりになったんです。その後に、隣のテーブルにずらりと並んでいたチョコレートが、形ごとに全て味が違うのだと、側に控えていた菓子職人からの説明を聞いて、目を輝かせてこうおっしゃられたんですわ。それは是非とも全種類食べなくてはいけませんね。って! 全種類ですわよ! しかも、宣言通りに小皿にほぼ半分の種類のチョコレートを取り分けてさっそくお召し上がりになった挙句、そのまま残りの種類も全部お取りになって、平然と全て平らげてしまわれたんですわ」
「た、確かにあの時は、かなりのチョコレートをお召し上がりになっておられましたね。あれはそういう意味があったのですか。私はてっきり、チョコレートをどれだけ食べられるかといった、何かの罰ゲームかと思っておりましたのに」
近くにいたやや年配のご婦人が、少し呆れたようにそう言ってからレイルズを振り返った。
ルークとカウリが加わって、四人で楽しそうに話をしているレイの後ろ姿を、その周囲にいた女性達がほぼ全員無言で見つめる。
「それで私が、思わずこう申し上げましたの。そんなに甘いものばかりお召し上がりになって、太ったりなさいませんの? って」
話を聞いていた女性達が全員揃って納得したように頷く。
「まあ今回は、少々チョコレートが多かったようですが、それでもレイルズ様はほぼ毎回、そんな感じで菓子職人おすすめのお菓子をほぼ制覇なさる勢いでお召し上がりになられます」
「そうですわね。見ているこっちが気持ちよくなるくらいに綺麗にお召し上がりになりますものね……」
周囲にいたご婦人方も同意見だったので、その意見に揃ってうんうんと頷く。
「それだけ毎回、山程のお菓子をお召し上がりになっておられるというのに、全く太るご様子がないのはどうしてですの? 私達がそれと同じだけのお菓子をもしもいただいたとしたら、間違いなく次の夜会でのドレス選びに苦労する羽目になるのは確定だというのに」
大きなため息と共にそう言ってゆっくりと首を振るイプリー夫人の言葉に、その場にいたほぼ全員が納得したかのように大きく頷く。
ちなみにそこにいる女性達だけではなく、彼女達を遠巻きにしている周囲の男性陣達もがほぼ全員揃って頷いている。
「そうしたら、レイルズ様は私の質問に笑いながらこうおっしゃいましたの。太った事はありませんねって。確かに言われてみれば、甘いもを食べすぎると太ると聞きますが、あれは本当なんですか? って真顔で逆に私に尋ねて来られたんですわ。驚いた事に、甘いものを食べて太ると言う認識そのものすら、レイルズ様の意識の中に無かったそうですのよ。あれだけ甘いものを好きなだけ食べて太る心配をした事が無いなんて! そんな事有り得まして? それを聞いた瞬間、私は確信しましたわ。目の前のお方は、全女性の敵であると!」
最後は雄々しく宣言したイプリー夫人の言葉に、あちこちから小さく吹き出す音が聞こえた。
「確かに、これは全女性の敵認定されましたわね」
扇で口元を覆った女性達の笑う声と共に、あちこちから同意の声や笑う声が聞こえていたのだった。
体型や体重の管理には人一倍気を遣っている夫人達からすれば、あれだけ遠慮なく食べて全く体型が変わらないレイは、確かに許し難い存在だろう。
顔を見合わせてもう一度小さく吹き出したご婦人達は、この話をどうやってレイルズにしようかと嬉々として相談し始め、ちょっと縮まっていた周囲の男性陣との距離が、またしてもススッと音も無く広がったのだった。




