朝練を終えて
「いや、なかなかに楽しませてもらったぞ」
トンファーを壁面に戻した満面の笑みの陛下の言葉に、レイは困ったようにしつつもこちらも満面の笑みで頷く。
「僕の方こそ、とても勉強になりました。ありがとうございました!」
直立したレイの言葉に、陛下も嬉しそうに頷く。
「うむ、今後もしっかりと精進しなさい。次に手合わせする時を楽しみにしておるぞ」
「はい、よろしくお願いします!」
笑顔でそう答えたレイの腕を笑ってポンポンと叩いた陛下は、ヴィゴと顔を寄せて楽しそうに話をしたあと、今度はヴィゴと向き合うと棒で手合わせを始めた。
「ふわあ、凄い」
間近で見る、自分よりも遥かに素早い棒捌きとキレのある動きから目が離せない。
笑ったルークに声をかけられるまで、トンファーを手にしたまま目を輝かせたレイは、瞬きも忘れるほどに夢中になって陛下とヴィゴの手合わせを見学していたのだった。
そのあとは、レイもルークやニコスやギードとも順番に手合わせをしてもらい、しっかりと汗を流して朝練は終了となった。
執事を伴って部屋に戻る陛下を見送ったあと、汗の飛び散った訓練所の床の掃除や、使った道具の手入れを皆で手分けして行ってからそれぞれの部屋に戻った。
しかし、軽く汗を流して着替えをしようとしたところでレイの手が止まる。
壁面の金具には、いつも本部の部屋で着ているような柔らかな部屋着と、精霊魔法訓練所に来ている貴族の若者達が着ているようなしっかりとした仕立ての少し改まった騎士服、そしていつもの真っ白な竜騎士の制服が、それぞれ下に着るシャツも含めて一式用意されていたのだ。
横には、いつも使っている剣帯も用意されている。
「えっと……」
下着のまま困ったように小さくそう呟いたレイは、一つため息を吐いてからシルフに頼んでルークを呼び出してもらった。
『おうどうした?』
笑ったルークの声を、テーブルの上に並んだシルフがそのまま伝えてくれる。
「えっと、教えてください。午前中の服は何を着たらいいですか? 僕も家畜や騎竜達のお世話、それから農作業を手伝うつもりだったから、剣帯や剣はいらないよね? それに真っ白な竜騎士の制服は汚れるかと思ったんだけど、どうすればいいですか? でも、さすがに部屋着で陛下の前に出るのは失礼だよね?」
『ああ確かに』
『俺は見学するだけだから』
『いつもの竜騎士の制服で帯剣するけど』
『それならレイルズは動きやすいもので』
『失礼にならない程度の服なら何でも構わないよ』
『だけど帯剣はしておくようにな』
『作業の際には剣帯ごと外して構わないよ』
『午後からのエイベル様のお墓参りの際には』
『もちろん竜騎士の制服を着てもらうけどな』
「分かりました。じゃあ騎士服を用意してくれてあるので、今はそれを着ます」
『おうそれでいいよ』
『それじゃあ後でな』
笑って手を振り次々に消えていくシルフ達を見送ったレイは、小さく笑って三着の服のうち真ん中に掛けてあった騎士服を手早く身につけていった。
これなら、上着を脱いで腕まくりをすれば家畜達のお世話や農作業の際にも何とかなるだろう。
「よし、これでいい」
胸元のボタンを留め、剣帯を締めてそう呟いたところで、右肩にブルーの使いのシルフがふわりと現れて座る。
「ブルー、来てくれたんだね」
笑ってそう言ったレイに、ブルーの使いのシルフも笑ってその柔らかな頬にそっとキスを贈った。
『朝練の様子、見ておったぞ。皇王との手合わせは、なかなかの激闘だったようだな』
「名指しで手合わせを希望されて、最初は驚いたよ。だけど、すっごく勉強になったね。それに陛下がお強くてびっくりした。最初の一撃なんて、ヴィゴより強いくらいの打ち込みだったよ」
笑って剣を振るふりをするレイに、ブルーの使いのシルフも笑って頷く。
『だが、其方もしっかりとそれに対応していたではないか。初手で木剣を弾き飛ばされなかっただけでも十分優秀だよ。だがまあ、今でこそ城に篭って皇王としての務めで日々忙しくしておるようだが、あの皇王がまだ皇太子であった若い頃には、それこそ今とは比べ物にならぬほどにタガルノとの国境付近の緊張度合いは高かったからな。彼もフレアに乗り、時の竜騎士達と共に出動して実際の激しい戦いを何度も経験しておる。当然、朝練を含む日常の訓練もそれを想定して相当に激しいものだったからな。オパールの主の父親である公爵や、其方にいつも良くしてくれるカーネリアンの主殿も、同じく何度も実際に出動して、相当に激しい戦いを経験しておるぞ。あの年代の軍人達は、実戦経験の経験値が今とは文字通り桁違いなのだよ。其方が敵わないのはある意味当然さ』
ブルーの使いのシルフの話す内容は、笑って聞き流せるようなものではない。
真顔になったレイに、ブルーの使いのシルフも真顔になって大きく頷いた。
『まだまだ、其方も知らねばならぬ事が多くあるようだな。我もそういう意味ではまだまだ未熟だ。共に、成長していこう』
優しいその言葉に、真顔で何度も頷くレイだった。




