出発準備?
「お疲れ様でした。ご家族と一緒の朝練はいかがでしたか?」
笑顔の額に汗を浮かべ頬を紅潮させて戻ってきたレイに、ラスティも笑顔でそう言って汗拭き用の布を差し出す。
「ありがとう。ギードに弓の扱い方をいろいろ教えてもらったの。なんだかちょっと上手になった気がするくらいにわかりやすかったよ。さすがだよね」
「おお、ギード様は、元冒険者だと伺っておりますが、弓の扱いまで熟知しておられのですね。それは素晴らしい」
感心するラスティに、レイも笑顔で頷く。
「肉を確保する為に、ギードが定期的に森へ狩りに行ってくれるんだけど、その時には罠と併用して弓矢も使うって聞いたからね。以前、狩りに使う時の強弓を見せてもらった事があるけど、僕、全然引けなかったよ。今なら引けはするだろうけど、それで狩りが出来るとは絶対に思えないなあ」
汗を拭いた布をラスティに返しながら、レイは笑って首を振る。
「確かに、野生動物を狩るのは難易度がかなり高そうですね。さすがはギード様です。ああ、レイルズ様。湯の準備が出来ておりますので、まずは汗を流してきてください」
「はあい、じゃあ湯を使ってきます」
着替えの下着とシャツを受け取ったレイが湯殿へ向かうのを見送り、ラスティは壁にかけてある竜騎士の制服を見た。
いつもの真っ白な竜騎士の制服の横に、今日出掛ける際に着ていく為の遠征用の制服も準備されている。
「さて、出発は何時くらいになるのでしょうかね」
苦笑いしたラスティは、まずは湯を使って暑がるだろうレイの為に冷たいカナエ草のお茶の準備を始めた。
時折湯殿から聞こえてくる、おそらくラピス様の使いのシルフと何か話をしているのであろうレイルズ様の楽しそうに笑う声が聞こえてきて、氷の準備をしていたラスティも笑顔になるのだった。
午前中、陛下には謁見の予定がぎっしり入っているので、これが全て終わらないとそもそも出発出来ない。
特に、今日は謁見の数が多いと聞いている。
これに関しては表向き、数日程度陛下にはお休みしていただくと発表されているせいでもあるだろう。
実は、緊急事態でも起こらぬ限りと言う条件付きではあるが、一年の間に一度か二度程度、陛下が数日程度何もしないお休みの期間を設けて、その間はアルス皇子が陛下の代わりに公務を担当する事になっている。
これは王家の伝統の一つで、皇太子に皇王の代理で公務を務めさせる事で、これは、いずれ来たる皇位の譲渡を問題なく行えるようにする為の準備の一つでもあるのだ。
その為、今日の謁見にはアルス皇子も同席している。
「そう言えば、皆様がこちらへ来られてすぐの謁見で、バルテン男爵があのダイヤモンドの原石を陛下に献上したのでしたね」
その後の騒ぎまで思い出してしまい、小さく吹き出したラスティだった。
「はあ、気持ちよかった。ああ、冷えたカナエ草のお茶、用意してくれたんだね。ありがとう、いただきます!」
ふわふわの髪に戻ったレイが湯殿から出てきて、用意しておいたカナエ草のお茶を飲む。
「別室に朝食をご用意しておりますので、少しお休みなられましたら皆様と一緒にお召し上がりください。出発は陛下のご都合次第ですので、とりあえず午後からになるのは確実なのですが、ちょっと正確な時間が、その時にならないと分かりません」
「うん、それはルークからも聞いているよ。午前中いっぱい謁見の予定があるんだってね。えっと、出発はここから? でもそれだと、陛下がルビーに乗ってお出かけするのが皆に見られちゃうよね?」
窓に駆け寄り、カーテンを開いて中庭を見たレイの言葉に、ラスティは笑顔で首を振った。
「朝食をお召し上がりいただいた後、タキス様とニコス様とギード様、レイルズ様にはまずは西の離宮へ行っていただきます。そして、陛下も出発の準備が出来次第一旦西の離宮へ行っていただきます。ですので、出発は西の離宮からしていただく予定になっております」
「そっか、西の離宮からなら直接お城の人達に見られる心配はないね」
納得したレイは、シルフ達に冷たい風をもらって少し体を冷やしてから、手早くいつもの真っ白な竜騎士の制服に着替えたのだった。
一方、朝練を終えてそれぞれの部屋に戻ったタキス達も、まずは湯を使って汗を流してから執事達に手伝われて、当然のように用意されていた服に着替えていた。
それから着替えを終えたレイも合流して別室に移動して、まずは用意された朝食を一緒にいただく。
食べ終えて少し休んだ後は、用意されたラプトルに乗って西の離宮へ向かった。
一緒に蒼の森へ行くルークとヴィゴは、いくつか仕事が残っているので、まだ一緒ではない。
「今気が付きましたが、私達の荷物はまだ瑠璃の館に置いたままですよね? 急ぎ取りに戻った方が良いのではありませんか?」
ゆっくりとラプトルを進ませていると、鞍上で不意にタキスが若干慌てたようにそう言って、ニコスとギードを振り返る。
「ああ、確かにそうだじゃな。一応荷造りはしてあるが、全部瑠璃の屋敷に置いたままじゃな」
慌てたようなギードの言葉に、しかしニコスは笑っている。
「大丈夫だから心配しなくていいさ。おそらくだけど、西の離宮へ行ったら俺達の荷物が全部届いていると思うぞ。俺もそうだが、タキスも自分の荷物の荷造りはほぼ終わっていただろう?」
「そうですね。今日着て帰るつもりだった服やマントは出したままにしていましたが、用済みの着替えや、師匠から頂いた本や資料は、もう全部片付けて木箱に入れてありましたよ」
「それなら間違いなく届いているよ。一応、中身の確認だけはしておくようにな」
当たり前のようにニコスにそう言われて、タキスとギードだけでなく、レイまで揃って不思議そうに首を傾げていたのだった。




