居間での一幕
「それじゃあ、着替えてくるね。紅茶をごちそうさま」
笑ったレイが、紅茶のカップを置いて立ち上がる。
「ああ、じゃあ俺達も着替えてこようか」
笑ったニコスの言葉に同じく紅茶のカップを置いたタキスとギードも立ち上がり。笑顔で手を振って先に部屋に戻るレイを見送る。
「向こうにいる時にも思っていたけど、本当によく頑張ったんだな。見る限り礼儀作法は完璧だよ」
「そうですね。大学での勉強もかなり頑張っているようでしたし、確かにもっともっと褒めてあげても良かったのかもしれませんね」
「もちろん、最高の環境で最高の方々に教えていただいた、というのはあるだろうが、それでも実際にそれを覚えて行動するのはレイ自身だからなあ。いや、本当に頑張ったのだろうな」
目を潤ませたニコスの思わずといった小さな呟きに、タキスとギードも目を潤ませながらそう言ってうんうんと頷いている。
『主様は確かに頑張っているね』
『でもちゃんと楽しんでもいるよ』
『色んな人達に教えてもらってお人形の道具を作ったり』
『ドールハウスを作ったり』
『刺繍をしたりもしているよ』
『刺繍の倶楽部にも入っているんだよ』
『夜会や式典での楽器の演奏やお歌だって』
『緊張する事もあるけど』
『いつだって楽しんでいるよ』
『だから心配しないで』
『心配ないない』
その時、知識の精霊達がふわりと現れコロコロと笑いながらそう教えてくれた。
「へえ、それならいいよ。以前チラッと話には聞いたが、本当に刺繍の倶楽部に入っているんだな。何を作っているのか聞いてみればよかったな」
笑ったニコスの言葉に、知識の精霊達がまたコロコロと笑う。
『一人で仕上げた初作品は降誕祭のツリーの飾りだよ』
『本部のツリーに飾ってもらっていたね』
『今は皇太后様へ贈る魔除けの刺繍をしているよ』
『どちらもクロスステッチだよ』
『でも忙しくてなかなかゆっくり作る時間が取れないの』
『だからまだ仕上がっていないね』
『主様の作るお人形の道具は大好評だよ』
『寄付集めの夜会でも大人気だったよ』
『名前は出していなかったけど』
『主様の作品は皆分かっていたね』
「ああ、寄付集めの夜会にレイも作品を出品したのか。そりゃあ大変な騒ぎになっただろうな」
オルベラートでも寄付集めの夜会は降誕祭前や年明けに行われていたので、その大騒ぎっぷりや裏事情まで含めてよく知っている。なので、レイが出品した作品がどれほどの人気になったのかが、ニコスには手に取るように分かった。
笑って知識の精霊達と話をするニコスをタキスとギードが不思議そうに見ている。
それに気付いたニコスが、二人にその辺りの貴族社会の事を簡単に説明してやる。
「成る程。慈善事業へ贈る寄付金を集める為に、自分の作品を出品して競りにかけるのか。面白い事をするものよのう」
貴族の人達が、自分で何か作るなんて事をするとは思っていなかったギードが、驚いたようにそう言って笑う。
「ギードは意外に思うかもしれないけど、趣味でもの作りを楽しんでいる貴族は多いぞ。仕事としてではなく、あくまでも趣味としてだけどな。逆に言うとだからこそ趣味を極める人がいたりするから、本職顔負けな程のとんでもない物を作るような人も中に入るぞ。特に、刺繍やドールハウスなんかはその代表だな」
「まあ、生産性を考えずに作る趣味のものならば、確かにとんでもないものを作る人がいてもおかしくはないな。特に、高額な材料や貴重な材料も金さえ出せば手に入るだろうからな」
笑ったニコスの説明に、納得したようにギードも頷く。
「それに、今知識の精霊達が言ったように、貴族社会には倶楽部、つまり同好の士が集まって楽しむ会があって、本当にいろんな倶楽部があるんだ。特に趣味の倶楽部っていうのは、普段接する事の無い全く畑違いの人と接する貴重な機会でもある。だから、これも単純に趣味として楽しむ部分以外に色々と大人の事情や思惑が絡む、なかなかに高度な社交の場なんだよ。だけどどうやらレイも、ちゃんとその倶楽部にも参加しているみたいだな」
「貴族社会というのは、本当に色々と大変なのだな。聞けば聞くほど、絶対に関わり合いになりたくないわい」
大きなため息を吐いたギードの呟きに、タキスも真顔で何度も頷いていたのだった。
「ご歓談中失礼致します。お時間が迫ってきておりますので、そろそろお召し替えのご準備をお願いいたします」
その時、軽いノックの音と共に執事の声が聞こえて、立ったまま話をしていた三人が揃って飛び上がる。
「ああ、もうそんな時間でしたか。了解です」
苦笑いしたニコスがそう言い、顔を見合わせて困ったように笑い合った三人は、揃って早足でそれぞれの部屋に着替える為に戻って行ったのだった。




